004

「魔界への進軍ルートを守るために戦うとは、なんだかんだ言いつつもやはり平和に貢献しているではないか。このまま勇者パーティに加わって魔王討伐に向かっても……」

 等という戯言ざれごとが流れているが、ライは意図的に無視している。ミルズは先程の『無視しろ』という命令を律義に守っているので、そのまま主人の横を歩いていた。

「……ますたぁ、もうすぐじゃないの?」

「そうだな、少し休むか」

 ミルズの進言に耳を傾けたライは、この場で休憩することを選んだ。

「おいおいどうした、この程度で疲れたのか?」

 と問いかけてくるフランソワーズを無視して、適当な木陰に腰掛けたライとミルズは、水筒を取り出してそれぞれ口に含んだ。

 ミルズはその上に小さな箱を取り出し、冷却用の氷と一緒に入っていたアイスを食べ始めている。

「腹壊すぞ」

「だいじょうぶ、まだきょようはんい」

「ところで彼女があなたの奴隷か? 初めましてだな、私はフランソワーズ・ハイヒール、よろしく頼む」

 フランソワーズが手を伸ばしてくるが、命令に忠実なミルズはそれを無視した。というよりも、アイスに夢中で気付いていないという方が正しいのかもしれない。

「しかし大きな斧だな。軽々担いでいたようだが、本当に使えるのか?」

 フランソワーズがミルズの武器を見て感心しているようだが、それも無視して水筒を片付けている。

 実際、ミルズの持つ斧は彼女の身長よりも高く、見た目通りに重量も大きい。にもかかわらず担いで歩いていたのを見て、フランソワーズは肉体強化系の魔法を使っているか、異能持ちなのだろうと考えていた。

 しかしミルズは我関せずと立ち上がり、再び斧を担いだ。

「ますたぁ、さくせんは?」

「たがだか獣に、作戦などいらんだろう?」

 虫だ、とライは内心つっこみたくなったが、大方依頼を一部しか知らないとみて、落ち着くよう、自分に語り掛けた。

「少し離れたところで索敵、後は様子を見てから決めるか」

「何を消極的なことを言っているんっぶ!?」

 フランソワーズは力強く語りかけてきたが、とうとうブチ切れたライに首根っこを掴まれた。

「……邪魔だ。さっさと失せろ」

「こと、わるっ!」

 ライは手を離し、フランソワーズの手に握られているレイピアの斬撃を回避した。例えレイピアといえど、刃がついている以上、斬撃で手を持っていかれることもありえたからだ。

「いいかげんにしろよ。こっちは仕事で来てるんだ。黙ってりゃくだらない綺麗事並べやがって!」

「綺麗事だからどうしたっ!」

 ライも左腰に差した剣の柄に手を掛ける。フランソワーズはいつでも突き出せるように身構えていた。

「そうでもしないと世界から争いは消えないだろうが! 誰かが行動しない限りっ!」

「だからお前達はあっさり魔王に負けたんだろうが! 現実を見やがれっ!」

「戦いもしないくせに偉そうに言うなっ!」

 いつ刃が交わってもおかしくない。それなのに手を引かないのは、互いに譲れないものがあるからだ。

「確かに私達は負けた。勇者殿も死に、苦楽を共にした仲間達も拷問を受けて、もう生きていないだろう。私が生きているのだって、仲間が命懸けで逃がしてくれたからに過ぎない。手も足も出ないどころか、対峙した瞬間に全てが終わっていた。……だが、それでも」

 目が赤くなっている。既に枯れているのか、涙が流れてくる気配すらない。

「それでも、やらなければ全てが無駄になる。仇を取る以前に、彼等の死が無駄になってしまう! 私にはそれが一番我慢ならないっ!」

 結局は女だ、とライは冷めた眼差しを向けた。『蒼薔薇の剣姫』と呼ばれていようとも、最期には泣くことしかできない。

 魔王に敵対するということは、そういうことなのだ。

「あなたに分かるまい、この気持ちがっ!?」

「分かるわけないだろ、その場にいたわけじゃないんだからよ……」

 レイピアを手放しかねない程えずいているフランソワーズを見て、ライも剣から手を離した。

 魔王と呼ばれる存在については、ライ自身もよく聞いて・・・いた。

 魔界を統べる王。他の追随を許さぬ、絶対的な存在。幾多もの勇者達を屠ってきた圧倒的強者。それこそが、魔王と呼ばれるものだ。あらゆる力も、あらゆる計略も意味をなさない。それだけの差があるのだ、その魔王とは。

「だからこそ、騎士道に反するが、それでも頼らなければならないんだ! あなたなら気付かれずに倒せるかもしれない。『姿を消す』異能を持つあなたなら!」

「……悪いが」

 ライは軽く息を吐いてから、もう行こうと足に身体を反転させるよう、命令を出した。

「俺の異能は『姿を消す』ことじゃな……」

「ますたぁ……」

 反転させる前に、ライは自分を呼んだミルズの方を向いた。フランソワーズも、つられて視線を向ける。

 その二人に、ミルズは手を上げて、一点を指差した。




「……てきがきた」




 その言葉の後に、巨大な蜘蛛の怪物が空から降ってきた。




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