002
酒場の裏で、ライは壁にもたれながらフランソワーズが暴れているのを何ともなしに聞いていた。
「おや、ライ君。珍しいところで会いますね」
するとそこに、声を掛けてくるものが一人。出所は何故か井戸だが。
「……井戸から出てきといて何言ってんだあんた」
今出てきたのはこの町で情報屋を営んでいる
「そうでもないですよ。この町の地下水道を把握するために潜っているのですから」
「心を読むな。後魔王軍が水攻めしてきたら一発で終わるから、調べる意味ないだろうが」
一応、上流と下流に関所を設けているため、水辺からの侵入は今のところないだろう。それにもしあった場合、上流の関所を落としてすぐに無味無臭の猛毒を流すだけでこの町は全滅する。少なくともライはそう考えていた。
「そういえば、あんた今酒場にいる女のこと知っているか? 確か名前は……」
「フランソワーズ・ハイヒールですね。よく知っていますよ」
適当な硬貨をセッタに投げるライ。受け取るや、簡単に情報提供を始めてくれた。
「第何代かまでは把握していませんが、彼女も勇者パーティに参加していた実力者ですよ。通称『蒼薔薇の剣姫』、元騎士団のエリートです」
「どうりでお固い印象だと思った……」
ハア、と軽くため息をついてから、ライは壁から離れてセッタに背を向けた。
「俺が強いってわけでもないんだがな……」
「『能力』も実力の内ですよ、ライ君」
「……どうだか」
軽く肩を竦めてから、ライは酒場から離れて行く。
セッタもライの背中に軽く手を振ってから、この場を後にした。
「くそ、もうこれで三件目だぞ!」
思わず路地裏で毒づくライだが、服を着ながらなので情けないことこの上なかった。
酒場を後にしてから行きつけの娼館に入り、泡姫のソアラとソーププレイを楽しもうと服を脱ぎ始めた途端にどうやってかぎつけたのか、フランソワーズが娼館の中に突撃して来たのだ。しかし相手は生娘らしく、最初は情事の現場を見て顔を赤らめて逸らしてくれたので、服を持って即座に逃げられたのだ。
これで大人しく帰ればいいものの、ライ自身消化しきれない性欲には逆らえずに、最近通っているバーの店員ビクトリアを口説こうと高いボトルを注文。そしてボトルが届いた途端にまたあの女騎士が現れた。今回は脱いでいないので突撃してくるフランソワーズを回避するために仕方なく、また『能力』を使って逃亡。一滴も飲むことなく高いボトル代を消費する羽目になってしまった。
それでもめげずに、三件目と最近見つけた裏通りのマッサージ屋に入るライ。嬢のリーズと本番までの金銭交渉をしている間にもまたもや突撃を受けたので、再び『能力』を使って逃亡。今回はマッサージのみだったので前払いした分でいいとばかりに、そのまま姿を消したのだ。
流石におかしいと気付いたライは、服を着ながら身体中を調べてみたが、異常はどこにもない。
「魔法の形跡はない。異能持ち、って感じでもなかったんだがな……」
この世界において、誰かが何かの力に目覚めるというのは珍しくない。
とはいえ、能力自体は千差万別な上に、『本当に使える』という意味ではむしろ少ない位だ。なにせ、同じ『火を起こす』能力に目覚めていたとしても、マッチ棒の火から人間大の豪火球まで、人によって個人差がある。地域によっては『魔法』とも呼んでいるらしいが、実際の魔法は形態化された技術のことを指す。
そのため、大抵は『異能持ち』と、『本来ならば持ちえない異常な能力の持ち主』を指してそう呼んでいる。
余談だが、ライも異能持ちではある。能力自体を知っている者はごく僅かだが。
「となると一体誰が……って、あいつしかいないか」
ライは先程井戸から出てきた、燕尾服の男を頭の中に浮かべた。
「やろう、また面白がって俺の情報を売っているな」
「いえ、今回ばかりは冤罪ですよ」
ライはバックナックルの要領で、後ろに突如現れた燕尾服の男に殴り掛かった。しかし相手もさるもの、スウェーでかわした後に、バク転の要領で距離を置いてから、軽く服をはたいている。
「いきなり現れるなって何度言えばわかる!? あと冤罪ってどういうことだ?」
「もうしませんよ。全然驚いてくれませんしね。……私も最初は様子見も兼ねて売ろうと考えていたんですがね」
と、セッタは腕を組みつつ、話を続けた。
「どちらかというと彼女の情報収集能力の高さですよ。事前にあなたの趣味が女遊びだと調べていたんでしょうね。だからこの町のそういう場所全てを調べ上げてから、ライ君の通いつけを中心に探していたんですよ。おまけに勘もいいのか、すぐに当たりを引いているみたいでしたしね」
「勘弁してくれ……」
こうなってくると、他の店もマークされていると考えた方がいいだろう。
ライは服を着終えてから、顎に手を当ててどうしたものかと考え始めた。
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