22.きっかけはアイスクリーム。
「若葉……」
遠山と離れて、若葉が休んでいるはずのところへ戻ってみる。後の野郎どもはともかく、あたし達は固まって休むことにしていた。
「寝てるの?」
時計の時間が問題ではない。夜明けとともに動き出したのだから、日が沈めば別にいつ寝たところで構わない訳だ。
だから眠っているのか、と思った。
だけど、違った。
「泣いてるの?」
「さつきさん……」
横を向いたまま寝ころんでいた身体が、あたしの方を向く。
そのまま座り込んだあたしのひざに、顔をうずめる。汗と涙でぐっしょりと濡れた顔が、薄いズボンごしに判った。
「どうしたのよ、一体」
「規ちゃんが」
「松崎が何かしたの?」
彼女は首を横に振る。そういうことではないのか、とほっとする。
「どうしたのよ。あたしに言えることなら言って。言うだけでもすっきりするよ」
「さっき…… 規ちゃんに言われたの」
「言われた?」
眉を寄せる。嫌な予感がする。
「私のこと、ずっと好きだったんだ、って」
「ずっとって」
「規ちゅんが高等行く前から。……ううんそうじゃないの。規ちゃんは、私が雄生さんとそうなったから、高等へ行く気になったんだ、っていうの」
ち、と舌打ちをする。どうしてここで、そういうことを口にしてしまうんだろう。
でも気持ちは判らなくもない。ずっと好きだった女の子が、村の危険に、自分を頼ってきたのだ。
確かにあたしとか、知り合いが新しくできたとしても、昔からの友達はやっぱり心強いものだ。
そんな、すがる様な目をされたら。
ずっとずっと自制してきた気持ちも、弾けてしまってもおかしくはない。
「で、あんたは?」
「私?」
彼女は首を横に振る。
「考えたこともないのよ。だって、私には雄生さんしかいなかった。それが当然だったし、だから、規ちゃんはずっときょうだいみたいなものだったのよ」
「きょうだい、か」
残酷だなあ、とあたしは思う。
「それで、何かされたの?」
「それは、ないわ」
「それは、偉いね。よく自分のすること判ってるよ、彼は」
「うん。規ちゃんはいつも、そういう人だった」
そしてこれからもそうあり続けるのだろう。
「若葉はどう答えたの?」
「今さつきさんに言ったのと同じことよ。好きは好きだけど、私は規ちゃんのことは、きょうだいにしか思えないって」
「そうしたら?」
「わかった、って」
わかった、か。
おそらく彼はずっとそう自分に言い聞かせるしかなかったのだろう。その気持ちを隠したまま、高等に来て、学問やら運動やらでがんばっていたというのに。
押し殺した気持ちは、ふたを開ければまだ鮮やかだった。
「早く雄生さんが見つかるといいね、若葉」
うん、とまた少し涙声で彼女は返した。
あたしも寝よう、と言って、彼女の頭をひざから下ろすと、横に寝ころぶ。やっぱり星は綺麗だった。遠い向こう側で、時々流れる光が見えたりもする。
「そう言えば若葉」
「何?」
「こないだも聞きかけたけど、あんたの雄生さんって何の研究していたの?」
「んー。たしか、発電機の増強、とか言ってたけど」
「あんたのとこだと、発電は何? 水力? 風力?」
「両方。だけど基本的には水力かな。天竜川水系のダムがあるんだけど、そっちから引っ張ってきてるみたい。だけどほら、割り当てがあるから」
ああ、とあたしはうなづく。
石油の輸入ができなくなって以来、火力発電は少なくなった。九州管区や北海管区の炭坑が復活したとか言っているけど、それだけでは昔の火力発電に匹敵できない。鎖国以来、他国からの視線が怖いのか、原子力発電も停止している。
現在は、ダム使用の水力と、あとは季節風などを利用した風力発電、それに太陽発電が主流となっている。
いずれにしても、その元を動かす燃料自体が不足してるのだ。結果的に、供給される電力量というのは、鎖国前に比べ、格段に少ない。
限られた供給量で、それぞれの村がやっていかなくてはならない。だから、それぞれの村で、その地にあった電力量増強の研究がされていてもおかしくはないのだ。
「で、結果は出てるの?」
「……うーん、どうなのかしら。風力発電の改良型の模型は見たことがあるけど」
じゃあある程度の目星はついているということか。
「でもなかなか厄介なものに手を出したね」
「……」
とたんに若葉は口ごもった。どうしたの、とのぞき込む。別にこの暗がりで、顔が見えるという訳ではないが、どこか恥ずかしがっているようにも見える。
「何か隠してるなあ」
あたしは指を伸ばして、彼女の首をくすぐった。やめてやめて、と笑いながら、彼女はこちらを向いた。
「アイスクリームなの」
「あいす?」
思わず問い返していた。その単語が出てくるとは。
「前に、花祭の時に、特別だ、ってことで、女の人達でアイスクリームを作って、村の皆で食べたことがあるのね」
「だって秋とか冬でしょ?」
「秋とか冬だからだってば。アイスクリームを夏に作ったら溶けてしまうじゃない」
「そ、そりゃそーだけど」
「山の雪があったから、それで冷やしながら固めたのね。で、できた奴を、容器ごと雪の中に入れておいて、一晩中踊り狂って、身体が熱くなってる時に食べたの。すごく美味しかった」
それはそうだろう、と思う。
「で、何かもう、すごく美味しかったから、その日当直だった彼にも持っていったのね。で、薪ストーブがついている当直室で、二人で食べたの」
うわあ。何かもう、あつあつの風景ではないの。
「その時にあたしが言ったのね。夏の暑い時に、いつでもこういうのが食べられたらいいなあ、って」
あたしははっ、とする。
「冷蔵庫は…… ないの? 冷凍庫か」
「あることはあるのよ。ただ、それは村に何台、というものだし、農作業に使うものとか、野菜の保存とか、そんなことにびっしり使われているから…… アイスクリームを楽しもう、って些細なことには使えないのよ」
「……ああ」
「ほんの小さいものでいいんだけどなあ、って彼に言ったのね。それぞれの家に、そのくらいのものがあれば、夏にアイスクリームが食べられたり、お肉が腐らなくて済むし、とか」
「それで、電力量が多くなるように、って研究を始めたのか」
「彼はそう口にしたことはないけれど。でも私には…… そう思えるの」
だとしたら、確かに松崎弟には勝ち目はないだろう。兄のほうは、研究と、現在の生活を同じ場所において、その上で彼女と一緒の未来を夢見てる。
弟には、まだそれだけのものがない。ただあるのは思いだけだ。
切ないね、とあたしは思う。
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