13.その石は絹雲母

「けど阿部さん、すぐにその資料が出てくるとこはさすがですねえ」

「いやいやいや専門ですし…… や、実は、先日も、同じ鉱物について、質問を受けたんですよ」

「同じ鉱物? 絹雲母のことを?」

「うん。君は生田さんの学級だろ?」

「ええ」

「じゃあ君も知っているだろう? あいつは目立つからねえ。遠山」


 へ、と生田は眉をつり上げた。


「あいつ、阿部先生にそんなこと聞きに来たんですか」

「そんなこと、はないでしょう」


 穏やかに阿部は笑みを浮かべる。


「彼は向学心旺盛ですよ」

「とても私にはそうは見えませんがね…… 頭はいいんだから、もう少し、授業をちゃんと聞け、って感じですよ。だいたいああだらだらした態度で授業に臨まれては、私も人の子ですから」

「先生それよっか、目の毒なんじゃないの?」

「くぉらっ!」


 ごん、とげんこが軽く頭のてっぺんに下ろされた。


「そう言うものではないですよ…… 遠山くんは去年担当したこともあるんですが、私のような分野が好きなんですよ」

「阿部先生の分野?」

「地学です。だから鉱物もそうですが、星とか、気象海象といったことですね」

「星ぃ?」

「彼は実にろまんちすとですからねえ」


 しみじみ、と阿部は言った。


「ただ、お家があれですから、さすがにその分野を極めるようなことはできないでしょう」

「ああ、奴ならそうだな」

「そうなんですか?」

「奴の親父はな、森岡、この東海管区の副知事なんだよ。奴がいくらああ見えてもな」


 それも、次期知事候補なのだ、と。


「しかもやり手だ。だいたいこの管区がここのとこ財政的に潤っているのは、奴の親父が財政局の局長に赴任してからだ。今の副知事になったのも、そのあたりの功績が大きい」

「確かにそうですね。そのあたりの手腕は、ワタシのような、世間に疎いものでも耳にするくらいですからね」

「もちろん、親の稼業を子が継がなければならない、ということはない。けどまあだいたい、そういう親という奴は、子供がやはり自分の跡を継いでもらいたいと思うものだ」

「そうなんですか?」

「まあ私も所詮独身だから何とも言えないが」


 生田はちら、と阿部の方を見る。


「ま、それで彼の心を全て推し量ってはいけないでしょうがね。彼の親にしてみれば、高等に入れたのは箔づけのようなものでしょうな。実際息子は高等に入れる程頭はいい。ただ、その頭の良さを、地学、ことに星やら何やらのように、現実的にそうそう役に立つ訳でない学問に持っていかれたくはないのでしょうな」

「役に立ちませんか?」

「立ちませんね。特に星やら何やらは」


 納得しかねる、という顔をしていたら、阿部は付け加えた。


「これが鎖国していない日本、だったらどうだか判りませんよ。ただ今、外の国にすら出られない状態で、更に外のことを知ろうとする学問は、ある程度までは許されても、ある程度以上は」


 阿部は首を横に振る。


「っと、でもこんなことワタシが口走ったなんて、内緒ですよ、内緒」


 ふふふ、と阿部はまた笑った。それはそうだ。それこそ特警から狙われかねない。


「でもどうして、絹雲母なのかなあ」


 あたしは話を元に戻す。


「そうですね、何ででしょう?」


 阿部もまた首をひねる。


「彼もまた、あなたと同じ精製物の方を持っていたのですよ。あなたこれ、どこで手に入れました?」

「東永村です」


 ああ、と生田は納得したような顔になった。

 生田にはあたしは車で出かけたなんてことは言っていない。おそらく若葉が持っていたのではないか、と勝手に納得したのだろう。


「うーん…… でもあそこに行くには遠いですよね。遠山くんがそこまで出かけてったのでしょうか」

「どうですかね…… 少なくとも一日で行ってこれる距離ではないし」


 休日は日曜日だけだ。あたしが行ってこれたのは自動車だからで、自転車ではまず無理だろう。

 だいたい奴が東永村まで行く理由がない。


「いつの話ですか?」

「二週間くらい前ですか」

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