2.
突然だが国や地域によって犯罪者に対する処遇や向き合い方は違う。
例えば日本や中国であれば、『
というわけで、
(はずれの場所を引いた……ッ!)
思春期真っ盛りのユムナーは
というわけで、ユムナーが身を隠している建物の前には一体の陸上戦闘機が構えていた。
何がというわけでか少女本人もわかっていないが、たったひとつだけ明瞭なことがあった。
それは、彼女が死の一歩手前にいるということである。
(やばいって。やばいやばい……っ!)
頭を覆っている黒色スカーフがばさばさと揺れる。室内にも拘わらず風が強いのは、三階という高さだけが理由ではない。建築物の半分以上が崩落しているおかげで風通しがよかったのだ。半分もの空間が外気に触れている場所を室内と呼ぶべきではないかもしれないが。
穴の開いた軍服は大きさが合っておらず腕と脚でだぼつき、
法とは言うものの、犯罪者の全面支援をしている
――『死にたきゃ死ね。ただ私に迷惑をかけるな』
そんな弱者だからこそ、少女は危険に対して敏感なはずだった。
刹那、
『警告:投降しなければ敵軍と判断し、非人道的な扱いをします』
顔をしかめる。十本足、前後を定義づけするのはふたつの胴体で、それぞれが四本の腕を持っていた。見る度に思うのは人と馬の半人半獣、ケンタウロスである。あれを前後逆にしたうえで二体足し合わせ、さらに馬を節足動物にも似た十本足に変えればあのような姿になるかもしれない。要するに気色の悪い陸上戦闘機だった。
(手持ちは電磁拳銃が一丁と弾丸が十五発。デコイが三つに、手榴弾がひとつ。どう考えても勝てない……ッ!)
思考を巡らせながら彼女は割れた窓硝子を見やる。光の反射により顔を覗かせることなく地上を見下ろすと、陸上戦闘機は十本足で順繰りに乾いた地面を叩いていた。水面を伝播する波のように滑らかに動く足。その行動自体に意味はなく、人がする暇潰しと同じだった。
(本当ならやり過ごしたいけど、)
ぐるんっ、とふたつの頭が彼女を捉えたのはそのときだった。
(とっくに見つかってるよねッ!)
ユムナーはすぐさま壁から離れると近くに空いている床穴へと跳び込んだ。背後から飛んでくるのは切断音と水飛沫。実在した犯罪者の刀を模倣して作られたらしい機構には感動を覚えるが、それ以上に感じるのは絶望だった。
二階に着地と同時、建物自体が大きく揺れる。戦闘機が上階に跳び移ったからだった。ここまでは想像通り。切断系の機構を搭載している戦闘機は接近したがる傾向がある。そしてこの蜘蛛型の戦闘機は重心が低く、上下の移動に弱い。
(だから上下の運動を頻繁にすれば距離は詰められないッ! 逃げる先は、近くの友軍の拠点。そこまでの勝負?)
ユムナーは更に階下に降りるべく周囲を見渡して経路を探す。
人の通れる穴や空洞はなかった。白色塗料の剥げた壁からは砂色の建築材が顔を出しており、敷き詰められているのは破片と武器の残骸。足元で走っている大きな亀裂は、彼女を脱出口へと導いているようだった。
止まっている時間はない。
選んだ進行方向は右、反対の左へすかさず攪乱装置である球を投げる。彼らは機械であって人間ではない。中に人工知能が入っていようと、人間が入っていようと、見る映像は電子的な入力装置を通している。であれば雑音や偽映像を流すことは難しくなかった。
(すぐにバレるけどッ!)
可視光フィルターが入っていないことを祈りつつ、ユムナーは建物内を駆ける。年端もいかない少女の走る速さなど、たかが知れているが、ないものねだりをしても仕方がない。勝負は手持ちのカードでしかできないのだ。
全力を尽くし、あとは天命を待つのみ。
「――なんて嫌だよ……ッッ!!」
奥歯を噛み締め、床を蹴る足に力を籠める。後方では甲高い切断音が途切れなく叫んでおり、振り返ると機体が通り抜けられるだけの穴をあけているようだった。乱雑ではなく丁寧に切っていくさまには余裕が滲み出ていた。
当然だろう。彼らには死の危険がないのだ。
崩落による圧死も、流れ弾による事故死も、自滅も誤爆も、砂埃さえもない。
残機無限の殺戮ゲーム。
進行方向の先にて壁が爆発する。土煙の中に見えたのはもう一機の陸上戦闘機だった。
前後の
足が止まり、力が抜け、そして崩れ落ちる。へたり込むユムナーを前に勝ちを確信したらしく、二機の動きは緩慢なものに変わっていた。もしかするとどちらが殺すかで揉めているのかもしれない。
世界にたったひとつのこの命は、彼らの点数稼ぎでしかないのだ。
瞬間、感情が込み上げる。
「卑怯者ッッ!!」
十四歳の少女は力の限り叫んだ。戦闘機らの動きが止まる。
「自分だけ安全圏で、戦いもせずにッ! 私を殺すならせめて戦ってよ――戦ってよッ!!!!」
まだ恋も知らない。生きててくれる人がいなかったから。
まだ化粧も知らない。教えてくれる人がいなかったから。
まだ何も、何も知らない。
でもこれで終わり。
「こんなの、ふざけんな……ッ!」
涙がとめどなく溢れ、声が上擦る。
神は優しくない。そんなことは物心がつく前からわかっていた。
でも、せめて勝ちの目くらいは残しておいて欲しかった。
努力すれば、工夫次第でどうにかなる価値のある目を。
余命数秒。ならばもういいだろう。
彼女は全身全霊、全力で吠えた。
「ふざけんなくそ世界ッ! こんな世界、二度と生まれてたまるかあああああッッ!!」
咆哮と同時、二機の戦闘機は吹き飛んでいた。
轟音が世界を創る。まるで横から大型トラックが衝突したかのように、眼前にいた戦闘機は壁を突き破って外へと射出されていく。ひしゃげた金属の足が周囲に散らばった。
「よく言ったねねね」
それよりも、そんなことよりも。
白ジャケットにベージュのチノパン、宝石のような銀ベルトが覗き、一房の紺色の髪は腰の下まで。何十センチというヒールが強気に嗤う。
「私もそう思うよよよよ。って、放心状態?」
「いや、初対面であんたの言葉聞いたらそうなるよ」
後方から聞こえてくるのは呆れた男声だった。
「ジャッジ黙りなさい。これは由緒ある話し方なののの」
「ただあんたが活舌悪いのを誤魔化そうとしているだけだろ」
「外の二機にトドメ刺してこい。じゃなきゃディープキスだ」
瞬間、後方から気配が消える。須臾の間もなく爆発音が外で響く。
さて、とジャケットを羽織った女性はユムナーに向き直った。
ぽたり、と落ちることを忘れていた涙が手の甲に落ちる。
少女の頭は真っ白だった。状況は許容量をとうに超え、観測事実だけが過ぎ去っていく。
ただ、目の前の女性には見覚えがあった。
男物の服を好む麗人極めた女性。
確か――。
「初めまして、世界が嫌いなお嬢さん」
「あっ、あっ」
世界に数えるほどしかいない、《姫》の犯罪名持ち。
眠りを司る熟練の犯罪者。
「よければちょっと力を貸してくれない?」
《
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます