一章 邂逅。そして問題発生。 その5
「そんなに四日後が大事か」
溜息交じりに、
「そうだ。国際会議も、その後の『祭り』も今回は日本が主催だ。戦力は温存しておかねばならない。正直なところ、お前と殺し合いをする余裕などない」
「俺があれを許すと」
《殺人王》は目を細めて問う。
「そうだ、そう考えている」
断定。捜査官は無表情のまま深く頷いた。
「お前がこのまま葬王の件を放っておくとはとは考えられない。一刻も早く解決したいはずだ。こうしてお互い関与したくない状況が生まれたわけだ。一時休戦を申し出るだけの価値は充分あるだろう」
「それだけの利点が俺にあれば、な」
「そうだな。それに関しては破格にしたつもりだ」
《砂漠》は三本の指を立てる。
「三日間。正確には国際会議が始まる四日後の朝までの間、俺たち対凶悪犯罪者活動室の監視下に置かれてもらう」
犯罪者の王は口笛を鳴らす。
「方法と制限、それによる双方の利点は」
「足輪型の爆弾をつけてもらう。威力は足が一本吹き飛ぶ程度だ。これによって俺らはお前の行動を縛れる。対してお前は最終手段として爆破を恐れなければいい。失われるのは片足だけだ。契約終了時の会議開始と同時に
「首輪ならぬ足輪ってか。面白い。続けろ」
笑みを僅かに含みながら頷く。
建前の裏に隠れた本音を見透かしながら。
「制限はその他にない。お前の利点は『本国の治安組織全ての殺人王に対する敵対行動の禁止』、『期間内におけるすべての犯罪行為についての黙認』、そして『情報の供給』だ。もちろん葬王の情報も含まれる」
「そりゃ文句ねぇな」
彼の言う通り、得られるものは多い。まず、この場を戦闘抜きで切り抜けることが出来、期間中の敵対者が同業の犯罪者に絞られる。さらに情報の供給があるということは、《罠師》に限らず日本中の犯罪者の動向を把握し、避けることができるということでもある。爆弾を付けることは大きな
これだけであれば。
「で、どいつが俺の監視役だ?」
足輪をつけたとしてどうして《殺人王》が細工をしないと信じられるだろうか。監視さえなければただの爆弾など処理どころか取り外すことすら容易い。加えて、いくらカメラや検出器で感知するとは言っても掻い潜る方法は必ずある。
ゆえに、人の目が必要だった。それも、《殺人王》と共に行動し、場合によっては犯罪者と殺し合うことのできる人物の目が。
相変わらずの無表情で、
「そうだ、話が早いな。まあ、監視役というよりは監督者というべきか。一緒に行動し、我々と円滑な連絡をしてもらう」
「さっさと答えろ。AVCATの誰だ」
「違う、AVCATではない」
切れ味のよい言葉は予想を裏切ったものだった。
「一般人、それも
「……何が狙いだ」
「お前を平和的に縛る、それだけだ。旧現代人、つまり
それは、猛獣のいる檻に子犬を放り込むような暴挙。
舌打ちが響く。
「まさか五体満足で返せなんて言うんじゃねぇだろうな」
「安心しろ、命だけでいい」
《殺人王》の瞳が疑念の色を孕む。
「すべてを説明した上で承諾は貰っている。どうするか選べ」
「追加条件だ」
二本の指を立てると、
「戦力を提供しろ。それと、このあとすぐにこの抗争に関する偽情報を流してもらう」
「……いいだろう」
「その足輪とやらはどこにある」
「既に用意している」
懐から環状の金属物を取り出される。無機質な見た目と遊びのない形から商業用でないことがわかる。直径はボールペンより少し太く、環の円周は太ももよりも小さい。彼の言う通り足首用であるらしい。
だが、見当外れだと犯罪者の王は口を大きく歪めた。
「お前らが用意したものを着けろと」
「AVCATと犯罪者の間に中立的立場など存在しないと思うが。それとも情報屋のことを言っているのか?」
《情報屋》。犯罪名をもつ犯罪者の中で唯一の完全中立性をもつ存在だった。言い換えるならば懇意にしている存在がいないということである。例え《殺人王》と言えども融通を利かせたことは一度もなかった。この完全中立性こそが《情報屋》の後ろ盾、自身を信用に足らせる人物へと昇華させているである。つまり、犯罪者側であるものの仲介役としてはこれ以上ない最適解であった。
代わりとばかりにスーツの女が口を開いて、
「情報屋のことは知っているけど、奴に依頼するとしても今からだと時間がかかるんじゃ」
「そんな生易しいレベルなら楽だったな」
「どういうこと?」
《殺人王》は答えなかった。その必要がなかったことはすぐに明らかとなる。
『アンタたちのおかげで私が食いっぱぐれることはないね』
低いしゃがれた声が辺りに響く。音の出所はビル内の放送システムか。無駄に屋外
『私が情報屋の名にかけて用意したよ』
突如、二機の小型無人機が現れる。見れば、黒い箱を抱えていた。
『さっさと漁りな』
「は、え、は?」
「確かに生易しくはない、か」
「何から何までむかつく野郎だ」
スーツの女性が混乱する一方、残りの二人は立ち上がって小型無人機へと近づいた。
黒い箱を受け取ると、《殺人王》は立ち消える小型無人機には目もくれずに容器に手をかけた。
密封の印ごと乱雑に開ける。
入っていたのは紛れもない、同一の足輪だった。
「嘘、信じられない……! どうやって用意したの」
『これくらい出来なくてどうすんだい』
対照的に彼は苛立った様子で、
「化姫に俺を売りやがったな」
『顧客の情報は喋らないよ。アンタには例の足輪を、AVCATには足輪の位置を把握するタブレット端末を用意した。確認できるかい』
「ああ、動作している」
「情報屋、どういうつもりだ」
間髪入れず、
『いくら第三者的立場って言っても私が犯罪者ということは事実だろう。《殺人王》側に近いと考えるのが普通だ。だから、
「異論はない。ありがたく受け取ろう」
「目障りだ。さっさと失せろ」
『私も慣れ合いは御免だ。報酬はこの契約に関する情報ってことにさせてもらうよ。あと、アンタはすぐに連絡を寄越しな。ちょいと異常事態だよ。
音声が途切れる。
僅かな静寂を経て、
「着けるぞ」
「ああ」
《殺人王》とAVCATの一時休戦は成立した。
前者は身体をほぐし、後者は新しい紙煙草に火を着けた。
「随分と用意周到だな」
「長い間温めておいた作戦だ。まあ、お前が一か月前にアメリカに行ったきり帰ってこなければこんなことをする必要はなかったが。もしくは生け捕りやこちらがほとんど無傷で殺せる状況であれば別なんだかな。これが監督者の情報だ」
「それは夢物語だ」
渡された投影チップを空中に展開する。
開口一番、
「女かよ」
「監督者に対する所感だが、我ながら最高の相性だと思っている。偶然とは面白いものだ」
映像に目を通していくに連れて彼の顔は歪んでいき、
「最悪だ、くそが」
最終的に剣山を両の奥歯で嚙み潰したような、痛々しい顔になった。
様々な情報が書き連ねられている中、彼の瞳はとある一行から離れることができなかった。
『正義感が強く、犯罪に拒絶感を持っている。特に――殺人は認めない』
――――――
「初めまして。フォルックさんですか?」
雲ひとつない空が広がる中、とある街のホテルの下で、
「お前が監督者か」
ポニーテールが風に揺れるスーツ姿の女性と、
「ヒナコ=ムラカミです」
紅蓮の短髪をもつ、ラフな格好をした青年の姿があった。
「これからよろしくお願いしますね」
こうして、犯罪者の王と監督者は出会った。
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試し読みは以上です。
続きは2020年2月7日(金)発売
『魔法も奇跡もない、この退屈な世界で』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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