第185話 結末

 西へ、西へと向かっていた光の矢は、大陸中の多くの地域で目撃されていた。すぐさま各地の通信兵が、その異様なものについて帝都へ連絡を寄越したが、もちろん前例が無い。流れ星の類か、何かの見間違いとして処理されて、誰も皇帝に知らせようとしなかった。


 それが例え適切に上申されていたとしても、こればかりは避けようのないものだったのではないか。と、後の研究者は口を揃える。


 時は、夕刻近く。

 皇帝は執務室の窓を大きくあけて、城下の町並みを見下ろしていた。そこへ、自らに向かって直進してくる強い光を見つける。


「新手の武器か? まさか」


 これが彼の最期の言葉となった。そして、それはいい得て妙でもあったのである。


 はるか遠く東の紫国から到達した光の矢は、ますます煌めきを増していた。さらには帝都上空に辿り着いた瞬間、その街中にある貴族の屋敷に仕舞われていた、たくさんの神具が光に反応したのである。


 帝都において、神具はただの珍しい工芸品だ。異国風の美しい見た目にしか価値が見いだされていなかったそれらは、この時ようやく真価を発揮した。


 光は、天磐盾から放たれたもの。すなわち、神の意志が乗っている。神具に宿る神々は、懐かしさ以上の使命感を持って、全力で神気を放った。それが見えぬ力となって、光の矢の動力を後押しする。


 皇帝は、ぽかんと口を開けて、それが自らを飲み込むのを待つことしかできなかった。


 窓から滑り込む光。いや、光という形を装った神獣かもしれない。大きな口が開いて、鋭い牙が皇帝の身を破る。そうして一人の男は、前触れもなく、その生涯を終えた。



 ◇



 皇帝急逝の報せは、すぐに大陸全土へ広がっていった。もちろんアダマンタイトも知ることとなり、命令元である皇帝がいなくなったとなれば、負け戦を続けることもない。軍は紫との国境から完全に撤退していった。


 同時に、次期皇帝の座を巡って、血みどろの戦いが幕を開ける。各地の皇帝の子供達や血縁がそれぞれに立ち上がり、潰し合いが始まったのだ。これは、これまで帝国から虐げられてきた属国が独立する機運にも繋がっていく。まさに、乱世へ突入しようとしていた。


 セラフィナイトの行方も分からなくなっていた。兄弟から命を狙われているので身を隠しているだとか、アダマンタイト軍の総大将として、大敗の責を負って自決しただとか、様々な噂がまことしやかに囁かれている。


 紫国はというと、アダマンタイトから使者を受け入れ、二国間で不可侵条約を結ぶに至っていた。だが、未だに帝国本国とはそういった協定を結んでいないので、油断はできない。けれど、一通りの脅威は過ぎ去ったと言える。


 そんな状況下、ようやくのようやく、コトリとカケルの婚儀が執り行われることとなった。


 その後、コトリの必死の介抱や回復のための奏でにより、カケルはすっかり元の調子を取り戻している。既に慣例通り三度コトリの屋敷を訪れており、後は、餅を食べる儀式をするのみだ。


 コトリとカケルは、にやにやしている見届け役のサヨとミズキ、ユカリとハトのニ夫婦に見守られる中、念願の瞬間を迎えようとしていた。


 餅は、戦があったにも関わらず豊作となった、ニシミズホ村からもたらされたもの。二人は互いに顔を赤らめながら、上品に餅を齧っては嚥下する。


「これで二人は正式に夫婦と相成った。おめでとう」


 最近ますます王らしい貫禄が出てきたらミズキから声をかけられると、コトリもカケルも、掛け値なしの笑顔でいっぱいになった。そして――――。


「これから、よろしくお願いします」


 カケルに向かって、しとやかに頭を下げるコトリ。


 今までの人生が頭の中を走馬灯のように駆け抜けていく。感極まって泣きそうになったが、ぐっと堪えた。


「こちらこそ、よろしくね」


 カケルはそう応えると、コトリを両腕で抱き上げて立ち上がる。向かう先は、続きの間だ。


 そうして、琴姫と稀代の神具師は結ばれた。自由と自らの寄る辺を手にした二人は、その命終えし日まで、ずっとずっと神国、紫、そして互いを仲睦まじく支え続けたと言う。良き王の時代を導く奏でが紫雲を呼んで、いつまでもその地は神々に守られることとなったと、歴史書には綴られている。



【終】


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