第236話 前門の竜、後門の鬼作戦
「敵軍、動き始めましたっ!」
「総員っ、再度気を引き締めろ! ここはまだ通過点だからな!」
「魔法、弓兵の攻撃、来ますっ!」
「魔法部隊っ、相殺と撃ち落としっ! 弓兵は後に反撃しろ!」
捨て駒部隊接敵後、降伏勧告の使者を送って7日目。
こちらの勧告を蹴って攻勢に出て来た敵軍。
こっちの都合が無いとは言わないが、勧告は陛下からの恩情であり、冒険者達にとっては総合ギルマスからの恩情でもある。
こちらからの善意を踏み躙られたわけだ。
当然、面子というものもあるし、向かってくるというならば叩き潰すまで。
こうして、第二次反攻戦線の火蓋が切って落とされたわけだが、現在のこちらの軍の中央は、異様なまでに数を少なくしている。
いや、少ないなんて言葉では足りない。
極限にまで減らし、特機戦力とそれなりに実力のある兵のみの陣形だ。
その他は全て、両翼に兵を展開して開戦している。
なんでこんな異様な隊列になっているのか? 話は3日目に遡る。
『皇国側と帝国側も同じ、ですか?』
『うむ。そして接敵した時の行動も同じみたいだの』
『そうなると……元から呼応しなかった冒険者、逃げ出した冒険者がいるとの事でしたが、そこまで数は減って無いのか』
『単純に分けたから少ないみたいだの。となれば……』
『逃げた冒険者達は1割から2割と言った所でしょう』
陛下を含め、情報を精査して軍議を進めていた。
クッキーさんからの情報提供――半分は強制提供――もあって、捨て駒部隊の全容が見え始める。
斥候からの情報も合わせると、各国に対して展開している敵軍の内訳は、領主軍、元冒険者軍、輜重部隊の3つなわけだが、兵站を担う輜重部隊も本体の国軍ではなく、徴募された平民が大多数との報告が入って来た。
暗部や諜報部隊もいるかと思ったのだが、それらしき影はないとの報告も上がってきている。
『どう考える?』
『敵はアホなのですかね?』
『余もそう思うわ。一体、何を考えているのか……』
『過小評価しているか、絶対的な切り札があるんでしょう。もしくは、自身が思い描いた未来に酔っているかですね』
辛辣な言葉の評価を下していくが、誰も反対意見は無い。
敵であるから――と言うのもあるが、間違った事も言ってないからだと思う。
『それで? クッキー殿は何かあるのだろうか?』
『その前にぃ、そちらはぁ、どういぅのが理想なのかしらぁん?』
『ふむ……』
『総合ギルマスとしてはぁ、半分は始末しても構わない方向よぉ。どうせぇ、後進が育てばぁ、損失は補填可能だものぉ』
『だがそれだと、暫くは厳しくならないか?』
『傭兵ではぁ、食べづらくなってぇ、淘汰される者が出るものぉ。でもぉ、傭兵で芽が出なかった者もぉ、冒険者だと芽が出たりしてるのよぉ。でもぉ、そう言った者達ほどぉ、何故かぁ傭兵に拘るから困りものなのよぉ』
『そちらにも思惑はあるという事か。……クッキー殿が考えている配置を聞きたいのだが?』
陛下の問いにクッキーさんが答え、俺が待ったをかけるも有用だと押し切られ、現在に至る訳だ。
勿論、帝国と皇国側も同じ方法を取っている。
同盟戦力、大忙しである。
ただ、王国と違う点はあるけどな。
「しっかし、あいつらもアホだねぇ」
「本当よねぇ……。わざわざ痛い目を見たいなんて、変態なのかしら?」
「総合ギルマス殿には言われたくないだろうなぁ、あいつら」
「激しく同意っすね。情状酌量の余地はないっすけど」
「で? なんで私までこっちなのかしら? ミリア達は本陣なのに……」
「まぁまぁ、蛍。別に良いじゃない。これって、ラフィ様が頼りにしてくれてる事なんだから。滅多に無いよ? 過保護だから」
「ラナ、一言余計。否定はせんけど」
特機戦力6人、正に威風堂々。
尚、ミリア、スノラは本陣にて待機している。
護衛はナリア、ノーバス、席次数名である。
ディストとブラストは、両翼に1体ずつ別れて配置とした。
損害を減らすための苦肉の策とも言える。
まぁ、一番槍でツッコんで、喜々として戦うだろうな。
主上からの勅命に近いし。
まぁ、優先命令は、自身の命だとは言ってあるが、すっげぇ喜んでたし、忘れてそうなのが怖い。
それと、各国に配置した他の七天竜達だが、ランシェス軍だけが両翼配置となっていたりする。
残る二国は、全員が中央配置で、原初の眷属となっている者達が両翼についている。
これも苦肉の策で、生存面を考えた結果だ。
反対意見が出たら、反則技を使う予定だったが、特に出なかったので平和的に通っていたりする。
そして、この作戦の根幹が、特機部隊の役割とも言えるのだ。
「しっかし、本当に良いんかね?」
「これは罰なのよん。だから、気に病むことはないわん」
「えっげつない罰だよな?」
「ほんと、こっち側で良かったと、しみじみ思ってるっすよ」
「えーっと、即死は禁止だったわよね?」
「はい。生死の境を彷徨う攻撃に留めて欲しいと」
「みんなぁ、命を大事にねん」
「「「どこのRPGだよっ」」」
なんで某ゲームの作戦名を知っているのか?
そして、それを知っている俺、八木、蛍が、思わずツッコむ。
これもう、条件反射に近いわ。
とまぁ、肩の力が抜けた所で、本番である。
魔法が飛んできてるしな。
「じゃ、戦闘開始」
飛んできた魔法を全て相殺してから、蹂躙の合図を出す。
今回の作戦は、敵領軍の心を折る事が目的だ。
中央がわずか数名で溶かされたなら、その後に起こるであろう挟撃作戦での勝ち目など、相手は無くなるであろうから。
前門の竜、後門の鬼作戦である。
「一番槍、頂きだっ」
「あっ! ずるいですっ」
魔法が相殺されると同時、ウォルドが駆けて槍を横薙ぎに一閃。
それだけで、某戦漫画みたいに敵が宙を舞った。
いや、比喩じゃなく、本当に宙を舞いながら後方に吹っ飛ばされたのだ。
しかもご丁寧に、防具全破壊して。
それを見たラナは、更に距離を詰めた後、ツクヨ直伝の刀技を繰り出す。
「師匠直伝っ、万花繚乱!」
万花と言ってるが、実際には万の斬撃は出ていない。
要修行中との事らしいのだが、数千の斬撃で相手の防具を、これまた全破壊して、複数人を地に沈めて行く。
尚どちらも、即死はさせていない。
ただ、防具を全破壊するような攻撃なので、衝撃は推して然るべし。
打ち身、骨折は勿論の事、防具を止める金具を破壊ではなく、防具自体を砕いているので、内臓への衝撃ダメージも蓄積しているので、攻撃を受けた時点で重体以上死亡未満が確定していたりもする。
そして、敵は腐っても元冒険者なので、こちらの攻撃がヤバいものだと瞬時に理解して足を止めるのだが、止めた時点でこの戦場での終了が確定した。
「駄目っすよ、戦場で呆けちゃ」
八木の認識外からの攻撃に、複数人が倒れる。
認識外からの攻撃に、辺りを見回すも誰もいない。
しかし、一人、また一人と倒れて行く。
うん……リアルホラーだな。
因みに、八木が何をしているのかと言うと、細い針をチクッと刺しているだけである。
但しその針には、クッキーさんに使用した神経麻痺毒がたっぷりと塗られている。
ただ、クッキーさんに今の攻撃の提案をしたら、少し薄めて使ってくれと、八木は言われていた。
クッキーさん曰く、原液で使ったら、誰も生き残れないらしい。
最終的に呼吸困難に陥って、苦しみながら死ぬのが確定してしまうそうだ。
あいつらへの罰は、
だがしかし、敵の耐性取得を条件に盛り込んだりはしていたので、9割以上は死亡確定だと思う。
そんな八木とは対照的に、真正面から一対一で物理で削っていく蛍の姿。
「でぇぇいりゃぁぁぁぁああ!!」
一撃一倒――正にこの言葉が相応しかった。
え? なんで相手は黙ってみているだけなのかって?
それはな、一撃一撃の剣風が凄まじくて、近寄れないんだよ。
その間に一人ずつ確実に倒していくから、結局は剣風が止まないという無限ループに突入――と言う訳だ。
しかもだ、一撃が重いの当然なんだが、ついでに衝撃波も叩き込んで、内部から破壊するという徹底ぶりである。
そういや、メナトから何か習っていたな。
えーっと……確か……。
『良いかい? いくら相手の骨を砕こうが、腕や足を切り捨てようが、命を絶たなければ危うくなるのはこちらだ。では、解決策は何だと思う?』
『『えぇ……』』
『そうだね……例えば、生かして捕縛する時なんかにも使えるよ。調整はいるけどね』
『『わかるかっ!』』
『足りないおつむじゃ難しいみたいだね。仕方ないから、実戦で教えてあげよう』
『『『『『『ぶっ殺っ!!』』』』』』
メナトに殺意マシマシでツッコんで行って、返り討ちに合っていたのを思い出したわ。
その後は確か、睡眠学習ならぬ気絶学習だったっけ?
そういや、蛍だけじゃなく、転生者組全員が習ってたな。
……他の場所でも、同じ様な事が起こってそうだなぁ。
まぁ、蛍も問題無いだろう。
そして、一番問題無そうな問題人間を見て行く。
「オラオラオラオラオラオラオラオラッ! オラァッ!!」
「何処の承◯郎だよっ!」
まるで自身がスタ◯ドだと言う様に、オラオラしてらっしゃるクッキーさん。
しかもだ、爆弾クッキーの異名は健在で、めっちゃ繊細な調整をしてたりする。
タダの脳筋では無いという事だ。
「グラフィエルちゃん、サボらないの」
「サボってねぇよ! あんたらが暴れすぎて、俺の所までほとんど回ってこねぇんだよっ!」
てな感じで話しながらも、調整率が完璧なクッキーさん。
さっきからなんの調整をしてるのかって? 爆発量のだよ。
元冒険者達なので、装備は自前だったりするのだ。
だから、個人個人の装備の耐久性は全然違ったりする。
防御1しかない防具に、全力のクッキーパンチが炸裂してみろ……身体に大穴が空くぞ? だから調整なんだよ。
相手の防具の強度に合わせて、攻撃力を変動させているわけだが、調整率10割とか地味に凄いだろ? 脳筋じゃなく、技巧派でもある訳だ。
しかも、だ――相手の防御を上回り、生死の境を彷徨える様に、寸分違わぬ調整をしながら攻撃してるんだぜ? 調整率10割で。
正直、普通の冒険者が勝てる存在ではないんだよな。
じゃあ、相打ち覚悟で、勝てる? 殺せる? どうやって? これが皆殺し作戦だったなら、生存は不可能だろうな……って言うぐらい、マジで強い。
そんなクッキーさんを筆頭に、6人が先頭で暴れまわってるわけだから、俺の方になんて数える位しか来ないんだよね。
「これ、俺、いる?」
正直な感想がこれである。
そして、皆が過保護過ぎって言う理由も分かった。
うん……確かに過保護だったわ。
これからはもう少し、皆に頼ろう。
あくまでも、人の範疇の中で。
対クッキーはって? あれは人じゃないから除外。
這いよる何かのは間違いないから。
「グラフィエルちゃん、後でお仕置きするからねん」
「なんでわかる!?」
なんて軽口を挟みながら、蹂躙蹂躙蹂躙んんっ!
そして、4分の3が戦闘不能か死亡したのを見て、俺達は次の行動に移す。
残りの元冒険者は、クッキーさんだけで充分だと判断したからだ。
なので次は、作戦の第二段階である挟撃作戦に移る。
「全員、次の段階に移行!」
「「「「「「りょうかいっ!」」」」」」
声の元、各々が割り振られた方へと駆けだす。
当然、止めようとして来るが、一撃の下に沈まされる敵。
クッキーさんは、中央に陣を取って敵の引き付けに移行していた。
わざわざ包囲されに言ったのだから、勝てる!――と見たバカが多いわけで、そんなバカから真っ先に沈んで行くのが見えた。
いや、本当にバカだったわ。
包囲した程度で勝てる存在なら、八木とか苦労してねぇから。
「ちょっ! なんで俺を引き合いに出してんっすか!」
「いや、だってヤ◯チャだし」
「ヤム◯ャ言うなや! 喧嘩売ってんっすね? 買いますよ。買ったろうやないかっ!」
「八木君、異世界に没す」
「夕凪さんまで酷くない!?」
「おらっ、早よ行けや」
「扱いの改善を求める!」
「ウォルド―、後任せた」
「ほいよ」
因みに、ウォルド、八木、蛍は中央右翼側で暴れていたのだが、向かう先は左翼である。
ラナ、クッキーさんは中央左翼側で暴れており、中央ど真ん中が俺の担当だったのだが、ほぼやることなしで、ラナと共に右翼へと向かう。
クッキーさんはそのまま突入して引き付けと言ったが、その周りを交差するようにして、逆方向を挟撃する俺達が倒していく――予定だったんだけどなぁ……。
「クッキー無双、ここに爆誕」
「ラフィ様、早く向かいましょう」
「ラナさんや……もう少し、ツッコんでくれてもさぁ……」
「クッキー様の無双なんて、今更ですから。ええ……本当に、今更ですので……」
「遠い目になるなよ……」
ラナもそうだが、特機戦力の大半が、ランク認定試験で手痛い目に合ってるからな。
遠い目になりたくなる気持ちはわかる。
わかるんだけど……今は戦場なので止めてくれ。
って、あれ?
「どうやら、向かう必要はなくなったみたいですね」
「らしいな」
見ると、両翼から白旗が上がっていた。
既に右翼では武装放棄と投降が始まっていた。
対する左翼も、武装放棄が始まりかけている模様。
しかし、これって……。
「まさか、全部指揮系統が別だったりする?」
「愚策ですよね」
「全く持ってその通りなんだが、その場合だと中央はどうなるんだ?」
「あ」
慌てて振り返って中央を確認すると、拳を天高く突き上げたクッキーさんが立っていた。
元冒険者の死屍累々の中心で。
「お前は何処の世紀末覇王だと、すっげぇツッコみたいんだが?」
「それよりも、私達が目を離したのって数分ですよね?」
「…………考えたら負けだな。うん、負けだな」
「ですね」
二人で溜息を吐いて、何となく重い足取りな感じを残して、本陣へと戻っていく。
道中、伝令がこちらへと報告と陛下の指示を携えてやって来たのだが、まぁ面倒な指示だった。
「クロノアス卿とそのお仲間方は、敵で生き残っている者の救助をお願いしたく」
「え? 面倒」
「え?」
「そもそも、冒険者関連はクッキーさんが担当だから、まずはどうするか聞くのが筋じゃね?」
「えー……ですが、陛下からの――」
伝令も引かなかったので、スマホもどきで陛下に連絡する。
面倒な事を伝令で伝えてきた苦情も言っておくかな?
『グラフィエル?』
「陛下、面倒な指示を出さんでください」
『そうは言うがな、救助は必要――』
「冒険者関連は、クッキーさんへ先に話を通すのが筋じゃないですか?」
『だから伝令にだな――』
「クッキーさんでなく、俺に言いに来ましたけど?」
『……伝令に変わってくれぬか?』
相手は陛下だと伝えてから、伝令にスマホもどきを渡す。
伝令、ちょっとだけ顔色が悪い。
緊張は分かるんだけど、なんで顔色まで悪くなるんだ?
その理由は、めっちゃ謝ってる伝令からして推して然るべし。
彼は陛下からの言葉を曲解して、俺達に伝えに来たのだと判明した。
本来の伝令は、ランシェス軍の意向を伝えた後、冒険者組合側からの要望を聞いて任せるというものだったらしい。
陛下自身が、伝令から変わった後に伝えてくれたからな。
で、問題は、クッキーさんがどうするかなのだが……。
「捨て置けば良いわよん。私が姿を見せた時点で逃げなかったのだから、覚悟はあったんでしょうしぃ」
「内心では、結構怒っていた?」
「当たり前でしょう。はぁ、一つ貸しが出来てしまった様なものなのよ?」
「陛下は気にしないと思うんだけどなぁ」
「周りがどう取るかの問題なのよ。グラフィエルちゃんなら、押し切ってしまいそうだけどねん」
「まぁ……多分?」
「そこは言い切りなさいよぉ」
斯くして、こちらの損害は軽微で、第二次戦線は幕を閉じた。
敵領軍の被害は、2割半が死亡。
残る軍勢の内、重傷と重体が合わせて1割半。
軽傷者が約3割と壊滅の定義となっていた。
で、その大部分は竜二体の活躍と言う……。
あ、頭いてぇ……。
「クロノアス卿」
「何も言わんでください、参謀殿。こっちも想定外過ぎてるので」
「お主も苦労人だの」
「陛下程では無いですけどね。貴族共は何て?」
「言いたい事はあるのだが、怖くて何も言えんが正解かの。敵対より友好を取りたいのが本音だと思うがな」
「各国は?」
「似たような感じだな。ただ、面倒はあると思うぞ」
「戦争よりも厄介な案件が出来そうなんですが?」
「わしらも助けてやるから、頑張るんだの」
「はぁぁぁぁあああ……」
次は大人しくしとこうかな……。
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