幕間 とある貴族からの招待状
転生者組が、特に潤が地獄を見ていた一ヶ月の修練期間中、いつも通り執務室で書類の決裁をしていたとある日、一通の手紙に頭を悩ませていた。
差出人は貴族派閥の大物当主……いや、貴族派閥の筆頭からであった。
内容は、食事会に参加して欲しい――というものだ。
正直、参加したくない。
しかし、ここで問題が浮上する。
断る理由が無いのと、同じ侯爵家ではあるが向こうの方が歴史が長い事だ。
こちらの方が新興貴族なので、一定の配慮が必要である。
こちらより爵位が低い相手ならば、配慮は必要なれど断りやすいのだが……。
これは非常に難しい案件だ。
「これ、どうした方が正解なんだ?」
「難しいですね」
ブラガスと二人、招待状とにらめっこする。
結論から言えば、参加するのはあまり好ましくない。
だが、貴族として見るならば、余程の事が無い限り断れるものではない。
そして最大の要因が、派閥に関して。
同派閥ならば、普通に参加して終わりで良い話なのだ。
しかし、敵対派閥で且つ筆頭。
参加はデメリットでしかない。
王家と懇意である以上、痛くも無い腹を探られることになりかねない。
探られるだけならば百歩譲って良いとしても、攻撃材料にされるのは勘弁である。
主流派も一枚岩では無いのだから。
「リリィに聞いた方が無難かね?」
「それも手ですが、もう一つ困ったことがありますよ」
ブラガスが言う困った事、同伴者についてだ。
こう言った招待の場合、結婚しているなら妻を、婚約者が居るならば婚約者を、と言うのが慣習としてある。
仲の良い貴族家ならば、全員連れて行って、全て見せてますよ――といった対応を取るのが定石だ。
俺にはいないが、妾がいる場合、その妾まで紹介する者は腹の中まで見せている――と取って貰えるからな。
こう言った行動でお互いの関係のアピールになる訳だが、今回は警戒して臨む相手だ。
全員連れて行くのはありえない。
では、誰を連れて行くのかと言う話になる。
「ミリア、リリィ、ラナ、リーゼ、ミナ、ティア、イーファ、リジア、スノラ、リュールは駄目だな」
「ナユ様、ヴェルグ様、シア様も駄目ですな。先のお二方は身分的に。シア様は年齢的にですが」
「となると残るは――」
「リア様とヴィオレ様ですね。ただ、お二方もあまり望ましくないのですが……」
「まぁ、な。言いたい事はわかる」
消去法で名前の挙がった二人だが、望ましくない理由は実家の関係だ。
リアの実家は王国軍の指南役であるし、ヴィオレの実家は近衛騎士の家系だ。
更に言えばヴィオレの父親は、近衛騎士筆頭である。
下手に連れて行くと、色々と問題が起きる可能性を否定しきれないのが現状だ。
「やはり、奥方様を交えて話された方が良いかと」
「こっちで解決するべきなんだろうけどな。ほんと、俺のせいで苦労をかけてしまうよ」
「支え合ってこそだと思いますが、私から言う事でもないですな」
「人生の先駆者として、意見は聞くぞ」
「では一つだけ。困った時は嫁に頼る――です」
「……早速実践するわ」
今回の件に関しては、ブラガスの助言が一番解決できると考えたので、婚約者全員を招集したわけだが、何故か修練中の召喚者組と転生者組まで来てしまった。
お前ら、後で地獄を見る可能性がある事、理解してるのか?
だが、八木からの一言に呪詛を吐きそうになった。
「メナトさんが行って来いって……」
「メナトぇぇ……」
さらに追い打ちで理由を聞かされる。
「面白そうだからって……」
「こっちは全っ然、面白くないけどなっ。まぁ、聞きたきゃ聞いても良いけど、八木だけは最悪は仕事して貰うからな」
「なんで俺だけっすか……。不幸だ……」
ちょっとだけ脱線したが、本題の話をしていく。
当然、全員――転生者組は除く――の表情は微妙になっている。
どうするのが正解か……あーだこーだと議論をしていく。
「リリィさん、ラナさん、リーゼさん、ミナさん、ティアさんは駄目ですね。私はギリギリでしょうか」
「ミリアがギリギリな理由は?」
「王族や皇族ではないからです。ただ、神聖国の神子ではありますので、その権力は先の皆さんに匹敵しかねないと言うのが……」
「イーファ達も駄目だろ?」
「勿論です。今は亡国ですが、出自が王族ですから」
「リーゼ様の意見に賛成ですな。それと、ヴェルグ様とナユ様も駄目でしょう」
「リュールさんは駄目ですが、お二人は問題無いのでは?」
「ミナの言う通りだと思います。むしろ、ヴィオレやリアの方が駄目でしょう」
「ミナとティアの理由を聞きたいんだけど?」
二人がヴェルグとナユを押した理由は、国との関係性が非常に薄い点だった。
身分的に駄目なのでは? と聞くと、そもそもの話、俺の婚約者と言う点で今回は問題無いらしい。
ついでに、元の身分が低いからこそ相手に、警戒していますよ――と、思わせられる点もあるそうだ。
シアの名前が挙がってこないのは、身分もあるが、やはり年齢に関してだった。
「シアちゃんは頭が良いですけど、こういった裏がある場所に連れ出すのはもう少し先が良いでしょう」
「俺もリーゼの意見に賛成。で、ラナは何か無いの?」
「特に無いですね。万が一があっても、ヴェルグとナユさんがいれば問題なさそうですし。ただ、八木さんには動いて貰った方が良いと具申します」
「陰からの護衛?」
「情報収集も兼ねて頂きたいですね。話次第では裏取りも欲しいです」
「ふむ……八木、仕事な」
「あいあいさー……」
覇気なく返事する八木に、肘で腹を小突く春宮と姫埼。
もう少しやる気を出せ――と、言いたいらしい。
そして念の為、他にも候補や良い案が無いかを話し合っていくが、やはりヴェルグ&ナユ案が最良だった。
同伴者も決まったので、手紙の返事を書くことにするのだが、書いていく中でリリィ、リーゼ、ティアから注意をされてしまった。
「少し堅めに書いた方が良いです」
「そこは少し怒った感じでも良いのでは?」
「最後は上から目線で良いと思うよ。行ってやるよ――的な感じで」
「舐めプっぽくないかね?」
ちょっと不安になってブラガスに聞いてみるが、問題無いと言われてしまった。
相手は敵対派閥であるし、何を言われても同調する気は無いと、予め匂わせておくことは必要との事。
ただ、同爵位で長い歴史を持つから配慮して参加しただけと、明確に出来る点はあるらしい。
貴族らしく、長ったらしく書いてあるからこそ、そう言う風に捉えて貰えるそうだ。
ほんと、貴族って面倒すぎるよなぁ……。
そして、招待状に記載された日がやってくる。
「まさか、屋敷では無くて高級料理店とは……」
「これ、普通にあり得る事なのかな?」
「私に聞かれても分かりませんよ。ラフィ、どうなんですか?」
「あるっちゃぁあるし、ないっちゃぁないんだよな。と言うか、すっげぇ嫌な予感しかしてない」
ぶっちゃけ、中に入らずに回れ右して帰りたい。
でも帰れない……行くって返事を出しちゃってるし。
急遽不参加ってのは確かにあるが、基本は病欠か領地経営している貴族が領地で何かあった場合等しか聞かない。
しかもそう言った場合、家臣に頼んで手紙を預けたりする。
本当に緊急性が無いとドタキャンできないのだ。
嫌だからってドタキャンしてしまうと、下手をすれば敵対貴族の攻撃材料になりかねない。
それくらい面倒なので、溜息を吐いてからドアを潜って行く。
「お待ちしておりました。私、当店のオーナーでウッマウボと申します」
「グラフィエルだ。招待されて来たのだが?」
「存じております。主催者様が二階席を貸し切りにしておりますので、ごゆるりとして下さいませ」
「わかった。自分が最後か?」
「はい。他の皆様は、既にお揃いでございます」
「では、案内を頼む」
「かしこまりました」
オーナーに案内されて二階へと上り、大部屋の前に着くと、給仕であろう女性がドアを開いて、俺達を中へと誘導していく。
「よく来てくださいました。クロノアス卿」
中に入ると、20代前半ほどの男性が出迎えて、声をかけてきた。
彼が晩餐会の主催者みたいだ。
多分、貴族派閥筆頭当主の息子なのだろう。
そして、超イケメンである。
所作も天晴見事の一言に尽きるくらい、華麗で優雅である。
うん……死ねば良いのに。
嫉妬の炎が俺を包み込むっ!
「招待、感謝する。自分が最後か?」
「はい。本日のゲストですから。ご婚約者様も、ようこそおいでくださいました」
アホな考えは片隅に追いやって、貴族らしく答えていく。
ヴェルグとナユも、王侯貴族組であるミリア達の教えもあって問題なく受け答えしていき、彼の案内で席に着く。
「今日は良き日になるだろう。大いに楽しんでくれ。乾杯っ!」
「『「乾杯っ!」』」
穏やかな空気で晩餐会は進んで行く。
流石は高級料理店だけあって飯が旨い。
毒の心配などもしていたが、良く考えたら今日の面子だと毒の心配はいらないと考え直して舌鼓を打っていた。
だって、ヴェルグは元神喰いの眷属で、権能も全く変わっていないから毒でも何でも食べてしまう。
ナユに関しては回復のエキスパートであり、最近では毒系の類はスキルで無効化が出来ると言っていたからな。
だから二人とも食事を楽しんでいる。
当然、他の貴族達も連れの女性がいる為、雑談も交えていたりする。
俺も過去の色んな話をしながら、食事を楽しんでいた。
コース料理も終盤に差し掛かり、デザートが運ばれてきた後、本日の主催者が改めて挨拶をし始めた。
「今日の食事は如何だったでしょうか? 我が家懇意の店だったのですが、お口に合って頂けたなら幸いです」
彼の口上を聞きながら、ある者はワインを、ある者はデザートを口にしながら聞いて行くのだが、ようやくここで今回の本題が話された。
「今日、お集まりくださった皆様ですが、とある共通点があります」
「共通点?」
「はい、ヴェルグ殿。そして、その共通点と目的こそが、今日の晩餐会と言う訳です」
回りくどく話しているのだが、これは仕方ない部分もある。
貴族は、腹の探り合いをする癖みたいなものがある。
それに加え、慣習と言うか常識と言うか、こういった晩餐会での場合、多人数と個人的な話し合いだと違った言い回しになるのだが、話の順序と言うか話し方と言うか、そういったものもある程度はお約束事だったりする。
そして、今回は多人数であるからして、全員が巻き込まれるパターンだ。
だからこそ、共通点と言う言葉に対して、ヴェルグは気になったとも言える。
「クロノアス卿」
「なんだ?」
「一つだけ、お約束して頂きたい事があります」
「話による」
さっきから俺の言葉が上から目線なのが気になって、ハラハラした様子のナユに視線で合図を送る。
決して無関心とか迷惑とかではないからと。
その最も足る理由が、俺は爵位を持つ本物の貴族なのに対し、彼は爵位を持たない嫡男――侯爵公子だからだ。
貴族の子供なだけで本物の貴族では無いため、上から目線のような対応をしなくてはならない。
勿論、友好貴族家ならば対応は変わるが、彼は敵対貴族家筆頭当主の嫡男なので――と言う理由もあったりはするが。
要は、毅然とした態度で臨まなければならないわけだ。
それが分かっているからこそ、本人も周りも何も言わない。
不快感すら見せない彼だったが、続けて言葉を口にした。
「今日、ここでの話を口外しないで頂きたいのです。勿論、クロノアス卿が不利益になる話ではありません」
「約束しかねる。内容も聞いていないのに、分かりました――と、言えるわけが無いのは、貴殿も理解できると思うが?」
「当然のお言葉だと思います。それでは、内容を聞いて、不利益では無いと判断された場合は約束して頂けますか?」
「全ては聞いてから――とだけ」
「……承知しました」
少しだけ、失敗したと言う表情を見せた彼。
ちゃんと人間らしい顔は出来るみたいだ。
さて、今の表情を見る限りだと、極論での話しかないと思うのだが。
「まずは、今日お集まりいただいた方の共通点に関して、お話したいと思います」
彼は、自身で決めた話の手筈通りに喋って行ってるようだ。
そして、共通点の話だが、それは他の参加者の連れにも関係する話であった。
「今日、お集まりいただいた方は、家族を愛する方々です。言ってしまえば、きちんと優先順位を決め、自身の手が汚泥に塗れても良い――と言う方々であります」
彼の言葉に少しざわつきが出るが、直ぐに収まった。
この場にいる全員が、納得できる何かがあったのだろう。
しかし、本題が見えないな。
「そして、今日、同伴されている方々は、守りたい者達の一部であります」
彼の言葉に、ゲストである俺達以外の全員が頷いた。
あれ? これって、もしかして……。
俺の考えは、見事に当たっていたのだが、同時に超面倒事な事態に巻き込まれてしまった。
「我々は、守りたい者達の為に、自身の手を血で染める事でしょう。ですがっ! 最早止めらぬ以上、親殺しと言われても、簒奪者と言われようとも、突き進むしかないっ」
彼の言葉に、拍手で応える参加者達。
(これはアカン……。マジでヤッバイやつだ)
俺の考えが手に取るように分かったのだろう。
彼は少しだけ笑みを浮かべた。
同時に俺に対して、否定は出来ないはずだ――という視線も送って来た。
確かに否定できんが、親殺しをするつもりはねぇぞ?
改心するまでボッコボコに殴り倒すくらいはするだろうが。
「クロノアス卿。貴方様に不利益でしょうか?」
「めっちゃ不利益だわっ! 俺に旗頭にでもなれってか!? 全貴族家から総スカン食らうわっ!」
体裁なんざ、どっかに吹っ飛んでしまったわ!
完っ全に、素で返してしまったからな。
貴族らしい喋りはもういらんな。
こっからは、全部素で話そう。
ただ、この考えも彼には見抜かれていた様で、向こうも素で返してきた。
まるで友であるかのように。
「何か勘違いしてらっしゃる? 私は、旗頭なんて頼みませんよ」
「じゃあ、俺に何をさせたいんだよ? わざわざ手の込んだ招待と演出までしたんだ。何かあるんだろう?」
何も無いとは言わせない――と伝える。
しかし、待ってました!――とでもいう様に、彼は本音を語りだした。
「勘違いして欲しくないのですが、私とゲスト以外の皆様は、父親の方針に着いて行けない者達です。このままいけば、母親と妹弟の処刑は確実ですから」
「守りたいと言う言葉は本音ってか? だが、露呈すればそこまでだぞ」
俺は裏切者が出れば終わりだぞ?――と伝えてみる。
しかし、そこは想定済みらしい。
「当然、リスクは背負って貰ってます。逆に言えば、リスクを背負ってない、同じ思いの者はいないと言う事です」
「振るいにかけたのか?」
「思いの強さを確かめただけですよ。まぁ、想定していた家ばかりでしたが」
「白々しい。調査して、内密に話を進めて、最後は事後承諾なんだろ? ……ああ、そういう事か」
自分で言った事後承諾と言う言葉で気付いた。
彼らは初めから、俺の力を当てにはしていないのだと。
全部自分達でやるから、口出しすんなと言いたいのだろう。
ただ、もし手助けしてくれるなら、自分達じゃなく、守りたいと決めた者達だけ頼みたい――とは言いたいのだろうが。
いや、言わないのではなく、言えないが正解か。
……いや、だけど、わざわざ俺に明かす必要性があるのか?
「どうしましたか?」
「(わざわざ俺に明かす必要性……必要がある? 俺に? 何故?)」
「? クロノアス卿?」
「(必要……俺じゃないと駄目な事。……あっ! そういう事か!)くそっ、やられた……」
やられた――その言葉に反応したのは、やはり主催者である彼だった。
一番に反応して、隠してはいるのだろうが、嬉しそうな感じが出ている。
本当に、してやられた……。
「俺の力を借りる気は無いような言い方を、考え方をさせやがって。本当は借りる気マンマンじゃねぇか」
「おや、バレましたか」
「ほんっと、白々しい。どうやっても、最後の壁に対する防波堤じゃねぇか。お前らの目的は、陛下への口添えだろう?」
最後まで言うと、彼は今までにないくらいの笑みを零した。
どうやら正解らしい。
それと同時に、彼以外の全員が頭を下げて来た。
正直、これにはビックリである。
貴族の子弟ほど、頭を下げない事で有名なのだから。
「不思議ですか? ですがね、彼らにはもう、後が無いんですよ」
「どういう事だ?」
「内乱は決定的です。そして、彼らの家は貴族派閥です」
「説得に失敗したのか?」
「聞く耳すら持ってもらえなかったそうですよ。ちなみにですが、私も父と大喧嘩しましてね」
最後の情報はどうでもい様な気もするが、この場にいる参加者達は、本当に後が無い様だ。
家の没落は決定的だと思っている様だが、反乱側が勝てばそれはないんじゃないか?
「クロノアス卿も人が悪いですね。あなたが陛下側にいる以上、王札クラスで勝ちも無いですよ」
「金貨じゃなくて?」
「王札です。何を以て勝てると踏んでいるのか。私には全く分かりません」
「過大評価し過ぎじゃないか?」
「これでも過小評価なのですが?」
最後に意見が食い違う。
お互いにプッと息を吐き、笑い合う。
分かり合った感はあるが、貴族としては譲歩できないな。
「話は分かった。で? 何をくれるんだ?」
「何の事でしょうか?」
「もう回りくどいのは止めにしよう。お互い青い血である以上、利益は必要だろう? 俺には不利益しかないんだがな」
「貸しでは駄目ですか?」
「これから潰れる貴族家に貸しても、返ってこないだろう? それに、どうせ用意はしてるんだろうし」
「バレましたか」
「余裕でな」
その後は話を詰める作業になった。
相手側が受ける利益供与は二つ。
今回の内乱に参加する事を反対している家族の保護と、戦後に陛下への口添えをする事。
保護に関しては我が屋敷ではなく、俺の伝手を使う事で合意した。
次にこちらが受ける利益供与についてだが、1つは有難い情報だった。
「私兵を以て、主流派貴族の屋敷に攻め入るか。王城に加え、大臣職とクロノアス家が中心とは」
「半数以上が王城へ。もう半数の内、半分以上がクロノアス邸へ。残る半数が各自散開してですね」
「クロノアス邸だが、父の屋敷も入っているのか?」
「こう言ってはなんですが、お父上よりもクロノアス卿ご本人を脅威に見ておりますので。それと、いくつかの闇ギルドが市井で暴れる予定です」
「民に被害を出すのか……」
「一度は掃除されましたが、闇は何時の間にか出来上がっていますから。ただ、混乱させるのが主体だと聞いていますので、そこまでは出ないかと」
「出ること自体が問題だろう。……陛下に相談すっかなぁ」
「それは止めた方がよろしいかと。情報の出自で詰問されてしまいます」
「面倒……とは、言ってられないか。最悪は冒険者への依頼、も無理だな」
「クランを使って頂くしか、手は無いでしょう」
「ここまで話していて、実は主催者が裏切ってたり……」
「面白い冗談ですね。ですがご安心を。私も、参加者と同じリスクを背負っていますので」
彼らが負うリスク、それは誓約に基づく死である。
裏切り行為と見做される行動と言動全てに誓約が課せられており、ゲスト以外は全員がこの誓約を受けているそうだ。
それが、この場にいる全員の覚悟――と言う訳だ。
「彼らは、守りたい者達が安全な場所にいるならば、腸から食い破るそうです」
「……いや、反乱分子が動き出そうとしたら、王城近辺に隠れてくれ」
「…………挟撃、ですか?」
「退路を断ちたい」
「なるほど。逃走を懸念してですか。それと、捕縛もですか?」
「捕縛できる余裕があればの話だな。どうせ、外でも大々的に起こるんだろうし」
「発起は、ダグレストと同調ですしね」
「敵対勢力は二つだけど、戦場は多彩過ぎるな。なら、内は早目に固めときたい」
その後も煮詰め、ほぼ方針が固まると解散となった。
流石に先に出る訳には行かなかったので、参加者全員を見送ってから部屋を後にする。
階段へと向かい歩こうとすると、オーナーが呼び止めて来た。
「申し訳ございません。どうしても、クロノアス卿に会いたいと言う方が……」
「アポなしは御免なんだが?」
断って歩こうとして、ヴェルグに袖を掴まれる。
「良いじゃん。行ってみようよ」
何処か楽しそうなヴェルグ。
ナユも無言で頷き、ヴェルグを支持する。
そう言えばこの二人、話を詰め始めてから妙に静かだったな。
しかし、今日はもうお腹一杯なのである。
いや、物理的にはまだいけるけど、精神的にな。
とは言え、二人の言葉を拒むと言う選択肢は無かったので、オーナーの言葉に了承で応えた。
そして、案内されたのは二階席の一番奥の部屋。
オーナーが扉を叩き、中にいる人物から入る様にとの返事が聞こえ、扉を開けて中に……おい、まさかの大物じゃねぇか!
「初めましてクロノアス卿。あやつの父でっす!」
「軽いなおいっ!」
思わず素で返してしまう。
しかし、これは貴族的に大失敗だ。
相手は歴史ある貴族家にして、同爵位であり、貴族派閥筆頭で現当主。
ヴェルグとナユからのジト目も突き刺さった。
だが、こちらの思いとは別に、当主殿は気にしてないご様子。
ギリセーフか?
「いや、やっぱり面白いね君は」
「はぁ、どうも」
「さて。じゃ、早速本題――の前に、何か食べるかい?」
「じゃあ、何か軽いものと酒を」
「オーケーだ。さ、席に座ってくれ」
言われるがまま席に座り、注文された品が届くまでの間は、先の晩餐会と変わらない雑談をしていく。
他愛もない話をして行くのだが、なんというか、話の合いの手というか間の取り方が絶妙だった。
加えて、見た目がちょい悪イケおじだったりするので、何でも話してしまいそうになってしまうのが怖い。
「しかし、クロノアス卿が羨ましい。可憐な女性に囲まれているのだから」
聞き上手でもあるので、話してはいけない事まで話しそうになって、慌てて止めるヴェルグとナユ。
そんな二人を見て、残念そうにする相手なのだが、どうにも違和感を覚えてしまう。
ほんの少しの微妙なズレというか、奇妙な感じだ。
それが何故か、怖く感じてしまう。
(なんだ? 警戒すべき相手ではあるのだけど、警戒しきれない感じは……)
何ともモヤモヤした感じで話して行くのだが、とある一言でそれが判明する。
そこからは、スキルを発動して酔いを一気に冷まし、警戒度を最大限にまで引き上げた。
「しかし、流石はクロノアス卿だね。それで、息子とは何を話したのかな?」
最後の一言で、この目の前にいる男は重大なミスを犯した。
彼の息子である晩餐会の主催者は――父と大喧嘩した、と言っていた。
大物貴族で、最大派閥の筆頭であり、派閥を維持してきた人物が気付かない筈はない。
(おおよその検討はついてあるはずだし……いや、待て……招待状の差出人の名前は確か、当主の名前だったよな?)
そこまで考えて気付いた。
これは茶番だと。
この貴族家の狙いは、もっと別にあるのだと。
しかし、相手の狙いが……いや、狙いは俺自身か!
こちらの考えを正確に読みったのか、相手は少しだけ口角を上げて笑った。
これは、確定だな。
「茶番は終わりにしましょう」
「流石ですな。こちらの狙いにお気づきで?」
「あんたの息子が言う事は真実なのだろうが、あんたら親子の狙いは別なんだろう?」
「
ここで陛下が出てくるか……。
何となく読めて来たぞ。
「それで? どちらの諜報の方で?」
「半分正解で、半分不正解だね。私の家系は、謂わばこの国の闇――とだけ言っておこうか」
遠回しな言い方だが、言えないのか、わざとなのか。
判断に迷う所である。
そして、だからこそ怖いのだが、どうして怖いのかも納得した。
この目の前にいる男は、相手の懐に入るのがもの凄く上手いのだ。
人心掌握術を完璧に使いこなしている。
先導もお手の物だろう。
いや待て……そういうことか! 陛下も人が悪すぎだろう。
「内乱はわざと起こさせるのか。そして、旗頭は元から陛下側。デメリットは多々あるが、獅子身中の虫を一掃できる」
「!?」
「となると、国の闇を一手に引き受ける家柄……そうか、そういう家系か。どうもおかしいと思ったが、それならさっきの話にも納得できる」
会話の流れ上、どうしても妻や家族の話になってしまう事が多い。
だが、流れ上と言う盲点がある。
だから、その話をされても違和感は感じない。
更に言えば、純愛を貫いた貴族も、歴史の中に存在する。
ただ一点、違和感が拭えなかった話があった。
「あなたは『妻は一人だけでね。子供も一人だけなんだよ』と言った。普通なら、誰も気に留めない」
「そうだね。普通は気に留めないね」
「だけど、貴族家で子供が一人と言う事はあり得ない。家の、血の断絶を嫌う貴族なら猶更だ。万が一を考えて、縁戚の子供を養子として迎える事も視野に入れるはず。なのにそれすらしていない。まるで、意味が無いとでもいうかのようだ」
「……それで?」
「初めから無くなる前提の貴族家ならば、固執しないのだろう。だから、国の闇を背負う貴族となりえる」
「…………」
「そして、国または陛下との約定により、名を変えて復活する貴族。それがあなた達なのでしょう?」
「
「ぐっ……まさかそこまで徹底しているとは」
そこまで話すと、カーテンの奥から息子が出て来た。
隠密スキルも完璧とか、この貴族家の根は深そうだ。
「それで? ここまで明かしたからには理由があるのでしょう?」
「それについてなんだが、協力を頼みたい」
「はい?」
今になって協力? 何を? ちょっと意味不明なんですけど。
「まず、息子の言った言葉。あれに嘘は無いよ。ただ、こちらで想定外過ぎる事が起こってね。正直、予想の遥か斜め上になっているんだ」
「一応、詳しくは聞きましょう」
その後、遅い時間まで話をして行くのだが、聞いた事を後悔した。
(これはあかん……俺の手に余る話だ。最優先は大切な人達なのだから。だけど、余剰戦力なんてないぞ? 陛下はどうするんだろうか?)
まぁどっちにしても、極潰し共は陛下の掌の上だったことはわかった。
国のトップってスゲーのな。
同時に怖くもあったけど。
あれ? もしかして、俺も掌の上だったりする? もしそうだったら、なんとしても脱却しなければいかん!
いや、この考えすらも掌の上なのかもしれないな……。
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