第159話 白竜族の里と銀竜

「ご主人様!」


 屋敷に戻り、玄関を開けての第一声がリュミナだった。

 凄まじい剣幕で目を血走りながら詰め寄ってくるリュミナ。

 若干、殺気も漏れているように感じるのは気のせいだと思いたい。


「ご主人様は何時になったら、約束を守って下さるのですか!?」


「約束? …………あ!」


 しまった!すっかり忘れてた!

 リュミナのジト目が俺をこれでもかと射貫いてくる。


(やっべぇ……どう言い訳しようか?)


 色々と言い訳は出来る。

 忙しかったのは事実だしな。

 だが、それで納得するのかは微妙。

 いや、納得はするだろうが、機嫌は直らないだろうな。

 ……素直に謝るか。


「すまない、リュミナ。近々都合をつけるから、もう少しだけ待ってくれ」


「具体的には何時になるんですか?」


「1週間以内には都合をつけるから。もうちょっと待ってくれ」


「……わかりました」


 期日を告げた事で、とりあえずだが引いてくれた。

 さて、ブラガスと日程調整しないとだな……。



 ブラガスと日程調整をして、どうにか3日後に出発する事になったのだが、2日間はかなり地獄だった。


『休憩ですか? さっき30秒もしたじゃありませんか』


『待て。30秒は休憩とは言わない』


『数日空けるのでしょう? でしたら、出来る限り終わらせて頂きませんと』


『そんなに書類があるのか? かなり片付けたと思うんだが?』


『書類とは、無限に増えるのですよ』


『勘弁してくれ……』


 そんな感じで2日間を仕事に費やし、出発日の今に至る。

 今度は約束を守ったので、リュミナもご機嫌のはず……。


「ぶーーー」


 超不機嫌だった。

 何故に不機嫌なのか?

 その理由は、リュミナの独り言でわかった。


「二人旅って言ったのに……。二人旅って言ったのに……」


 リュミナさん……今にも闇堕ちしてヤンデレ化しそうである。

 これ以上放っておくと、本当に闇堕ちしそうなので、先に進めようと思う。


「理解してくれよ、リュミナ。今の俺の立場的に護衛は必須条件になるんだよ」


「……やだ」


「え?」


「やだやだやだやだやだやだやだ!!」


 駄々っ子リュミナ発動である。

 こうなると言って聞かせるのは難しくなるので、強硬手段を取る事にしよう。


「あまり駄々をこねると、出発自体を取り止める事になるが?」


 俺の言葉を聞いて、ピタッと止まるリュミナ。

 どうやら、白竜族の里ツアーの中止は容認できかねないみたいだ。

 地面を転がりながら駄々をこねていたリュミナが、スッっと立ち上がって身だしなみを整えて一言。


「お見苦しい所をお見せしました」


 さっきのは私じゃないんですよ?と言いたげなリュミナがそこにはいた。

 恒例の茶番も終わり、リュミナも落ち着いたので、出発の準備を再開して出立するとしよう。

 尚、今回の護衛はヴェルグとウォルドの2名。

 この二人になった理由は、特機戦力だからである。

 万が一に備えて、生き残れる者を護衛にしているのだが、ゼロとツクヨでない理由は何でだと言われると以下の通りである。


『ゼロ? 嫁と一緒に遠出してるぞ』


『はぁ? お前神喰の監視を放ってか?』


『聞いてねぇのか?』


『何をだよ?』


『ゼロとツクヨがな『多分、問題ねぇな』『悪さしたら、OSHIOKIすれば良いのよ』と言って、出かけた事だよ』


『あいつらぁ……』


『一応、あの二人からはお墨付きをもらったってわけだな』


『……今後の予定は?』


『のんびり依頼でも受けるさ。俺だってまだ死にたくねぇし……』


『ちなみに、二人のOSHIOKIってどんなのなんだ?』


 そう聞くと神喰いは、顔を真っ青にしてガタガタと震えだし、目は虚ろになっていった。

 どうやら、かなりえげつないらしい。

 そんな神喰いを放置して、他の特機戦力を探したら、手の空いてるのがウォルドしかいなかったわけだ。

 ヴェルグ?婚約者なので同伴は当たり前です。



 王都郊外に行き、いつも通りの手順――竜に戻った後、背に乗って空の旅――をして、白竜族の里へと向かう。

 目的地に早く着くために、スキル【遠見】と魔法の【ゲート】を使い旅程を短縮して行くのだが、リュミナからしたらそれが不満らしい。

 だが、色々と先の用事が詰まっていて時間に追われている俺なので、短縮処置に関しては理解して欲しい。

 リュミナに何度も説明して納得はして貰ったのだが、空の旅の間中、リュミナの独り言が尽きる事は無かった……。

 頭では納得していても、心は不満で一杯らしい。

 そんなこんなで空の旅を続けて半日、日も傾きかけてきた頃に白竜族の里へと到着した。


「良く来た、人の子……」


「ああん? 何ですかその口調は!? 前から我らのご主人様だと言ってるでしょうが! このクソ親父!!」


 リュミナさん……ヤが頭に付く職業の人すらビビりそうな殺気で白竜を睨んでらっしゃる。

 対する白竜は、リュミナの言葉と殺気と目つきで今にも泣きそうである。

 リュミナはさっきクソ親父と言っていたから、前に聞いた話からするに長なんだろうが、出会って真っ先に暴言とかダメだろ。

 とりあえず、リュミナを落ち着かせないと……。


「リュミナ、口調」


「あら、私としたことが。ご主人様の前ではしたない言葉を」


「元に戻ってくれて嬉しいよ」


「すまぬ。恩に着る」


「いえいえ」


 リュミナの父である白竜族の長は、今のやり取りだけで心身ともに疲れてしまったようだ。

 まぁ、娘にあんな言葉を言われたら、そりゃあ凹むわな。

 長、頑張れ!


「ゴホン。リュミナから念話で話は聞いている。歓待の宴も用意しているので、ごゆるりとなされよ。詳しい話はその時にでも」


「感謝します」


 俺が感謝の言葉を長に伝えると、長は別の白竜に案内を任せ、この場を去る。

 そして、案内を任された白竜なのだが――。


「元長……と言うか姫様、流石に長にあの言い方は……」


「良いんですよ。実力は私より下で、その私がご主人様と呼んでいる方に威厳を見せる様な言葉を放つ父親なんて。……一度、絞めようかしら?」


 同族の言葉に、物騒な内容で返すリュミナ。

 出会った頃のリュミナは、既に居ないらしい。

 昔のリュミナは聡明な感じだったのに、どうしてこうなったのか?

 原初でも解けない謎であった。



 日が完全に落ちてから、歓待の宴が白竜族の里で開かれた。

 篝火を焚き、豪勢な食事が用意されている。

 そんな会場で俺達は、辺りが見渡せる一段高い席を設けられていた。

 所謂、お誕生日席とか主役席とか重役席とか呼ばれる場所に、俺達3人は座らされていた。


「えーと……」


 困惑する中、一人の老人がこちらへとやってくる。

 老人は俺達の横に座り、酒をついでくれたのだが、この老人は誰なのだろうか?

 その答えは、リュミナの一言で分かる。


「父様も初めから人化して出向かれば良かったのに」


「威厳は必要だろうに」


「必要ありません。ご主人様は至高! ご主人様は最強! ご主人様こそ全て!!」


「申し訳ありません……。不出来な娘で……」


「えーと……。なんかすいません」


 俺と長の会話は、何とも締まらない形で始まったのだった。


 食事を楽しみながら長と話をして行く。

 目下の話は、白竜族はどういった立ち位置で行くのかだったが、俺の下に付くと言って来た。

 その理由を聞いてみると意外な答えが返ってくる。


「今の娘は、白竜族全員で立ち向かっても勝てないでしょう。君子危うきに近寄らずです」


「リュミナの不興を買いたくないから、俺の元に降ると?」


「それ以外にもありますが、一番大きな理由ですな。同族で殺し合いなどしたくはないですし」


 リュミナの父であり、白竜族の長でもある彼の心は、リュミナによって完全に折られている模様。

 リュミナが自分の父親に何をしたのかは、聞きたいような聞きたくないような。

 また、長の決定に全白竜族は不満が無いらしい。


「リュミナは一体、何をしたのやら……」


 何気なしに出た一言に、長を含め話を聞いていた白竜達が一斉に震え上がった。

 いや、リュミナよ……本当に何をしたんだよ……。

 ガタガタ震える白竜族に、何となく申し訳ない気持ちになりながら宴は進んだ。



 宴も半ばを過ぎた頃、一人の老人が声を掛けに来た。

 老人とは言うが、眼光鋭い軍人上がりのような気迫を漂わせる老人に、ウォルドとヴェルグが警戒態勢に入る。

 そんな二人を抑えながら老人と相対すると、空になりかけていたコップに酒をつがれて、キョトンとする3人に白竜族の長が説明をしてくれた。


「こちらは銀竜の長です。彼のおかげで、適性のある者は人化出来るようになりました」


「初めまして、友の子孫よ。我は銀竜。かつて友の地を守護せし者だ」


「グラフィエルです。一つ疑問なのですが、何故俺がクロノアスの血筋だとわかったのですか?」


 家名を名乗ってはいないのでかなり疑問であった。

 その疑問に銀竜は淡々と答える。


「我と友の間に交わされた契約魔法のせいだな。尤も、友が置かれた状況的に子孫が残るとは思ってなかったが」


「……判別魔法も含んだ契約魔法ですか?」


「然り。汝はどこまで知っている?」


「一通りは。わからない事も多少は残っていますが……」


「ふむ。ならば、試練のついでに疑問点に答えよう」


「その試練とは?」


 銀竜がサラッと言った試練について聞いてみる。

 そもそもの話、何の試練をするのかも気になるが、どうして試練を受けないといけないのかも気になったのだ。

 答えてくれるかは不明だったが、銀竜は律儀な性格で、こちらの疑問に対して隠さず話してくれた。


「我はお主の祖先の友だった。故に友の国の守護竜になった訳だが、そこには我ら銀竜族の秘密にも絡む話になる」


「他の属性竜達とルーツが違う話か……」


「ほう、そこまで知っているのか。ならば話は早い。我らの種族が絶滅の危機にあるのも知っているな?」


「どの程度までかは知りませんが」


「ふむ……そうだな。早ければ数百年以内。遅くても千年と言った所か」


 銀竜の言葉に違和感を覚える。

 竜種は元々が長命種である。

 エルフの中でも古代種と呼ばれる者達よりも長命なのに、それが絶滅の危機になるとは到底思えない。

 そもそも、銀竜の長は年齢はいくつなのだろうか?

 クロノアス家がまだ国を治めていた頃から長だとすると、相当な年齢だと思うのだが――。

 そこまで考えて、どう話を持って行くか悩んでいると、銀竜の方から話をされた。

 俺は相当、顔に出やすい体質なのだろうか?


「人の子らがいつも考える事だ。気にする必要はない」


「でも、顔には出ていたんですよね?」


「…………」


 銀竜は無言で肯定する。

 やっぱり顔に出てたんじゃねぇか!

 気を使ってはくれたのだろうが、護衛でもある二人が笑いを堪えているので台無しである。

 後で二人にはお仕置きするとして、話を進めよう。


「ゴホン、失礼した。まぁ、気にしなくて良い。後、我の年齢だが、我は特殊でな。年齢では縛られていないのだよ」


「どういうことですか?」


「年齢で言えば軽く五千歳は降らんが、本題は重ねた年月では無いと言う事だ」


「……まさか、種族で縛っている?」


「!? まさか……今の話でそこまで辿り着くとは」


「やはり。長に関してだけ言えば、死の概念はあるが同時に無いともいえるのか」


「ラフィ、どういう事?」


「つまりだな、ヴェルグ」


 俺はヴェルグに説明をする。

 銀竜の長の死にはいくつかの条件が付けられていて、それと同時に、蘇生条件や転生条件もあるみたいだと話す。

 では、その条件とはなんなのか?

 銀竜の完全なる死は、種族の滅亡と同時に銀竜の繁栄も死の条件となっている。

 要は、銀竜の長が必要無いと思える状況になったら、銀竜に死が訪れると言う仕組みなわけだ。


 では何故、この様な仕組みになっているのか?

 それは銀竜が他の属性竜と違う点にある。

 属性竜とは魔法の基本属性が主となっているが、銀竜族は時空間属性が主となっている。

 本来ならあり得ない事象なのだが、その理由は神と精霊に由来するわけだ。

 属性竜は竜神が作り出し、神竜の庇護下にあるが、銀竜族だけはどちらにも当てはまらない。

 謂わば銀竜族は、この世界における竜族の特異点的な立ち位置にもなるわけだ。


 では誰がこんな仕組みを作ったのか?

 答えは簡単。

 創世神ジェネスである。

 但し、何故このような仕組みにしたかは謎。

 と言うか、何故銀竜族だけが誕生も庇護も時の大精霊になっているのかと言う点。

 これについてはジェネスと時の大精霊に問いただすしかないんだけどな。


 以上の事をヴェルグに話すと「蘇生と転生条件は?」と聞かれる。

 簡単な話、死とは逆の状態だと伝えるが、聞きたい事はそこでは無いらしい。


「蘇生は肉体が保全されてないと駄目だよね? 逆に転生だと力が足りなくない?」


「言われてみれば確かに。あ、でも、転生に関しては条件付きで出来るかもな」


「記憶の継承でしょ? でもそれって、人格の上書きとかにならない?」


「非人道的……この場合は非竜道的ってか?」


「その辺り、どうなんだろうね?」


 ヴェルグと二人で話し合っていると、銀竜が説明してくれた。

 ウォルド?許容限界らしく、酒を浴びる様に飲んでるぞ。

 一応、ウォルドは護衛なんだけどなぁ……。


「二人の疑問だが、蘇生に関しては肉体の腐敗が進まぬ様に時を止めて封印される。転生に関しては卵からだが、時間順行と言う魔法で肉体成長を加速させて成竜へと至る」


「人格関係には配慮してるわけか」


「でも聞いた感じ、前者は冬眠とか封印だよねぇ」


「死んでから封印なので、一応は蘇生になる」


「死んだ後の魂や意識は何処に保管されるんだ?」


 俺も転生者なので、気になった個所ではある。

 で、答えなのだが、時の大精霊が精霊界へ導き、半精霊みたいな形で過ごすらしい。

 世界への干渉は出来ないが、世界を見る事だけは出来るらしく、知識だけは得られるような配慮らしい。

 ただ、銀竜に死が訪れたのは今までに無いらしい。


 そこで新たな疑問点。

 この世界は1万年以上続いている世界だ。

 銀竜は五千歳以上と言っていたが、一万歳以上と言わなかったのは何故?と言う事になる。

 その事を聞いてみると、銀竜族自体の繁栄年数は一万年に満たないらしい。

 これってどういうことだ?

 まるで途中から新たな種が誕生したように聞こえるのだが……。

 だが銀竜はその先を語る事は無かった。

 代わりに銀竜から出た言葉は――。


「この先は、明日の試練で掴み取ってもらおう」


 こう返されてしまったのだ。

 なのでちょっとだけ挑発してみる。

 勢いで答えてくれたら儲けものだな。


「そんなこと言って、実は長も知らないだけなんじゃないの?」


「あ、ヴェルグに取られた」


「ラフィの考えはお見通しだからね」


 ヴェルグと軽くやり取りをして、長がどう出るか伺う。

 しかし長の言葉はこちらの予想とは大きく違った言葉だった。


「実は我も知らない。封印された記憶と情報だからな」


「素直に喋るとか……」


「これは予想外だよねぇ……」


「ある程度の情報を持っているのだから、隠す必要もあるまい?」


「そりゃそうか」


「確かに、だね」


 銀竜が出す試練は受ける事を了承し、再び宴に戻る。

 ウォルドは既に酔いつぶれて、白竜族に介護……んん?!

 え?なんで白竜族が人化してんの?

 つうか、普通に人族もいるっぽいんだが?

 新しい疑問が出来上がった中、宴は続く。


(試練前に銀竜に聞くとするか)


 酒が程よく入っていた俺は、その疑問を無理矢理明日へと持ち越すことにして宴を楽しんだ。

 明日は試練を頑張りますかぁ!

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