第139話 君想う、ただそれ故に……

 俺を助け、神喰に貫かれたヴェルグ。

 神喰は、そんなヴェルグを貫手を抜く動作と共に放り投げる。

 投げ出されたヴェルグは、受け身すら取れず地面へと横たわった。


「ヴェルグーーーー!!」


 声を上げ、軋む身体を黙らせてヴェルグを抱き上げる。

 彼女の胸には穴が開いており、更にはその穴から浸食が始まっていた。


「なんでっ! ――どうしてっ!!」


「ごほっ! ……なんでかなぁ。……気付いたら、ね」


「俺なら無事だったのに!」


「あれは、無事じゃ済まないよ。だから、ごほっ! ……勝手に動いちゃったんだよ」


「もういい! しゃべるな! 今、治療してやる!」


 俺はヴェルグの胸に回復魔法をかける。

 しかし、傷は一向に塞がらなかった。


「どうして!? 魔力が足りないのか!? いや、一番強力な魔法で!」


 珍しく取り乱す俺に、ヴェルグが微笑みながら声をかける。


「わかってるでしょ? ボクはもう、助からない」


「そんなことは無い! 俺が絶対に救ってやる!」


 ヴェルグの言葉を否定する。

 しかし、現実は無情だ。

 傷は塞がらず、浸食は加速する。

 そこへ、ゼロとツクヨが来る。


「ラフィ、大丈夫か!?」


「大きな傷は無いですね、ラフィ?」


「あ……ゼロ、ツクヨ」


「惚けてる場合か! しっかりしろ!」


 ゼロに頬を殴られる。

 ツクヨは何も言わない。

 だが、殴られたことで混乱していた頭が少しだけ元に戻る。


「少しは頭、冷えたか?」


「悪い……。ここを、頼めるか?」


「任せとけ! ツクヨも良いな?」


「ええ。状況は遠目ながら見えたわ。恩返しはきっちりとするわね。それと、ラフィ君。あなたは私を救ってくれたのよ。きっとヴェルグちゃんも救えるわ」


「っ!ああ。――必ず、救って見せる!」


「ここは任せて、お前は本陣でそいつを救え!」


 ゼロの言葉の後、俺は本陣へと戻る。

 傍らには傭兵団が護衛につき、リアも傍にいた。

 リアは申し訳なそうに話す。


「ごめん。僕がついていながら」


「リアのせいじゃない」


「でも! 止められたはずなんだ!」


「もう一度言う。リアのせいじゃない。悪いのはあのクソ神喰だ!」


 リアは自身を非難している。

 慰めてやりたいが、俺にも余裕はない。

 その後は無言で走り、本陣へと戻ってくるが……。


「ヴェルグさん!」


「これは――」


「ラフィ様! 治療は!?」


「既にしている。でも……」


「そんな――!」


 辺りを悲壮感が包む。

 そんな中、ヴェルグが目を開ける。

 次に出た言葉に、全員が反論し、だが従うことになる。


「皆、ボクはもう助からない。ボクの為に、貴重な魔力を使っちゃだめだ」


「きっと助かります。だから、魔法は続けます!」


「弱気なヴェルグなんて、見たくないよ!」


「ヴェルグおねぇちゃん……」


 シアが今にも泣きそうだった。


「シアちゃん。そんな顔をしないでよ。それに……ラフィには何か考えがあるんでしょ?」


「それは……」


「ラフィ様?」


 賭けにはなるが、無くはない。

 だがこの方法は、結果だけを見れば神喰と同じ方法。

 行使すれば半分の確率ではあるが、ヴェルグが助かる可能性は高い。

 だが、同時に……。


「いや、そんな方法を取らなくても俺が!」


 助けてやると言いかけた所で、ヴェルグが吐血した。

 無駄話している場合じゃない!

 早く治療を……!


「ごほ、ゴポ……ハァハァ、ねぇラフィ? 最後に……お願いがあるんだ」


「最後なんて言うな! 俺がなんでも叶えてやる!」


「じゃ、キスして。あの時と同じ、血の味のするキスだけど……してくれる?」


「そんなの、何度だってしてやる! だから諦めるな!」


 ヴェルグは俺の言葉に微笑む。

 ミリア達は、いつの間に天幕から出ていた。

 もう助からないと――ならば最後は愛しい人と二人でと。

 彼女たちがヴェルグに出来る最大の事であった。


「嬉しい……な。ラフィ、を独り占め…だ」


「諦めるな! 俺がどうにかするから!」


 ヴェルグの穴の開いた胸に手を乗せて、魔法を行使する。

 だが無情にもその魔法は喰われた。


「なっ! まさか――浸食と同時に喰っていやがるのか!?」


「これが、助からない理由だよ……ゴポ、だからさぁ……」


「喰う速度を上回れば!」


「駄目だよ……。だから、ラフィが決めて」


「な、なにを……」


「ボクをこのまま眠らせるか、もう一つの方法を使うか」


 ヴェルグは弱弱しく震える手を、俺に差し出す。

 俺は何も言わずその手を握り……。


「俺は……ヴェルグに死んでほしくない……」


「ボクも……だよ。だか、ら……ね」


「俺は酷い人間だ。ヴェルグの事を好きなのに、きちんと応えなかった」


「なら、今、から……でも……ゴホゴホッ」


「ヴェルグ!」


「もう、時間が……ないや」


「俺は……!」


「ラ、ふぃ……あい……して」


「ヴェルグ!」


 ヴェルグの名を呼ぶ。

 彼女は……もう反応しなかった。

 ヴェルグは死んだ。

 俺の予知の通りに。

 何が原初だ……何がチートだ……。

 大切な人を守れない力なんて……。


 そのまま俺は、力無く握られるヴェルグの手を見た。

 俺はどうしたい?俺は何をすれば良い?

 繰り返す自問自答。

 答えはとっくに出ている。


 だがそれは、人の尊厳を――ヴェルグが頑張っていた事を踏みにじる事。

 それでも俺は――!


「ヴェルグ……ちゃんと戻ってきたら、結婚しよう」


 彼女は答えない。

 その顔は最後に微笑んだまま。

 俺は微笑んだまま動かない彼女ヴェルグに口づけをする。

 そして俺は、世界の理に干渉する。


『原初魔法の使用を確認。フレースヴェルグの眷属化を行いますか?』


『やってくれ』


『…………マスター、本当に良いのですね?』


『ああ。全ての罪は俺が背負う』


『原初の意思を確認しました。これより、眷属化を開始します。成功確率は50%です』


 その言葉を聞いた後、ヴェルグは光に包まれる。

 そして……この世からその姿を消した。




 どれくらいの時間が経っただろうか?

 俺は一歩も動けずにいた。

 誰かが入ってくる音が聞こえる。


「ラフィ様……」


「ミリアか……」


「ヴェルグさんは……」


 俺は無言で首を振る。

 そう……俺は賭けに負けた。

 ヴェルグは眷属にならなかった。

 どうして――どうして!どうして!


「ラフィ様!」


「離せ!」


「いいえ! 離しません! ご自分を責めないでください!」


「俺はヴェルグに……何もしてやれなかった……」


「ラフィ様……」


「何も――っ! してやれなかったんだ!」


 ミリアは何も言わない。

 ただ、俺の手に優しく自身の手を重ねる。

 俺が自分を壊さないようにと。


「ラフィ様……どこかへ逃げませんか?」


 いきなり突拍子もないことを言うミリア。

 何を言っているんだ?


「ラフィ様は、いつも一人で傷つき、頑張っておられます。でも、もう十分ではありませんか? どこか誰も知らない場所で、のんびり過ごされても良いのでは?」


「それは……」


「私は、どこまでもついていきます。私はラフィ様の正妻なのですから」


「まだ結婚してないけどな」


「ラフィ様が望めば、すぐにでも」


 俺は励まされているのだろうか?

 いや、きっと見ていられなかったんだろうな。

 ミリアはこういう冗談を言う娘ではないし。


「すまない」


「はい」


 このやり取りの後、またも沈黙が流れる。

 外から剣戟の音が聞こえてきた。

 きっと反乱軍がこちらにも攻めてきたのだろう。


『ラフィ……みんなを……』


 何となくヴェルグの声が聞こえた気がした。

『みんなを守って』と。

 そうだ……そうだな……まだ、皆がいる。

 これ以上、悲しみを増やさないためにも――。


「ミリア、俺は行く」


「はい。行ってらっしゃいませ」


「止めないのな」


「ラフィ様がお決めになったことですから」


「そうか」


「そうです」


 見つめ合った後、どちらからでもなく、自然と口づけを交わしていた。

 唇を離した後、ミリアは意外そうな声を出す。


「今日は積極的ですね」


「後悔はもう、したくない。もう少し、素直になるよ」


「では、この戦いが終わったら皆さんにも。私だけじゃ不公平ですから」


「わかったよ。だが、その前に……」


 俺はゼロとツクヨ。

 そして、この内乱を引き起こした人物がいるであろう方角を見る。

 そして決意を胸に、ミリアへと告げる。


「落とし前はしっかりとつけさせる!」


「はい。私も怒っていますので、お願いします。みんなの思いも」


 俺は天幕を出る。

 この戦いに終止符を打つ為に――。

 報いを受けさせるために――。


「ジルニオラ。神喰。お前らは必ずコロス!」




 …

 ……

 ………

 一方、時間は少し戻り、ゼロとツクヨは神喰と対峙していた。

 ゼロの攻撃を神喰はいなし、ツクヨの攻撃は紙一重で躱す。

 当然だが、ツクヨは怒っていた。

 だからであろうか?彼女はいつもよりも荒い攻撃をしていた。


「ッ! 逃げるな!」


「んなやばい攻撃、当たるかっての!」


「神喰、てめぇ俺と約束したよな? なのになんだ、あれは?」


「俺だって予想外だったんだよ! まさか助けに入るなんてな!」


「どちらにしても、あなたは敵よ!」


 ツクヨのスキルが神喰に迫る。

 しかし神喰は、その名の通りに全てを喰らう。

 だが、当然、隙は出来る。

 そしてその隙を見逃すゼロではない。

 だがしかし――。


「あめぇ!」


 空間を凝固させ、盾代わりに使う神喰。

 予想外の反応に「チッ!」と舌打ちするゼロ。

 そんな攻防が続く。

 そして、突如として終わりを迎えた。


 キンッ!


 ツクヨの刀が折れたのだ。

 業物で、ラフィの力を借りて共同で作った刀とはいえ、神と同等の者とやり合えば、武器の摩耗は早くなる。

 いくらスキルと併用して、刀の摩耗を抑えていたとはいえ、少し前には反乱軍と殺り合っていたのだ。

 結果、刀が折れるのは必然。

 その隙を神喰は見逃さない。


 一気に距離を詰めて、ツクヨを葬ろうとする。

 ヴェルグにした様に、貫手の突きで。

 それに気付き、ゼロがフォローに入ろうとするも――。


「クソッ! 逃げろツクヨ!」


「敵意と殺意を以て戦うのなら、例えあんたの嫁でも容赦しねぇ!」


「ここまで――か」


「ツクヨぉぉぉぉ!」


 だが神喰の一撃は、ツクヨに届くことは無かった。

 なぜならば――。


「すまない。待たせた」


「ラフィ君」


「おせぇぞ!」


「後は俺がやる。二人とも、下がってくれ。それと、ありがとう」


 ラフィが戦線復帰したから。

 神喰は、ラフィの一撃により、吹き飛ばされていた。




 …

 ……

 ………

 危なかった。

 もう少し遅かったら、ツクヨまで死なせるところだった。

 ………ヴェルグ、俺はちゃんと守ったぞ。

 空を見上げ、ヴェルグに報告した後、俺は吹っ飛ばした神喰の方を見る。


 砂埃の中から、神喰が姿を現す。

 それも無傷で。

 二人に後退を命じて、俺は神喰と対峙する。


「よお! 久しぶりだな!」


「…………」


「だんまりかよ。まぁ、なんだ、悪かった」


「悪かった……だと?」


「あん?」


「そんな軽い言葉で……安っぽい言葉で!」


「何を怒ってる? 眷属にしたんだろ?」


「…………」


「まただんまり――。おい、まさか!?」


 ドゴンッ!


 一気に距離を詰めて、思いっきり拳を叩き込む。

 神喰は再び飛んで行った。

 吹っ飛んだ先にはクレーターができ、砂埃が舞い上がる。

 数秒後、砂埃の中から再び、神喰が姿を現す。


「いってぇー! 謝っただろうが!」


「謝っても、もうヴェルグは帰ってこない」


「眷属化に失敗したのは、俺のせいじゃねぇ!」


「ああ。確かにその通りだ。だがな、こんな内乱を起こさなければ、俺達がここに来ることは無かった。お前が介入しなければ、ヴェルグは死なずに済んだ」


「だから――!」


「謝罪なんて無意味だ。俺はお前を殺す! 魂すら消滅させる! 俺は初めて、誰かを憎む!」


「てめぇ……」


「神喰……お前は、もう終わりだ」


 これ以上話す気はない――と会話を終える。

 そして俺は、世界を滅ぼす力を己の意思で解き放った。

 その俺の様子に、神喰も戦闘態勢に入るが――。


「遅い」


「な!? ぐはっ!」


 背後から容赦なく滅びの一撃を叩き込む。

 それも複数発。

 それだけで神喰の力が削ぎ落される。


 原初の力は神喰では喰えない。

 だからこそ使う。

 一方的に弱者を甚振るように。

 楽には死なせない。


「ぐっ! マジかよ!」


「どうした? 本気で来いよ」


「舐めるな!」


 神喰が徒手空拳からの貫手、手刀を繰り出す。

 ギリギリで回避し、俺の皮膚が斬られる。

 ニヤリと笑う神喰だが――。


「それだけか?」


 俺の言葉に距離を取ろうとして、左腕を掴み、無造作に捥ぎ取る。

 なんの価値も無いと見せつけて。


「ぐぁぁぁ!」


 神喰が悲鳴を上げる。

 何も感じない。

 この悲鳴すら無価値。


 そう言えば昔、聞いたことがある。

 好きの反対は嫌いではない――無関心だと。

 また、嫌いの反対も同じ。

 俺が抱くこの感情はどうなんだろうな?


 好き?嫌い?――どっちでも良い。

 それすらも、目の前のゴミには価値がない。

 ああ、そうだ、ゴミだ。

 こいつは世界のゴミなんだ。

 だから、消さないと。


 無造作に無価値に存在自体を否定する。

 今の俺を止められる者は、多分そんなにいない。

 そして、止めようとする者はいない。

 俺は目の前のゴミを掃除していく。


 再生した腕を吹き飛ばし、神喰が新たに再生し、また吹き飛ばし、何度も何度も絶望を叩き込む。

 お前には何もできないと。

 目的すら果たせず、消え去れ。


 そして、神喰は再生すらできなくなった。

 四肢は無くなり、息は絶え絶え。

 生きているのは、腐っても元神だからか。


 だが、もう終わりにしよう。

 トドメを刺そうとして、空が暗くなる。

 上を見上げると、そこにいたのは。


「灰色の、骨竜ボーンドラゴンか」


 本陣に向かおうとしてるな?

 なら、このゴミを片付けて対処しないと。

 だがそこで、聞いた声が響く。

 骨竜ボーンドラゴンの上におっさんがいた。


「聞け! 我らが同胞よ! 我が名はジルニオラ・ザズ・フィン・ガズディア! 帝国の正統後継者である! 我はこの魔物の使役に成功した! 立て! そして戦え! これは帝国の膿を出し切る聖戦である!」


 おっさんの言葉に、反乱軍が集結し、体制を立て直して攻めようと画策する。

 しかしそこに、ランシェスと神聖国軍が後方から奇襲。

 更にはウォルドと、あれは武術大会でリアに勝った老人?

 何故この場所に……。


 まぁ良い――考えるのは後だ。

 ゴミが二つやってきたのだから、纏めて掃除しないといけない。

 皇帝には悪いが、生かしておく理由がない。

 だから、この場で殺す。


 そう考え、まずは神喰ゴミを片付けようとして、轟音が鳴り響く。

 ちょうど、俺と本陣までの中間地点で、骨竜ボーンドラゴンが地面に叩きつけられたのだ。


 一体、誰が?

 そう思い確認すると。


「ディスト?」


 なんと!武者修行に出ていたディストがそこにいた。

 隣には、フードを被った小さい背の女の子が……。

 ん?何故、女の子だと理解した?

 その考えに入ろうとしたところで神喰ゴミが逃げ出そうとしたので。


「牢獄結界。ペインプリズン」


 地獄の様な痛みを常に味合わせる牢獄結界内に捕縛。

 なんか喚いてるが知らん。

 そのままそこで死ね!


 そして再度、ディストの方を見ると。

 あ、骨竜ボーンドラゴンが機能を停止した。

 あ、おっさんが逃げようとして捕縛された。


 これで終わりか……。

 後はこの神喰ゴミを――。

 そう考えたところで、女の子がこちらに気付き、ディストの後ろに隠れた。

 まぁ仕方ない。

 今、俺の顔はきっと怖いからな。


 目を逸らそうとして気付く。

 女の子が持っている剣に。

 そう――魔剣・イーベダーム。

 まさか……。


 俺はいてもたってもいられず、女の子に近寄る。

 逃げようとする女の子をディストが捕まえる。

 フードを取るとそこには……。


「あ、ああ……。良かった……本当に、良かった」


 涙を流しながら喜び、安堵する。

 ディストが連れていた女の子。

 そこには、先程までと変わらないヴェルグの姿があった。


 ただその顔は、若干気まずそうではあったが――。

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