第41話【2018年9月18日-11】

マジカル・カイスターを目の前に、レックスたちはただ呆然としていたわけではない。


彼女の近くにいた何体が、殺意を唸りに乗せながら、地面を蹴って、ただ爪を振るい、襲い掛かろうとする。


しかし、一瞬の内に何閃にも振り込まれていた剣によって、その襲い掛かった三体は、何が起こったかを理解する事も出来ずに、ただ消滅していく。


何度も、何度も、襲い掛かられる度に剣を振るい、自分の身を守る彼女の動きに注目しているレックスたちと、彼女――マジカル・リチャードは、今目の前にやってきたカイスターが伸ばした手に、触れず、問う。



「……どう、して……?」



 地面へ膝を落としていた彼女の言葉に、カイスターは答えない。


ただ、真っすぐにリチャードへ手を伸ばすだけで、何も言わぬ。



「ねぇ、遥香。貴女は、戦うべきじゃないのよ。貴女だって、戦いたくないと、叫んでたじゃない。願ってたじゃない。なのに、どうして?」


「そういう問答はさぁ、後にしない?」



 ようやく口を開いたカイスターの言葉に、リチャードは、何時か同じような言葉を聞いた記憶があるかも、と想いを馳せる。


しかし、恐怖に怯えるレックスたちが、今さらに増えた。


ドンドンと増えていくレックスたちの姿を見据えたカイスターとリチャード。


彼らは数が完全に揃うまで、無駄な戦力消耗を抑える算段だ。ならば、まだ問答の時間はあるだろう。



「お願い遥香、貴女は逃げて! 貴女まで死んでしまったら、私は何の為に死ぬの? 何の為に」


「何の為に死ぬとか、言うなッ!!」



 リチャードの胸倉を掴んだカイスター。


カイスターは力いっぱいリチャードを持ち上げ、その顔と顔が触れ合う寸前まで近付けると、思いの丈を叫ぶ。



「アタシだって死ぬのは怖いよ! でも弥生ちゃんっていう友達を見殺しになんかしたくねぇのッ!!


 アンタが勝手に死にたいと願うんならともかくね、アタシの為とか、アタシを死に急ぐ理由にすんじゃねぇよバカッ!! もっと真面目に生きろッ!!」


「は……遥香?」



 困惑するしか出来ないリチャード――如月弥生に。


気持ちを叫んで少しスッキリしたカイスター――水瀬遥香が、少しだけ笑みを見せ、手を離す。



「……でも、アタシもゴメン。弥生ちゃんに、もっと早くこう言ってあげるべきだった。


 アタシが弥生ちゃんに、居場所を与えてあげるべきだったんだ。許してあげるべきだったんだ。


なのに、アタシは自分の事ばっかりで、弥生ちゃんの気持ちなんか、考える暇も無くて……でも、でもやっぱり、アタシは、弥生ちゃんを守りたいって思った。


考えなしを止めて、いっぱい考える様にしたけれど、でもやっぱり、アタシはアタシだったんだ。どれだけ考えても、アタシって人間は、変わってなんかいなかった。


パパも、ママも、妹も……何もかも、守れなかったアタシに、まだ守るべき友達がいる。


弥生ちゃんっていう、大切な友達がいる。


互いの命を守り合える、大切な仲間が、ここにいる。



アタシは、目の前にいる、助けられる人を助ける事の出来る、アタシでいたい!」



 手を弥生に向けて伸ばす。


もう、レックスの数は数える事が出来ぬ程の大群。


しかし、それらは遥香と弥生という存在に恐怖し、未だに襲うことは無い。



「私……貴女の近くに、いて良いの?」


「いいよ。だって友達じゃん」


「私は人殺しで……戦う事しかできない女なのに……そんな私が、貴女の友達で、貴女の傍に、本当に……?」


「良いって言ってんじゃん! ていうか、アタシだって人、殺しちゃったし、それを受け止めて生きていかなきゃ、でしょ?」



 罪は消えないけどね、と苦笑を浮かべた遥香に、弥生はそれでも、手を伸ばしあぐねる。


そんな態度を見かねた遥香は、頭を掻きながらため息をつき、レックスの大群を見据える。



「アタシ一人じゃ、アイツらはきっと倒しきれない。絶対、リチャードの力が必要になる」


「……うん」


「アタシを守りたいって言うんなら、アタシの為に生きて、アタシと一緒に戦って。


 アタシも、弥生ちゃんを守る為に、弥生ちゃんの為に生きて、弥生ちゃんと一緒に戦う!


そうして、生きる為に戦って、アタシたちの場所に、帰ろう、弥生ちゃん」


「うん……うんっ」



 ボロボロと零れる涙を必死に拭い、視界を確保する。


遥香の伸ばされた手に、自分の手を重ねる。


彼女の温かな手を感じた瞬間、自分が生きているんだと自覚する。


生きている。生きているんだ。


遥香と共に、遥香と共に生きていける。



「なら、私は死にたくない……遥香と共に、生きていたいっ」


「おっしゃ! なら――さっさと片付けて、秋音市に帰ろ!」


「――うんっ」



 互いの武器を、構えた瞬間。



目の前に広がる数多のレックスが、一斉に咆哮を上げ、飛び掛かってくる光景が映る。



しかし、マジカル・カイスターと、マジカル・リチャードには、もう怖いという感情など、無かった。


カイスターはマジカリング・スラスターを全力展開。猛スピードで駆け抜けながら二本のブレイドを振り回すカイスターの猛攻に吹き飛ばされるレックスだが、そんな彼女の背を守る様にして二丁拳銃を構えるリチャード。



「遥香!」


「どんどん撃ってけってェのッ!」



リチャードが弾丸を放つ。それはリチャードへと向かってくるレックスに対してではなく、カイスターの背を引き裂こうとするレックスに着弾し、その動きを止め、散らしていく。


すると今度はリチャードへ向けてやってくる数多のレックス。


だが、それにはカイスターが反応した。


地面を強く蹴りつけた後にスラスターを吹かし、右脚部を突き出しながらの突進により、リチャードを襲おうとするそれらを一斉にフッ飛ばしていく。消滅こそしていないが、隙は生まれた。



「セカンド・ブレイズ!」


「セカンド・ブラスト!」



 互いの声に合わせて、形状を変化させていくそれぞれの武装。


カイスターの二振りの剣が、巨大な剣として形を変えていく。スピードは遅くなるが、しかし一撃毎の破壊力は高く、今振り込んだ二撃によって、レックスを十体も屠る事に成功。


リチャードの武器はそのままだが、しかし彼女の周辺に生み出された無数の同一武器。それが空中で浮き続けるが、リチャードが今トリガーを引いた瞬間、数多の弾丸が一斉に放出される。


弾頭数故に制御ができずにただ真っすぐと伸びるだけの砲撃郡だが、敵の数が多ければ多い程着弾数は多くなり、それは現状多くいる数を相手にする場合は有利に働く。


背後や側面から襲い掛かろうとするレックスには、カイスターの斬撃が。


前面からこちらへと襲い掛かろうとするレックスには、リチャードの銃撃が。


二人の息があったコンビネーションが、互いに持つマイナスな部分をカバーし合い、今まさに欠点を無くしているのだ。

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