第30話【2010年9月15日-05】

「レックスは!」


『現在は先ほどの裏路地をそのまま真っすぐに進んで、先にある住宅街方面に向かっています!』



 ……流石に住宅街をこの姿でうろついて探すのはイヤ! だから早々に建築物から飛び降りて、先ほどレックスに殺されかけた裏路地に着地。


住宅街方面へ進む道に向け、アタシは地面を蹴りつけました。


背部に展開されたマジカリング・スラスターが点火する感覚と共に、背中を押されながらも、アタシは叫びました。



「ファースト・ブレイズ!」



 手に持っていた二本の剣が僅かに刃渡りを延長させ、その面にレーザーを出力します。


急速に加速しながら駆けるアタシの目に、レックスがもう捉えられました。そのまま減速することなく、レックスの横を通り過ぎると同時に刃を振り、その背中から斬る様にして、ようやく減速します。


けれど。



『今ので一体倒しました! もう一体は上へ逃げてます!』



 分かっている。減速を終えて、足跡が残る地面を気にすることなく、アタシは膝を折りながら地面を蹴り、今建築物の屋上へと降り立ったレックスと相対します。



「――やぁ!」



 スラスター制御はちょっと難しいけど、やってやれないことは無い!


二本の剣をそれぞれ振りながら、けれどその動きを見切っていると言わんばかりにピョンピョンと跳ねて避けていくレックス。


アタシにだけ殺意を向けてくれるのはありがたいのですが、しかしこのままだと体力の方が持たないんですけど――



「泣き言言ってちゃ、いられないっ!」



 セカンド・ブレイズと叫んだ声に合わせて、アタシの持つ剣二つが、形状を再び変えていきます。


今までよりも長く重い、アタシの背丈ほどある剣二つとなる事によって、機動性は落ちてしまいます。


けれど、動きの素早いレックスに、同じく機動性で勝っていても、当たらなければ意味がない。


面を大きくして、殴打でも、切断でも、どっちでもいいから倒せるだけの威力が欲しい!


一振りを上段から振り下ろすようにして、それを後ろに下がるだけでは避け切れないと判断したレックスが、僅かに体を左方面に避けさせました。



しかし、それがアタシの狙いです。



右から振り下ろした今の一打は囮で、本命は左手に握る剣を横薙ぎする、この一撃だ――!



「う――りゃああああッ!!」



 左方から空に持ち上げるようにして切り上げられたレックスが宙を舞い、アタシは急いで両手に持つ剣を重ね合わせると同時に、叫びます。



「ラスト・ブレイズ――ッ!!」



 二つの剣に、幾つもの光が収束していきます。


光は熱量であり、それによって敵を焼き払うだけの力が存在する。


それが、アタシの確かな力なのだと、実感させます。



「カーテン――コールっ!!」



 上空で、為す術もなく、ただ一秒でも早く落下を待っていたレックスへ――アタシは、その剣を、振り切りました。


上空へ放たれる光の熱線。


眩い程の光がレックスを包むと、それは塵も残すことなく、消えていきました。



戦いは、終わったのだ。



 そう実感すると、なんだか力が抜けるような感覚がして、ほぉっと息を付きながら、今いる場所の地にお尻を付け、震える手を見据えます。



「これが……変身。これが……魔法、少女」



 なんて凄い力なんだろう。これだけの力があれば何でもできるような感覚すら湧き出る、得体も知れない力の存在を知ってしまった。


怖いとすら、思えてしまった。


アタシなんて言う、九歳の小学三年生が持つには大きすぎる力が、託されてしまったのか、なんて考えると、それがひどく恐ろしい。


 変身を解除します。力が抜けて、お尻を付くどころか背中を下してしまいそうになるほどでしたが、変身が解除されたことによって、ベネットさんが人型形態になって、アタシの肩を取り、ギュッと抱きしめてくれたのです。ちょっとおっぱいが当たっていい感じ。



「遥香さん、凄いです! アタシから情報バックアップがあるとは言え、戦闘中の判断は遥香さんなのに!」



 キャッキャと騒がしくも褒めてくれるベネットさんに、アタシは苦笑しながらも、話を逸らすために尋ねます。



「そ、それより今、すっごいビーム出したけど、騒ぎとかになってないよ? どうなってるの?」


「ん、あ~、マジカリング・デバイスが持つ、人間の識別能力を誤認させる機能が働いたんですねぇ。多分ビームを見た人も『デッカい花火が上がってる』位にしか思ってないでしょうねぇ」


「そ、そんな事が出来るんだ……」


「人間っていうのは五感で判断する生き物ですから、この五感を二つでも乱しちゃえばそんなものですよぉ」



 まだ少し、足は震えるけれど、もう少し休憩したら、きっと問題なく歩けるレベルにはなるだろう。それよりも。



「あの、ベネットさん。アタシのカバンや教科書、レックスに壊されちゃったんだけど、持って帰らないのは不自然だから、持ってきてもらっていいですか?」


「ん? あー、さっきの場所ですね! わかりました、チャチャっと取ってきますね! ――でも、その前に」



 立ち上がり、今いる場所から飛び降りて、アタシのカバンを取りに行こうとしてくれるベネットさんが、アタシに笑いかけました。



「――遥香さんの言葉、生まれたばかりのアタシには、すっごく響きました。これからもよろしくお願いしますね、遥香さんっ!」



 そう言って笑ったベネットさんに、アタシはちょっとだけ、脱力してしまいます。


アタシは今回、自分の身を守るため、ママの命が脅かされる原因を排除するために戦っただけなので、これからも何も、戦うつもりはそんなに無いんですけど……。



「でも、まぁ……検討はしないとねぇ」



 アタシには、確かな力が与えられた。


その力は強大で、アタシなんかが持っていていい力ではないかもしれないけれど。


アタシ一人の力だけじゃない。ベネットさんというマジカリング・デバイスが、アタシの事を見ていてくれる。


アタシの事を信用してくれているというのなら。


少しは、やってもいいんじゃないかな、なんて。


そんな事を思いながら、ゆっくりと立ち上がりました。



既に時刻は、九時を迎えようとしていました。

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