第21話【2018年9月17日-07】

「弥生は、この八年間ずっと、魔法少女としてではなく、一人の自衛官として四九の仕事に従事していました。四九の仕事は既に弥生がご説明していますね」


「……国内外問わず、テロの脅威とかから日本を守る仕事って聞いてるけど?」


「では二年と少し前にあった、過激派ゲリラ組織による戦略ミサイル作戦という物を遥香さんはご存じですか?」


「中東の過激派ゲリラによる首都爆撃の計画があって、それがSNS上に拡散された奴ね。結果として米軍が出張って鎮圧したって聞いてるけど」


「流石成績優秀者であった遥香さんですね。情勢の事もしっかりと勉強をなさっています。――その事件、関与したのは米軍だけではなく、我々四九も作戦に参加しているです」



 思わず、言葉を失った。アイスコーヒーをストローでかき回していた遥香が動きを止め、それでもウェストは続ける。



「自衛隊の海外出兵については、通常は世論も相まって行われないのが原則ではありますが、その時に関しては問題が別に発生しておりました。――何せその戦略ミサイルは、標的を日本と定めているという情報を取得し、防衛省や日本政府としても無視できない問題だったからです」


「え、いや、でも、でもさ? 紛いなりにも四九は防衛省の一部所なだけっしょ? なのにそんな作戦やれるわけ」


「四班は防衛省情報局の中でも特殊部隊として制定されており、活動記録は原則残らず破棄されております。一課から九課まで存在しますが、全て防衛省に執務室を持ちません」


「それにしたって自衛隊の一部所が海外出兵されるなんて」


「必要な事です。そして、弥生が属するとすれば、四班以外に場所はありません」



 弥生の国籍戸籍は、あくまで四九が用意したものだ。そして過去の経歴に関しても、彼女には学歴も無ければ四九が用意した家以外に住処も無い。


そんな彼女が身を寄せ、生きていくための金銭を得る為には、確かにそんな場所にしかないのかもしれない。



「……ゴメン、ちょっと取り乱した」



 落ち着いて、話を戻すとする。



「二年前、私と弥生は四九が用意した二個中隊に配属され、過激派ゲリラ【FT】のアジトを突き止め、米軍特殊部隊との共同作戦へ入る為に移動をしておりました。


 ですが、我々の情報を嗅ぎ付けた敵部隊が襲撃、弥生と私を除いて、参加メンバーは全員殺されました」


「……弥生ちゃんとウェストさんは、生き残れたんだ」


「ええ。――弥生が、マジカル・リチャードへと変身する事で」



 話が始まった途中から、そんな気はしていた。


遥香は乾く口をアイスコーヒーで潤しながら、覚悟を決めてウェストを見据える。



「……詳しく教えて」


「詳しく語って宜しいのでしょうか」


「アタシさ、別に弥生ちゃんの友達を、辞めたつもりは無いよ。……あの子が苦しんでいる事を少なからず知って、知らんぷりする事は、したくない」



 遥香は自分の事を、どれだけ自分勝手なのだろうと心の中で罵った。


遥香は弥生に、自分の事を決して語らなかった。


なのに、今自分は弥生の過去を知ろうとしている。


けれど、知りたいと思えてしまった。



――弥生が心にどんな傷を負ってしまったのか、それを知りたいと思ってしまったのだ。



「……あれは、現地政府軍基地からアジト周辺の駐屯基地へと向かっている最中の事です」


 

**



如月弥生は、迷彩服に身を包みながら装備品一式の入ったコンバットバッグを背負いながら、用意された装甲車に乗り込んだ。


中には運転手、案内人を含んだ四九の用意した兵が四人と、彼女へ付き従うウェストの計六人。


装甲車は四台で収容している人数が同じであるから、作戦は二十四人と言う大所帯での参加となる。


とは言っても、現地基地からアジトへとミサイル爆撃で事を終わらせる算段であるからして、弥生たち四九の参加は、あくまで米軍へのお膳立てという側面が強い。


そもそも、過激派ゲリラ組織の情報がSNSに投稿された事に対し、米軍の特殊部隊を率いているガルダ少佐は大変懐疑的であった。


虚偽ではないか、しっかりとした情報を求むとしていたが、防衛省としては虚偽としても事実関係を明確にしたいという思惑があり、外務省と防衛省による手回しが上手くいき、作戦に繋がったというわけだ。


であるのに作戦へ自衛隊の参加が無いのはあまりに印象が悪いという事で、いざ問題があった場合にも作戦参加自体の記録を残さない四班九課の作戦参加が必要だった。



「四九にお前さんみたいな可愛い嬢ちゃんがいるとはな」



 弥生の対面に腰かける、四、五十代の髭を蓄えた男性が、コンバットナイフを研ぎながらそう声をかけた。


弥生はお辞儀をしつつ、何も答えない。時々水を飲んで水分補給をするのみで、男性は首を振った。



「警戒するこたぁ無い。俺も別に、年齢や性別をバカにしているわけじゃねぇんだ。この部隊にいる奴は大抵訳アリだ。なぁ」


「俺に振らないでくれ」



 男の横、ウェストの対面にいた若い男性は、ため息をつきながら顔を逸らす。



「いいじゃねぇか。俺は昔銀行強盗で銀行員一人、突入してきたSITを二人殺しちまってな。金に困ったからってやるもんじゃねぇな。お前さんは?」


「……親を殺した。その親が指名手配犯で、四九に回収して貰ったんだよ」


「指名手配犯の親殺し! じゃあお前さんは戸籍無かったクチかぁ。多いなぁそう言うの。嬢ちゃんもそのクチか?」


「……そうです」



 初めて口を開いた弥生に、男は「可愛い声してるじゃないか」と褒めながら、話題を戻す。



「四九はそういう奴を囲って、いざって時に使える手駒にすんだよ。オレも死刑囚の仲間入りする所だったけど、書類を偽装して四九の仲間入りよぉ。まぁ金回りも良いし、銀行強盗はもうしねぇよ」



 へへへ、と笑う男の笑い声を、ウェストは下品だとは感じたが、そこまで悪い男であるとは思えなかった。



「なぜ銀行強盗を?」



 そう問うと、男は「金に困ったからっつったろぉ?」とにやけつつ、話してくれる。

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