第19話【2018年9月17日-05】

 そして、遥香はそこで、意識を閉ざした。


僅かに寝息を立てる彼女の身体を抱き寄せたベネットは、そのまま彼女を寝室のベッドまで運び、そして自宅の固定電話から警察へ通報した。


既に遥香の父と母は死亡しており、母の胎内で生きていた筈の子も、死亡を確認。


後日遥香にも事情聴取が成される事になるが、しかし遠い親戚と騙ったベネットが「親を殺されているのに酷い事を」と強く抗議した事もあり、形式的な物に留められた。


犯行は、夜間の物取りによる突発的な犯行だろうとされたが、しかし犯人は未だに特定されていない。


しかし伊勢門通り三丁目に居た筈のホームレス一人を事件のあった日から見ていないとする、秋音市役所の生活福祉課に属する坂本剛の証言により、そのホームレスによる犯行で捜査を進めている。


写真も無いものだから、遥香もベネットも確認しようがない。


後にベネットは『水瀬ベネット』と言う名で偽の戸籍を得て、彼女の親代わりになった。


両親の遺した資産と、加入していた死亡保険の給付金受け取り手続き、遥香の祖父母とのやり取り、葬儀までをも済ませる事となる。



「……色々、迷惑かけちゃって、ゴメンね、ベネット」


「いいえ。お姉ちゃんですから」



 葬儀を終わらせ、二人分の遺骨を持った遥香とベネットが、火葬場から帰る電車に乗りながら、そうした言葉のやり取りをした事を、今でもベネットは覚えている。



「遥香さん。アタシ、お料理覚えようかな」


「……いいんじゃないかな」


「ママさんはお料理が得意でしたもん。アタシも覚えて、少しでも遥香さんに美味しいって言ってもらえるように、頑張ります」


「……うん」


「遥香さんはいっぱい勉強して、素敵な大人になって下さい。そしていつか、ママさんやパパさんみたいに、遥香さんみたいな子供を作って……ああ。人間って、こんなに夢のある生き物なんですね」


「……」


「アタシはマジカリング・デバイスですから、子供を産んだり、本当の親になる事はできません。けど、これ位なら出来るんです。遥香さんを支えて、遥香さんの将来を、見届ける事くらいは」


「……ベネット、ゴメン。それは、無理だよ」


「遥香さん」


「本当に、ゴメン……もうアタシ、無理。頑張れない」



 力無く言った彼女の言葉に、ベネットはそれ以上何も言う事は出来なかった。



それから遥香は、自発的な勉強を辞めた。


塾も辞め、残る中学生活は漠然と過ごした。


進路希望で提出していた零峰学園高等部への入学だって、元々希望していたから流れで決めただけで、もうどこでも良かった。


推薦を貰い、入学金等の学費も出来るだけ安く済ませる事だけを考え、そうして勉学にも身が入らぬまま、けれどそれまでの癖と知識で成績だけはトップを維持し続けた。


成績は良いものだから、零峰学園の教師陣も、特には彼女の態度へ文句を言わなかった。


遥香はそうして二年間を過ごして生きてきて――今に至るのだ。



**



笹部蓮司が、何本タバコを吸い終わっただろう。


如月弥生は、それを数えてはいなかったが、しかし今新たなタバコを咥えたので、それを合図としてベネットへ訪ねた。



「止める事は、出来なかったの?」



 遥香がマジカル・カイスターとして変身している間、ベネットやウェスト等のマジカリング・デバイスは、ただ言いなりになるだけではない。


変身者の状況を加味し、彼女達の判断で変身を強制解除させる事も可能だ。


現に男が死亡した後、ベネットは途中で強制的に変身を解除し、彼女を止めようとしている。


しかし、もっと早く止める事が出来たのではないか。


それこそ、彼女が手を汚す前には、と。



「アタシがもし変身を拒否したら、遥香さんは自分の足で、自分の体で、中学三年生の小さな女の子のまま、男を追いかけたでしょう」



 そうしたら、激情した男に何をされるか、分かったものではない。


目撃したのならばと、遥香の殺害を考えるかもしれない。


否。もっと異常な精神状態であれば、遥香の身体へ乱暴する事だって考えられる。


そう考えたら、彼女の安全を鑑みたら、変身を強制解除させる事は出来ないと、ベネットは判断せざるを得なかったのだ。


何と妙な話なのか。



遥香の意思が人を殺した。だが、人を殺した事だけが、心に巣食う罪の意識ではない。


大切な姉だとしたベネットの力を使ってしまった罪悪感と、両親や生まれてくるはずの妹を殺した男への復讐心に染まり、嬉々として自身の残虐性を発揮してしまった恐怖心もある。



ベネットの力が人を殺した。だが、その力が思考の末、力の使い方を定め、振るう者である水瀬遥香の安全を考慮し、自分の力が間違った方法に使われる事を、良しとしてしまった。


 結果として守れた安全はあれど、しかしそれを誇る事も、間違いであると自分自身を否定する事も出来ないでいる。



そうして今――二人は、自分たちが本来あるべき姿を見失い、ただ生きている。



水瀬遥香は、人として生きる為の目標や夢を持たず、ただ今ある命や若さを、惰性に過ごす事で消費していく。


ベネットは、マジカリング・デバイスとしての力を振るわず、水瀬遥香という少女の命を維持する為に行動する。



けれど、そんな二人を、誰が責める事が出来ようか。


如月弥生には出来ない。


笹部蓮司にも出来ない。


二人は、彼女達と別れて八年間、別の場所で、彼女の事を考える事も無く、生きて来た。


そんな二人が、傷つく水瀬遥香とベネットという二人を、再び戦場に呼び招くこと等、出来る筈が無い。


していい筈が無いのだ。



「お願いです。これ以上遥香さんを、傷つけないで下さい。


 彼女は、精いっぱい戦いました。そして、今も心に傷を負ったまま、それでもアタシにだけは、心配をかけまいと生きていてくれているんです。


アタシは……これ以上、遥香さんが傷つく所を、見たくありません……っ」



スマホ形態へと変形し、そのまま空高く飛び立っていく彼女を、二人はただ、見ている事しか出来ない。



笹部蓮司には組織を率いる者としての権限を持つ。


如月弥生には魔法少女として戦う為の力を持つ。



だが、その力が、これほど無力なのかと、感じる日が来ることを、二人は想定していなかった。

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