第16話【2018年9月17日-02】

 屋上から去っていく弥生。壁に背を付け、膝を折り深い息を吐く遥香。


二時限目の授業を知らせる鐘が鳴り響く。しかし遥香は教室へ戻る事無く、ベンチへと腰かけ、重たい息を吐く。


 そんな彼女の隣に、蓮司が座る。



「よう、遥香ちゃん。煙草、吸う?」


「……校内、禁煙なんだけど」


「屋上だし、構やしねぇだろ」


「それにアタシ、タバコもお酒も、エンコーもしない」


「そこは真面目なままでよかったよ」



 携帯灰皿を取り出して、匂い以外の痕跡を残さぬとする蓮司に視線を寄越す事無く、遥香はコンクリートの地面を見て、蓮司は反対に空を見上げた。



「……どうやって学校に忍び込んだん? 変質者じゃん」


「小さい時も小学校に良く忍び込んでやっただろ? 小学校に比べたら高校はやりやすいよ」



 そう言えばそんな事もあったか……と思いながら「まだ何か用?」と尋ねると、彼は煙草の煙を吐き出しながら、遥香へ問いかける。



「君に何があった」



 遥香は何も答えない。蓮司は尚も続ける。



「いや、正確に言うと調べられる事は調べたんだ。しかしね、分からない事が幾つか出て来た」


「どこが」


「君は中学三年生の頃まで学年成績トップを維持し、零峰学園高等部への進路を着実な物としていた。しかしその頃、ご両親が亡くなり、君は自堕落な人生を歩む様になった……分かったのは、これ位かな」


「人の過去を勝手に調べておいて、分かんないから教えてくれって……ちったぁ自分で考えなよ」


「じゃあ俺の仮説を語ろう。ご清聴願うよ」



 携帯灰皿に煙草の吸殻を入れて、立ち上がった蓮司。彼が口を開くと、遥香は目を閉じた。



「魔法少女の役目を終えた水瀬遥香は、素敵な大人になるべく、将来に希望を持って勉強に励んだ。


 君は、誰かを守れる力が、拳では無くて言葉にあると言っていたね。だからこそ、言葉だけじゃ救えない何かを救うための道を歩む事を考えた。


 医者、弁護士、警察官――どのような未来であったとしても、学力は無駄にならない。だから常に学年成績トップを維持し続けた。


 しかし、そんな時に病気か何かでご両親が他界。それによって大切な人を守れなかった苦しみに苛んだ君は、勉強を止めた。


まぁ、こんな所じゃないかな、とは考えている。君のご両親に関する資料はあくまで『死亡した』という一点だけしか見つかっていなくてね」


「……笹部さんって、間抜け?」



 不意に、遥香が蓮司を罵倒する言葉を放つ。


それは、今まで目を閉じて、蓮司の言葉に耳を傾けていた遥香が、まるで失望したと言わんばかりの表情を浮かべて放った言葉だ。



「警察の捜査資料は見てないんでしょ? 何でそこまで見当ついたのに、そっちは調べないかなぁ」


「どういう意味なんだ?」


「知りたきゃ教えてあげるよ」



 ゆっくりと椅子から立ち上がった遥香は、秋音市全体を見渡すように、落下防止のフェンスに手をかけ、言葉を連ねていく。



「病気か何かで、両親が他界したんじゃないかって言ってたよね。……でもさぁ、昔のアタシなら、両親を殺した病気があるなら、医者になろうとしていたと思わない?」


「……そうだね。君なら、ご両親の死を無駄にしないと、涙を拭いながらも前を向き、その哀しみを糧としただろう」


「でしょ? もしそんな単純な事なら、アタシ医者になるよ。お父さんとお母さんを殺した病魔を一匹残らず駆逐してやるって」



 なら、と。笹部は口を挟む。遥香も彼の言葉を聞くが、しかし話を遮られた事には若干の苛立ちがあったらしく、ピクリとだけ頬を動かした。



「事故にでもあったのか? 確かに君の言う通り、オレは君の経歴を調べただけだ。警察の捜査資料を見てはいない。もとよりご両親二人共が病気で死んだとは思えないしね」


「ならアタシは車メーカーの開発とかにでも行くよ。両親を亡くす要因になった交通事故を減らす為に、自動ブレーキ機能の開発にでも取り掛かる」


「じゃあ何があったと言うんだ。君は、志半ばで膝を折るような、弱い子ではなかっただろうに」


「ああ、うん……そうだったと、自分でも思うよ。


 お医者さん! いいね。人の命を助けるのに、これ以上ないお仕事だ。


 弁護士さん! そうだね。人の間違いを正し、罪を償わせる、正義の味方にもなれるご職業だ。


 警察官! 最高だよ。犯罪を犯した人を捕え、人々に安心を与える。弱きを助けるにはこれが一番!」



 ――でもね、と。



 遥香は小さく呟いた。



「どんな職業で、どんだけ人を助けたとしても――結局は【悪い人間】ってぇのは、出てくるモンでしょ?」


「……悪い、人間……?」



 嫌な予感がする、と。


蓮司はその時、初めて息を呑んだ。



「……二度と戻りはしない、人間の命を、自分の都合で奪う奴……っ」



 そして蓮司の嫌な予感は、見事に的中した。



「アタシのお父さんとお母さんは、押し入り強盗に殺された。


 お父さんは顔面にナイフ突き付けられて殺された。


お母さんはお腹の中で、生まれてくる事を祝福されるハズだった、アタシの妹ごと殺された――ッ!」



 遥香の表情は「歪んだ」なんて言葉では表現しきれない憎悪に満ちていた。


鼻息荒く、眉間に皴を寄せ、唇を強く噛み過ぎたせいで出血を起こし、その綺麗な顔を、流れる血で染めるのだ。



「……君は、もしかして、その押し入り強盗を」


「そう。止めるベネットの静止を振り払って、魔法少女に変身して、殺して、証拠隠滅する為に、体は塵も残さず粉々にしてやった。


 人間って脆いよね、両手両足を切り落としただけで、出血多量を待つ前にショック死しちゃったもん」


「警察に突き出せば、法で裁けば良かっただろうに、なぜ君は」



 無意識に、遥香の肩に手を乗せ、彼女の身体を揺さぶろうとしていた蓮司だが、しかし遥香はそんな彼の動きを読んでいたかのように、手を払いのけた。



「法で裁いて、何があんのさ? 結局何も戻ってこないよ。


 ――ああ、そんな事より、アタシに殺させてほしいって思ったんだ。


 優しかったお父さんの顔を傷付けて殺したアイツの頭を吹っ飛ばしたかったッ。


お母さんの綺麗な体を傷つけたアイツの身体を切り刻みたかったッ!


生まれてくる筈の妹が、外に出る事もなく死んじゃったんだから――アイツが二度と外に出られないように、体を粉々にしてやりたかったんだッ!!」


 

遥香は肩で息をして体を震わせる彼女に、叫び散らす彼女を前に。


 過去を聞いた蓮司は、黙っている事しか、できなかった。


息継ぎを終え、ふぅ――と呼吸を整えた遥香は、ヨタヨタと覚束ない足取りで、屋上出入り口へと歩んでいく。


そんな彼女の手を思わず取って、しかし何も言う事が出来なかった蓮司へ、一度だけ視線を向けた遥香。



「素敵な大人? ……笑わせないで。アタシにはもう、無理なの。


 恨みで人を殺した。魔法少女としての力で、一つしかない人生を奪った。理由はどうであれ、アタシも【悪い人間】でしかない」


「ち、違う。違うよ。君は、悪い人間なんかじゃ無い」


「レックスの存在の方が、よっぽどまだ形が整ってるよ。


 ドルイドに生み出されたレックスはさぁ、ただ自分の役割に沿って人を殺そうとしている。システムが出来上がってて、システムに従っているだけ。


――でも人は、人が作り上げたシステムを、秩序を、ルールを、喜怒哀楽なんて感情や、自分の都合とやらで、簡単に破れるんだ」


「本気で、言っているのか……?」


「ホントの事でしょ? 人間なんて、本来は肉の塊でしかない。


 人に生まれた意思も、電気信号によって脳から体全身に命令が行きわたるだけの存在。動物と何ら変わらない生物。


 でも動物としての理を忘れて、要らない知識を蓄え続けたのにさ、自分の都合で力を振りかざして、簡単に同種だって殺せちゃうんだ。


 ねぇ、教えてよ、笹部さん。こんなアタシが、魔法少女でいていいと思うの?


 一時の快楽に身を浸す為に同じ人間を、大切なお姉ちゃんであるベネットの力を振りかざして殺したアタシが、誰かを守る為の魔法少女に、もう一度なるなんて、許されると思うの?」



 言いたい事を全て言い終えた遥香は――蓮司に掴まれた手を振りほどいて、懇願する様に、言い放つ。



「……もう、ホントにアタシの事なんか、放っておいて。何度来たって、アタシの答えは、変わんないから」

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