第12話【2010年9月16日-01】

2010年10月16日


翌日、私が目を覚ますと、一つのスマホが枕元に置かれていました。


脳内に(すぅ……)と寝息のような音が聞こえた事から、ベネットはスマホモードの状態で眠るのか、と理解した所で、毎朝の日課であるママがアタシの部屋をノックして『遥香起きてる?』と声をかけてくる。



「あ、うん! 起きてるよママ!」



 開けられてベネットを見られると面倒なので、乱雑に掴んだベネットを布団の中に放り込みます。僅かに(むぎゅっ)と聞こえますが、しかし無視して部屋を出ます。


リビングに行くと、既に帰宅していたパパが「おはよう遥香」とニッコリ笑いながら朝の挨拶を。アタシもパパの近くで「おはようパパ」とだけ挨拶をして、ママのご機嫌な朝食を見据えます。


 ベーコンエッグ、スクランブルエッグ、卵焼き、卵を絡めた卵ライス、完熟卵とセットのサラダ……見事な卵尽くしです。



(……ねぇパパ。これって、まだママってば、パパに怒ってる?)


(多分ね)


「何二人で仲良くお喋りしてんのさ。ちなみに卵の賞味期限が切れかかってただけで、別に意図とかないっつーの」



 最後に仕上げとして、卵ライスがあるにも関わらず卵かけご飯が登場です。こりゃ相当怒ってます。



「パパ、今日のお仕事は……?」


「夜勤だよって帰って来た時に伝えた所……」


「ああ……」


「だから関係ねぇってば……っ」



 野菜スティックをボリボリと噛み砕くご機嫌斜めなママ。ご機嫌な卵尽くしの、それでも美味しいママの朝食を味わいます。



「あのさ、パパ」


「うん? どうしたんだい遥香」



 パパは卵ライスが好きらしく、卵ライスをオカズに卵かけご飯を食べています。字面にすると相当おかしいと思いますが事実です。



「昨日ママにも聞いたんだけど、もしアタシが喧嘩したら、パパは怒る?」



 パパは相当焦った様子で「遥香が喧嘩を!?」と狼狽えていましたが、隣に座るママが「落ち着いて食え」と脇腹を殴った結果、ぬふっと変な声を漏らした後に深呼吸。卵焼きを口に入れ、飲み込みました。パパ、お箸逆さだよ?



「うーん。場合によるけど……口喧嘩なら怒らないかな」


「暴力とかは?」


「絶対とは言わないけれど、駄目。それに遥香は女の子なんだしね」


「男女平等にしろよオラ」


「いて、いてて。べ、別に絶対とは言ってないでしょうママ!? パパが言いたいのは、まず何よりコレに頼っちゃ駄目って事! ママも事ある毎に暴力へ頼るのを辞めなさいっ」



 脇腹を突かれ続けるパパが、それでも言葉で抵抗しつつ、お箸を離して右手をグーにし、左手へ押し付けました。



「拳は、誰かや何かを傷つける結果を生む。勿論ボクシングみたいなスポーツとか、ルールに則ってそれをする事はある。それはパパだって認めるよ。


 でも、自分の想いや願い、意見を届ける為に、誰かへ、何かへ拳を突き付ける事は、間違いだって言える。


だって、嫌じゃない。誰かを殴る事って。それで相手を傷つける事って。そうした自分だって嫌なのに、殴られた相手なんてもっと嫌だと思う」


「でも、相手がもし殴ってきたら?」



 アタシがつい気になって聞いた言葉に、ママが表情を綻ばせながら「殴り返してやれ」とケタケタ笑いますが「今そこそこ大事な話をしてるんだよママ」と言葉で諭すパパでした。



「でも、そうだね。もし相手が本気で殴って来てて、言葉で止められない場合は、残念だけどやり返して止めるしかないかも。けれど、それでも決して気持ちのいいものではないよ。


 相手を殴ったり、殴り返したり、そんな事でしか気持ちを表現できないなんて、悲しいもの」


「理想論言いやがってまぁ」


「パパはそれでも、理想を叶えたいと思う。もし全ての人間が拳を振るう事を良しとせず、相手に気持ちを全て伝える事が出来て、理解してもらえる世の中になったら、拳なんていらないじゃない」



 苦笑したパパは、ママの頭を撫でました。ちょっと嬉しそうなママを見て、アタシも笑ってしまいます。



「けれど、ママの言う事も正しい。パパの意見は全て理想論。現に人を殴る事でしか、誰かに何かを伝える事の出来ない、悲しい人はいる。


 そして人間は、話すだけで、言葉にするだけで自分の気持ちを表現できるほど、口達者な人ばかりじゃないし、例え口達者な人が自分の気持ちを百パーセントな言葉にしたって、聞いた人が理解できずに誤解する事なんてざらにある」


「そういう時は、どうするの?」


「これも、場合によるかな? もし相手が自分の言葉を聞いてくれる人なら、どれだけだって言葉で言い合えばいい。


 もし遥香が正しいって思っていても、もしかしたら遥香が間違ってる場合もある。お話をする事で、初めて自分の間違いを理解できるかもしれない。


 人間同士はね、そうやって誰かが何かを言って、それに対して言葉を返す事で、理解や誤解を深めていく生き物なんだよ」


「誤解も?」


「そうさ。残念な事に、言葉は万能じゃない。『はい』と『いいえ』っていう簡単な言葉だって、言い方や使い時を間違えれば、逆の意味になりかねない。


 だからこそ、会話をするんだ。そうして会話をする事で、初めて分かり合う最初の一歩に至れるんだから」



 何よりまず、会話をしよう。


パパはそういってニッコリと笑うと、再びお箸を取って卵料理の面々に思わず迷い箸。



「迷い箸しな」



 思わずパパの頭を一発叩いてしまいそうなママ。


 しかしアタシの目の前だし、今のお話もあってか、ママは渋々と言った様子で手を下し、自分のお箸を持ってスクランブルエッグを口に放り込みます。



「……ね? 話せば分かり合えるでしょう?」


「迷い箸やめろっつってんだろ」


「足蹴らないっ」


「拳じゃないからセーフ」


「ア~ウ~ト~っ」



 揚げ足を取るママへ言葉で怒るパパと、そんな二人を見て笑うアタシ。


確かに、言葉というのは万能じゃない。


昨日アタシとベネットが少し会話をしただけで、アタシ達は喧嘩をしてしまった。


アタシは、自分の意見を全てベネットへ伝える事もせず、枕で彼女を叩いて、不貞腐れてしまった。



「謝らないとなぁ」


「やっぱり誰かと喧嘩したのかい?」


「間違ってると思ってないなら謝らない方がいいよ遥香」


「いやママ、謝らないといけないと実感した娘にそんな教え方ないでしょう……」


「間違ってないと思ってんのに謝る方がよっぽど失礼っしょ?」


「まぁ、そりゃあね? けど、遥香は自分にも悪い所があると思ってるんだよね?」



 アタシのふとした言葉に、パパとママはそれぞれの意見をぶつけてくれます。


そう、これが会話です。



「うん。間違ってる所と、間違ってないって思う所がある。だから、ちゃんと謝って、お話しする」


「コレは、使わない?」


「絶対に使わない」



 パパが拳を作って示し、アタシも自分の作った拳を、逆の手で包みます。



「でも遥香、拳にゃこう言う使い方もあるんだよ?」



 そんな時にママが、アタシの手を取って、アタシの拳と自分の拳をコツンとぶつけ合いました。



「コレ、仲直りとか、友達の印。……殴るだけが拳じゃないってね」



 ニッと笑ったママの言葉に、パパも「ママが珍しく良い事言った」笑いました。


アタシは、こんな二人の娘だからこそ、幸せを感じる事が出来るのでしょう。

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