第一章-b

第9話【2018年9月14日-01】

2018年9月14日


水瀬遥香は零峰学園高等部の二年三組に属する十七歳の少女だ。染められた金髪と白く澄んだ肌、そして着崩された制服で校舎内を歩く彼女の姿は、優等生だらけの零峰学園では視線を集める。


特に胸元は僅かにブラが見えてしまう為、どうしても男子から視線が来る。


遥香はそれに苛立つ。汚らわしい眼で見んじゃねぇと睨み、ソソクサと立ち去る者達から離れる様に、彼女は屋上へと上がった。


以前調理場と理科室より漏れたガス漏れ事件が起こった際に、何故か陥没した部分のある荒れた屋上へ出て、鍵をかけてベンチに腰掛け、昼食として用意したサンドイッチを口にする。



「……で、話しって何さ。弥生ちゃん」


「本当に、貴女は変わったわね」



 屋上給水塔で彼女を待つようにしていた少女――如月弥生は、零峰学園の女子制服をまといながら、給水塔から飛び降り、遥香の隣へ。



「八年前ならいざ知らず、今時SNSも使わずに呼び出す奴なんか初めて見たっつの。何あのラブレターみたいな手紙」



 本日学校へ遅れてやってきた遥香は、机の中に一枚の手紙が入っている事に気が付いたのだ。手紙は差出人こそ不明だったものの、文体と字から弥生の物だろう事は察しがついていた。



「大体、何で制服着てんのさ。ウチの生徒じゃないっしょ?」


「目立たずに学校へ入るためにはこれが一番」


「あっそ」



 僅かな沈黙。遥香はサンドイッチを食し終わった後、恐る恐る言葉をかける。



「……ま、再会できて良かったよ」


「私も、こんな形で再会するとは、思ってもみなかった」


「あれから、どうしてたん?」


「レックスハウンドの仕事に従事していた」


「あのさ、結局レックスハウンドって、どんな組織だったワケ? ホントに世界を守る秘密結社ってわけじゃないんでしょ?」


「ええ。日本防衛省情報局、第四班九課。通称【四九】よ。レックスに対する組織というより、紛争やテロ、その辺りを未然に防ぐための組織ね」


「ハッ、レックスもテロリスト扱いってワケ。……そっか、防衛省か。アタシてっきり警察の公安か何かかと思ってたけど」



 何とか自然と話す事が出来ていると、遥香は弥生をマジマジと見据える。


元々大人びていた彼女がそのまま身体を大きくさせたようだった。身体の発達としては未熟であるものの、元々スレンダーな子だったので、成長してもスラリとした綺麗な少女と言えるだろう。


しかし、目付きはあの頃から随分と変わった。


いや――元々澄んだ目をしていた瞳が、更に据わったと言うべきだろうか。


まるで、機械のように感情を動かさない。これだけ喋っているにも関わらず、視線はずっと前を向き、遥香の事など見ていないのだ。



「その、四九の仕事ってさ。つまりは防衛省の仕事だったワケっしょ? じゃあ大変だったんじゃない?」


「そうね。何度も死にかけたわ」


「……はぁっ!? なんで日本でそんな事になってんの!?」


「私たち四九は国外でも活動するわ。例えば先日なんかは、ロボット兵器開発を行うインドのテロ組織情報を掴んだから、潰してきた所」


「んなもん米軍の仕事じゃんか! なんで弥生ちゃんがそんな死にそうな目に遭ってんの!? 意味分かんねぇってば!」


「……その辺りは、変わってないのね。昔の『誰かを守りたい』って言っていた、遥香のまま」



 不意に視線を遥香へと合わせた弥生にビックリしつつも、遥香は今の言葉に何故か苛立ちを覚え、目付きを怒りへと変えた。



「違う。今のアタシを、あん時のアタシと、一緒にすんな」


「なんで怒るのか、私には理解できない」


「自分で考えろっつの」



 プイと視線を逸らし、昂ぶる意識を落ち着かせようと務める遥香へ、弥生は間を空ける事なく言葉を投げる。



「先日、四九が秋音市に残していたレックスの観測システムが、一体のレックスを捕捉した」


「……昨日、居たね。あれは、新しいレックス?」


「さぁ。残党だとして、なぜ八年間も音沙汰無かったのかは不明だけれど、理由なんかどうでもいい。私たち魔法少女が狩らなければならない」


「……アタシを、巻き込まないでよ。アタシは普通の女子高生になったんだよ? レックスなんか知らない、一人の女子高生に」


「現実を直視なさい。現にレックスは居る。そして遥香は魔法少女として、その為に戦う力だって今も持っている筈。――持っているわよね? まさかベネットを廃棄した何て事は」


「するワケねーじゃんッ!! 冗談でもそんな事言うなッ!!」



 弥生の言葉に耐える事が出来ず、つい激昂しベンチを殴ってしまう。



「なら、貴女には戦う力がある」


「戦わない。ベネットも、もうアタシん家で、一人の人間として生活してんだから、その邪魔をしないであげてよ」


「ベネットはマジカリング・デバイスよ。戦う為に生み出された。だから」


「良いから放っておいてよっ!! アタシは、絶対にもう魔法少女なんかにならないっ! あんな戦いなんか、もうしないっ!」



 ハァ、ハァ、と。叫ぶだけ叫んだ事によって息切れする身体を休めながら、遥香は弥生の言葉を待つ。


そして彼女は、僅かに視線を下へ向けた後、目をつむってコクリと頷いた。



「分かった。ごめんなさい、今の貴女を、私は知らないから」


「……わかりゃ、いいんだよ」



 遥香は鍵をかけていた屋上から校舎へと戻っていく。


その姿を見ていた弥生は、最後まで自分の気持ちを話す事など、無かった。



 **



放課後まで時間を待つことなく早退をして、遥香は秋音市のビジネス街を練り歩く。


家に帰ってベネットへ挨拶する事も無く、ただ街を歩く理由は、おそらく弥生の事があったからだ。


先日、レックスに襲われた遥香が家に帰ると、ベネットは随分と落ち着かない様子で、帰宅した遥香の下へ駆け寄り、力いっぱいに遥香を抱きしめ、無事を慈しんだ。そのせいで肋骨が折れているのではないかという軋みが走ったものの、ベネット曰く「折れてないですよー」との事だった。



(……家に帰って、もし弥生ちゃんと会った事を知っていたら、まともに話せる自信無いし)



 しかし目的なく歩くだけというのは退屈なので、どこかカフェだったりに入ろうかな、と周りを見渡した、その時だ。


目の前に、顔見知りが一人。


よく見ると、もう一人。



「やぁ、水瀬遥香」


「っ、あ……あん、た……っ!」



 ジリ、と僅かに後ろへたじろぎつつ、その男を見据える。


グレーの頭髪、グレーのパーカー、グレーのパンツ。


中性的な顔立ちを有し、見るからに人畜無害を表現した男。


それは、かつて【レックス】という存在を生み出した、元凶。



「ドルイド……カルロス……っ!?」


「覚えていてくれたんだね。あれから八年、人間の記憶から無くなっていてもおかしくないと思っていたんだが」


「アンタはあの時、死んだんじゃ」


「死なないよ。ボクは神さまだからね、人間に殺される事なんか無い。――まぁ一度身体は消滅したけれど、再構築は容易だった」


「ていうか」



 そして隣に立つ男は、男らしい髭を生やし、しかしその端正な顔立ちを無くさず、年齢を重ねた男。



「なんでソイツと一緒に居んのよ笹部さん」


「良かった。俺の事も分かってくれたね。久しぶり、遥香ちゃん」



 レックスハウンド――否、四九の指揮官であった笹部蓮司だ。彼は当時二十八歳だった。ならば現在は三十五歳、髭を生やした中年男性の見た目となっていても、確かにおかしくはない。


だが、問題はドルイドだ。彼は当時から全く見た目を変えていない。むしろ変わってないからこそ、最初の戸惑いが大きかったとも言えよう。

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