第6話【2010年9月29日-01】

2010年9月29日



「如月弥生です。宜しくお願いします」



 アタシが通う秋音小学校の三年四組の教室。黒板に自身の名前を書いて、深々と頭を下げた彼女――如月弥生ちゃんは、相変わらず光の無い眼でアタシに一瞬だけ視線を送ると、すぐに目を逸らして隣に立つ友澤先生の指示に従い、教室の奥にある新しい机に腰かけました。


状況を説明すると、弥生ちゃんは本日九月二十九日に転入生として現れました。


 クラスは新しい同級生に盛り上がっていますが、アタシは心中穏やかではありません。


一時間目の算数が終わり、休み時間になると、クラスメイトは全員弥生ちゃんに向けて身を投げました。どこから来たのか、前の学校はどんな所だったのか、弥生ちゃんと呼んでいいか、好きなものは、好きな人のタイプは――小学生らしい、他愛も無い質問ばかりです。


しかし、弥生ちゃんは目配せ一つせず、質問の途切れた所で、次の授業で使う国語の教科書で机をドンと叩き、教室中を静まり返してしまいました。



「うるさい」



 彼女はキッと目を細め、クラスメイトへ言い放ちました。ほとんどの子はオドオドと、何と言えばいいのか分からないと言う感じでしたが、中でもクラスのムードメーカーを名乗る東郷実来ちゃんは、黙っていませんでした。



「如月ちゃんっ、その言い方は無いんじゃない!?」


 小学生特有の甲高い声で、怒鳴り付ける実来ちゃん。ちなみに質問数は彼女が一番多かったと思います。



「うるさい子達にうるさいと言って、何が悪いの?」


「みんなあなたと仲良くしようと思ってるのよ! なのにどうしてそんなひどい事言えるの!?」


「必要ないから。私の事は置物とでも思えばいい。仲良くなる必要なんて――無いもの」



 キッパリと拒否する弥生ちゃんと、表情を真っ赤にさせつつプルプルと怒りで震える実来ちゃんの二人を見続ける事も良いかなと思いましたが、イジワルと思ったので立ち上がって、弥生ちゃんと向き合います。


弥生ちゃんも、アタシへ目配せ。互いに視線をぶつけ合いました。



「なにかしら」


「弥生ちゃん、言い方ってあるんじゃない?」


「二度目。うるさい子達にうるさいと言って悪いの?」


「そうだね、うるさいと思う事は良いよ。弥生ちゃんが友達をいらないって言うのも自由だし、それを拒否する事も自由だと思う」


「何が言いたいの」


「どうしてその思いまで否定しようとするのかって事。友達になる気がないのなら、せめて『私に関わらないで』の一言だけでいいでしょ。友達になりたいって、素直な気持ちをぶつけただけで怒られる理由なんて無い筈だよ」


「そ、そーよそーよっ」


「実来ちゃんは黙ってて。実来ちゃんは正直うるさいと思う」


「遥香ちゃんっ!?」



 話しに入ろうとした実来ちゃんは軽くあしらいます。しかし弥生ちゃんは何も考えてなさそうな表情で首を傾げるだけなので、アタシも深く溜息をつきます。



「――ついてきて」



 アタシが弥生ちゃんへ促すと、彼女は頷きもせずに立ち上がり、アタシについてきてくれます。



「……おい。水瀬の奴、あんなおっかねー奴だったか?」


「えー、遥香ちゃんはいつもやさしいよ?」


「きっと東郷がうるさかったから怒ってるんだなぁ」


「私のせいっ!?」



 そんな会話が聞こえてきますが、アタシと弥生ちゃんはスルーします。でもおっかないと思われるのはヤだなぁ……。



と、そんな事を考えながら辿り付く場所は、学校の屋上です。最近では珍しく屋上が解放されているこの学校では、一番秘密の会話をするのに適した場所とも言えます。


屋上から校舎へ続くドアに鍵をかけ、誰も入ってこれないようにしつつ、アタシは制服のスカートに入れてあった、ひとつの板を取り出します。スマートフォンにも似てますが、ちょっと違います。


それは――スマホモードへと変身を遂げたベネットであり、彼女はアタシが外界へ出すと同時に変身を解き、何時ものグラマーな女の人になりました。



「ぷはぁっ、窮屈でしたーっ」


「何時もゴメンね、ベネット」


「いえいえーっ! ――しかし、ですねぇ」



 いつの間にか、弥生ちゃんの隣にもウェストさんが立っています。彼女もマジカリング・デバイスを制服に仕込んでいたという事でしょう。



「昨夜はお世話になりました、水瀬遥香さん」


「あ、こちらこそ」



 ウェストさんはぺこりとお辞儀をしてくるので、こちらもお辞儀で返します。その綺麗な動作を見てベネットはぷくぅと頬を膨らませながら「なーに良いコちゃんぶってんですかこのグラマァマジカリング・デバイスは!」と怒っています。



「……それで。何か話があるの?」



 そんな二人の様子を鑑みる事もありません。弥生ちゃんはただアタシの目だけを見据え、アタシの言葉を待っています。



「まず一つ。――どうして学校に?」


「それは俺から説明しようか」



 と、そこで更に事態をややこしくする人参戦です。昨日出会った優しそうなお兄さん――笹部蓮司さんが、何時の間にやら屋上の給水塔に腰を下ろしていたのです。



「どうしてこんな所に!?」


「弥生だけだと心配だからね、潜入してサポートをする為だよ。これも秘密結社だからこそ出来る特殊技さ」



 なにそれ秘密結社さんってすごい。



「秋音小学校は、レックスの行動範囲である秋音市の中心に位置する場所だ。学校に通いつつレックスを討伐する事になれば、それだけ効率的に奴らを倒す事が出来る。それが目的だよ」


「でも授業中に抜け出す事は出来ないでしょ?」


「だから弥生は身体が弱いって設定にしたよ。彼女は何時でも授業を抜けられる様に先生たちへ話は通してあるし、問題ない。いざと言う時は俺が保護者として、弥生を迎えにこれるよう準備も整っている」



 もしかして、さっきみたいな態度は、下手に友達を作らないよう、魔法少女として周りを巻き込まない為の……。



「ううん。さっきのは単純に迷惑だっただけ」



 普通に嫌な子でした。



「さて、もう一つは? 弥生は意志疎通が苦手な子だからね。俺で回答出来れば、全て答えよう」


「……いえ、弥生ちゃんの言葉で、聞きたいので」


「そっか、分かった」



 笹部さんは何かを察してくれたように、フフッと笑みを浮かべた後、そのまま給水塔に寝そべりました。話は聞いているだろうから、アタシもこのまま、弥生ちゃんに問いかけます。

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