3-10 告白(3)
ゲームでは、私たちは目的地の洞窟に辿り着いていた。炎の魔法でゴブリンみたいなモンスターを焼き倒すのを見届けてから、深呼吸をする。
「やめたのは、カメラの前で踊れなくなったから」
みんな、続きを促すように無言で洞窟の中を進んでいく。私は言葉を探しながら、一緒に冒険をする三人の背中を追いかける。
「ヒロのお兄ちゃんの志紋くんに誘われて、志紋くんの踊ってみたの動画に一緒に出るようになったのが踊り手を始めたきっかけなんだ。最初はただ楽しいだけだったけど、そのうちに低評価や悪口みたいなコメントが気になるようになってきて」
当時のことを思い出して、息を詰める。見ていた人たちは別に悪口を言ってやろうなんて意気込んでなくて、気軽な気持ちで書き込んだだけだったのかもしれない。それでも小さかった私には、あそこに書かれた言葉はただ真っ直ぐに心に響いて。嬉しい気持ちにさせてくれることもいっぱいあったけれど、鋭く胸をえぐってくることも、多かった。
「それに、志紋くんはかっこいいからファンも多くて、見ての通り今じゃ芸能人だけどさ」
「かっこよくねえよ、あんなん」
「ヒロが言うそれ?」
おんなじ顔してるのに。なぜかぶすくれた顔をしているヒロを横目に、話を続ける。
「人気者で、いつも一緒にいた私は邪魔だって嫌われてたから余計にひどいこと色々と書き込まれたりした。それでハルと同じように、カメラの前でどんな顔して踊ればいいのかわかんなくなった。それだけじゃなくて、カメラに撮影されてると思ったら体調が悪くなるようになったから、もう無理だなって思って。高校受験の勉強するからって言い訳して、やめた」
四人パーティーは洞窟の最奥部に辿り着き、このダンジョンのボスと対面しようとしていた。
「今もカメラを向けられると怖くなる。個人的に写真を撮ったりするのはこの二年で少しはマシになったけど、あのときは写真全部が無理だった。今でも、踊ってみたやハルちゃんねるみたいに誰でも見られるようになっていて、私のことを嫌いな人が私を見てるかもしれないって思ったら、もう駄目で。だからハルちゃんねるのメンバーになるとき、自分は動画に映りたくないって言ったの。ごめん、本当は映りたくないんじゃなくて映れないんだ」
ボスとの戦いが接戦で、私は一瞬黙った。少しの間、みんなゲームに集中する。
私が攻撃魔法をひたすらかけている横で、芙雪くんが剣を一振りしてボスを葬った。
私たちは、ほう、と息をつく。
「……話戻すけど。私がこんなになって今までひきずってるのに比べて、ハルはどんな顔すればいいかわからなくなっても自分ですぐに答え出して、動画も出して元気になっちゃうんだから、すごいなって思ったよ」
私には難しいことを簡単に乗り越えてしまうハル。どうしたら彼みたいになれるだろう。それとも私には無理なのかな。
「なんか、言いにくいことを聞いちゃってごめんなさい」
芙雪くんの申し訳なさそうな視線に首を横に振る。聞いてくれなきゃ自分からは何も言わなかったと思うから、これでよかったんだ。
「……さっちゃん」
ハルが両手でコントローラーをいじくりながらちらりと私に目線を向けた。
「俺も怖かったよ。今回の動画出すのも正直不安だった。また、俺をいじめてたやつらとかにも見られるんだろうなって。みんなに出会う前の一人でやってたときなら、さっちゃんみたいになってたかもしれない。でも、一人じゃないから大丈夫だと思えたよ」
微笑みかけてくれるハルの瞳の優しい色が、ふわりと広がって私を包み込んだ。不思議なあたたかい感覚に、息をのむ。
「さっちゃんもヒロも芙雪も、俺が何言われても離れていかない、俺のそばにいてくれるって信じてたから。引っ越してきてみんなに会えて良かった。そこだけはいじめたヤツらにも感謝してる」
画面の中ではボスを倒した私たちのキャラがガッツポーズをして喜んでいた。レベルも上がったみたいで獲得経験値と現在レベルが表示されるのと一緒にファンファーレの音が流れている。ひとまずクエストは完了したけれど、私たちの冒険はまだ続く。
私には無理かもしれない。だけど、この人たちといれば私もハルみたいに乗り越えられるかもしれない。彼らと一緒なら、カメラの前に立っても平気になれる日がいつか来るかもしれない。一瞬だけ、そう思えた。
*
「ハールー、おはよ」
翌日、マンションの前を自転車で通り過ぎようとしているよく見知った顔の男子高校生に駆け寄ると、相手は驚いたように自転車を止めた。
「さっちゃん、おはよう。朝からどうしたの……あ、学校行くの?」
「うん。昨日ハル、文化祭の準備で登校するって言ってたから、私のクラスも準備あるし一緒に行こうかなと思って。いい?」
「もちろん」
私もハルのとなりに自転車を押して、サドルにまたがる。ふと彼の後頭部を見ると、寝癖で髪が変な方向に跳ねているのを見つけてしまった。
「ぶっ……」
「え? 何笑ってんの?」
戸惑ったようにきょろきょろしているハルの頭を遠慮がちに指差す。
「髪、めっちゃ変なとこに跳ねてるよ」
「うそお、どこどこ? あ、ほんとだ。うわ~恥ずかしい」
自分で頭を触りながら落ち込んでいる姿にまた笑ってしまう。
「学校着いたらヘアピン貸してあげるよ。取りあえず行こうよ」
あんまりここで止まっていたら通行人の邪魔になるし、しかも朝とはいえ夏の日差しが暑い。早く学校まで行ってしましたい。
「ヘアピンってつけたら痛い?」
「何と勘違いしてるのか知らないけど痛くないから」
「痛くないならいいや、ありがと……」
はあ~、とため息をつきながらペダルをこぎ始める彼の後ろ姿を眺める。
制服である白い半袖シャツが朝の太陽に照らされて目に眩しい。
「ハル!」
後に続いて出発する前に、もう一度だけ呼び止める。自転車が再び止まる。寝癖頭が振り返って私を見た。
「今度は何だよー?」
少し離れた距離から届いた声に、私は大きめの声で答えた。
「ハルは何もなくなんかないよ! ハルちゃんねるを作ったのはハルだから、ハルがいないと何も始まってなかったよ!」
ハルがいなければ、私は動画の編集なんかしていない。ハルがいなければ、芙雪くんはいじめられているままだったかもしれない。ハルがいなければ、ヒロは喧嘩とゲームばかりしている毎日だったかもしれない。
ハルがいなければ、私たちは出会ってもいないし友だちにもなっていなかった。
すべての始まりだったハル。彼は一瞬ぽかりと口を開け、照れたように表情を崩してくしゃりと笑った。
「それ、忘れてって言ったじゃん……でも、ありがと!」
蝉の鳴き声がふと耳に入ってきた。今日も暑くてどうしようもない夏の一日が始まる。
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