2-7 警察沙汰
「ヒロー! 芙雪くーん!」
私たちの声が届く程度に近づく頃には、ヒロは五、六人はいる芙雪くんに絡んでいたらしい人たちを全員地面に転がしていた。改めて見ると見慣れないすごい光景で、私は一番近くでうずくまっている金髪の男子が小さく呻いたのにビビって少し後ずさった。
「二人とも来なくていいって言ったのに」
どことなく普段の呑気さに加えて殺気立った雰囲気のヒロが、私たちの姿を見て目を丸くする。彼は頬についていた血と思われる赤いものを、服の袖で無造作に拭った。彼自身はケガはなさそうだから、誰か殴った相手の血だろう。
本当に一瞬だけ、ヒロを怖いと感じたけれど、すぐにその感情は心の隅に押しやられた。
ヒロは何やっててもどうせ私の幼なじみのヒロだし。そして今はそんなことよりも芙雪くんだ。
芙雪くんは騒動があった隅っこで地べたに座り込んでいた。ちょっと泣いているみたいで隣りにいるヒロの友人らしき男子にティッシュを手渡されている。
「芙雪くん、大丈夫?」
私とハルが駆け寄ると、芙雪くんは無言で頷いた。でも、唇の端が少し切れて血が出ている。殴られたりしたのかも。履いているジーンズのポケットに入れていたハンカチを取り出して血を拭いてあげると、芙雪くんの目と鼻からどんどん液体が出てくる。
「あー、泣くな泣くな、ほらティッシュ」
そう言って隣りから追加でティッシュを差し出す男子になんとなく視線を向ける。ていうかこの人、ヒロの友達で合ってるよね……? 明るめの茶髪をワックスでがっつり逆立てている。顔立ちは目と眉がきりっとしていてモテそうだけど、チャラそうでもある。
「な、なんすか?」
私が観察していることに気づいたその男子が、戸惑い気味に私を見る。
「えーと、ヒロがやっつけてないってことは、味方なんですよね……?」
失礼かもと思いつつ疑うように質問すると、その男子は慌てて首をぶんぶんと縦に振った。
「そ、そりゃもちろん! てか、この子見かけて志大に連絡したの俺だから! 志大みたいなのと敵対してこいつらみたいにぶっ飛ばされるのは御免だよ」
あ、そうなんだ。この人が最初にヒロに連絡くれた人か。それにしてもぶっ飛ばされたくないってヒロ、友達にも怯えられてるじゃん。まあ、この惨状を見れば絶対に敵に回したくないという気持ちは理解できなくもないけど。
もう十年以上の付き合いだけど、ヒロがこんなにガチで誰かを殴った後の現場なんて見たことないし、変な感じだ。彼について知らないことってまだまだあるんだろうな……。
「てか、ねえこれどうすんの? なんかパトカー来たんだけど!」
ハルが慌てたように指差す先を見ると、確かにパトカーがすぐそこの道に停車して、中から警察官が出てくるところだ。近所の住人か通りかかった誰かが通報したのかもしれない。
「やばくない? 見ただけだとヒロが悪者じゃん。いや、まあ全員殴ってダウンさせたのは事実だからヒロも暴力ふるったのは本当だけど」
「さっちゃん、辛辣。芙雪守るためにやったのに」
困ったようにヒロがため息をつく。もう殺気は完全に消えて、いつも私たちに見せているようなのほほんとした空気をまとっている。芙雪くんがティッシュでずびーっと鼻をかんでから、おずおずと口を開いた。
「ちゃ、ちゃんと僕もヒロさんたちに助けてもらったって説明するから……」
それを聞いたハルが自分自身を落ち着けるように、こくこくとせわしなく頷きながら私たちを見渡す。
「よくわかんないけど芙雪の言う通り、正直に説明するしかないよな。もうここにいる全員。今から逃げるわけにもいかないし多分俺やさっちゃんも捕まっちゃうよね。みんなでヒロが一方的にやったわけじゃないことを証明しよう」
「ありがとー。でもそんな緊張しなくていいと思うよ」
ヒロがのんびりとハルに言う。彼が「な?」と同じ芙雪くんの隣りにいるチャラそうなご友人に視線を向けると、彼も平気な顔でうなずいた。
「俺や志大は、おまわりさんには慣れてっし。それにあんたたちはどう見ても巻き込まれただけの人たちだから別に叱られたりしないと思うっすよ」
「あ、そ、そう……なの?」
実は警察のお世話になることなんて初めてだから心臓がバクバクしていたんだけど。あまりにもいつもと同じであくびしたりしているヒロと彼の友人に、私とハルは気が抜けたように顔を見合わせた。
もしかして私たち、慌てすぎてる……?
「君たちー、何やってるのー!」
こちらに近づいてくる二人の警察官の怒声が私たちの耳に響いた。
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