2-3 飛び入りのお客様
「で、色々って?」
とりあえずその男の子も含めて全員ハルの部屋に戻り、撮影の前に事情を尋ねてみる。そこそこ広めの部屋とはいえ、男三人を含む合計四人の人間が集まると、少々圧迫感がなくもない。
ヒロが連れて来たその子は、最初にびくびくとした様子で「
長身のヒロの横で三角座りしている彼と、もともと小柄なのがより小さく見える。顔立ちもまだ中学生ぽい幼さが残ってる感じで童顔。あと色白で目がぱっちりしてるから美少年という言葉が当てはまる。知らない私たちに囲まれておびえているのがわかる。
「ヒロの後輩?」
ハルのおばあさんが淹れてくれたお茶をヒロと芙雪くんに手渡しながら、ハルが質問すると、ヒロはううん知らないやつ、と首を横に振った。じゃあ何なんだ、この子。
「学校帰りにヤンキーたちに絡まれてるの見つけて気の毒だったから、割り込んで連れて帰ってきただけ。だよな?」
話を振られて芙雪くんは、こくこくとうなずいた。
「助けて、もらいました。僕、いつもパシリに使われてたかられるたりしていて。今日もそれで、金出せって言われてて、そしたら、なっ、奈津田先輩が来て……」
芙雪くんはしどろもどろに説明しながら泣き出してしまった。なんとなく気持ちはわかる。元々不良に絡まれていたうえに、助けてくれたのも奈津田志大というここらじゃ有名な不良なのだ。芙雪くんからしたらわけわかんないだろう。というか「怖い」に「助かったけど更に怖い」が上塗りされた状態だろう。
見た目が地味で女子の私ならそんなに怖くないんじゃないかな~なんて思って、私は芙雪くんに涙と鼻水を拭くためのポケットティッシュを差し出した。
「大変だったね。ヒロは不良界隈では暴れてるっぽいけど、普段は普通だからそんな怖がんなくても平気だよ。私たちも別に芙雪くんのこといじめたりしないし」
「不良界隈ってなんだよ」
「だってあんたのこと、よく噂で聞くもん。喧嘩したらすごいらしいとか」
芙雪くんはティッシュでずびーっと鼻をかんで、涙目でうるうるした顔で私を見上げた。か、可愛い。
「……は、はい。それは、わかります。助けてもらったし優しくしてくれて、ありがとうございます」
なんだろう、この小動物感。初対面でさすがに引かれるかなー、と思いつつ、ついよしよしと頭をなでてしまった。内心で引かれたかはわからないけど、芙雪くんはされるがまま。ハルも芙雪くんに構いたいのか、「お茶は? おかわりいる? いる?」と迫っている。
「ていうか、せっかく来たんだし芙雪くんもドーナツ食べていきなよ」
……ん?
ハルの提案に、ちょっと待ったと私はドーナツの前に立ちはだかった。
「これ、撮影用だよ?」
「あっ、そうだった」
申し訳ないけれど、ドーナツを全種類食べるという企画なのに、撮影外で芙雪くんにおすそ分けしてしまったら企画倒れだ。
「……芙雪が動画に出てもいいなら、一緒に食べればいいんじゃないの?」
ヒロの言葉を聞いて、私とハルは無意識に芙雪くんへ目を向けた。
「それは、芙雪くんがいいなら、いいけど……」
状況を飲み込めていない芙雪くんが、不思議そうに私たちを見回す。
「な、何ですか……?」
「えーっと。なんて言うかな」
ハルが顎に手を当てて少し考えた後、芙雪くんに向かって口を開いた。
「俺たち、三人でユーチューバ-やってるんだ。ハルちゃんねるっていう」
「あ……クラスで聞いたことあるかも。動画見たことはないんですけど、すみません」
芙雪くんは申し訳なさそうに誤ったけれど、私はちょっと感動していた。知らない人にも私たちのチャンネルの存在が知られているんだ。なんか、嬉しい。
「全然、名前知ってくれてるだけで嬉しいから。それにこれからもっと有名になるもんな?」
ハルの笑顔に私やヒロもつい笑みをこぼした。有名に、なるのかな。
「それで、今日はひたすらドーナツを食べるだけの動画を撮るんだけど、芙雪くんも動画に出ていいなら一緒に食べてく?」
「それはなんというか……僕のほうこそ逆に、出ていいんですか?」
遠慮がちに私たちを見る芙雪くんに、ハルも私もヒロもうなずいた。美味しいものは共有したほうがいいに決まっている。ハルはそんなことよりもこの量のドーナツを倒してくれる人員を増やしたいと顔に描いてあるけど。
芙雪くんの顔がぱあっと明るくなる。
「実はさっきからこのドーナツの山、気になってて。甘い物、好きだから嬉しいです」
そうだろう、そうだろう。私は心の中でめちゃくちゃ同意する。お菓子は人を元気にするよね。
撮影が始められるようにドーナツの位置を調整したり部屋の中を少し片付けてから、私は自分だけレンズに映らない位置に移動して、カメラのボタンを押した。
「録画始めたよー」
「おっけー。じゃあいくよ。……皆さんこんにちは! ハルちゃんねるのハルです!」
「ヒロでーす」
「さっちゃんです」
ハルとヒロと芙雪くんは画面に映っているけれど、私は声だけで挨拶する。いつも通り、あとはハルが進めてくれる。
「今日はヒロの後輩のフユキくんがお客さんに来てくれました~!」
「こ、こんにちは~……」
緊張しているのか、芙雪くんがぎこちない笑みとともに頭をぺこりと下げる。
彼の肩を、ハルが軽く叩いた。
「というわけで、今日は彼のおもてなしも兼ねてドーナツ食べまくりお茶会です。紅茶も用意したよ!」
「紅茶ってこれ? うわ~よくわかんないけど高そう」
「え、家にあったやつなんだけど、スーパーでよく売ってるやつじゃないの?」
「高級スーパーになら置いているかもしれませんけど、そこそこ高いブランドですよそれ。古くはフランスの王室が飲んでいたともいわれるメーカーの……」
「待て待て待て。飛び入り参加のフユキがなんでそんなに詳しいねん」
なんでヒロは関西弁やねん。
私は、カメラの前に仲良く三人並んで大量のドーナツとともに座っている男子三人をカメラの後ろから三角座りをして眺めた。なんというか、男子高校生たちが紅茶の話をしてるのって可愛いかも。笑っちゃいそう。
「さっちゃん、なんで笑ってんの?」
「え? なんでもない」
やばい、ほんとに笑ってたみたい。
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