その名もAB部!

長月瓦礫

その名もAB部!


「成人おめでとうございますー」


振袖などで着飾った人たちに手元の冊子を渡していく。

振袖で着飾った女性たちは髪型もきれいに整えられ、大人っぽく見える。

スーツを着ている男性たちはしっかりしていて、何とも頼もしそうだ。


毎年、南風市文化会館のホールでは成人式が行われる。

地域ごとに午前と午後の部で分かれ、彼らは午前の部の受付を任されていた。


伊勢透、志摩恵と神宮寺修の三人はAB部に所属していた。

南風高校AB部。その名の通り、エビに関する何かをするわけでもない部活だ。

部員が5人以上集まらないと部活として認められないので、あくまでも同好会として扱われている。


その名前の由来は三人が全員AB型だからだ。

三人の自己紹介が終わってからすぐに決まった名前だった。

高校生になったからには何かしたくて仕方のなかった透が、恵と修を誘って結成したのである。


「何かいいねえ、楽しそうだよね」


恵はきらきらとした表情で入場者を見ていた。

将来はあんなふうに自分も着物を着て、成人式を迎えるのだろうか。

そう考えると、何だかわくわくしてくる。


「まあ、すでにできあがってる人たちも何人かいるけどな……」


苦笑いしながら、透が玄関の方を見る。

スーツの男性が顔を真っ赤にして、入場していた。


「まあ、ああいうのも大人の特権ってことで……」


透の隣にいた司も笑顔で出迎えてはいるが、眼鏡の奥の瞳は笑っていなかった。


「特権は特権だろうけど、見たくなかった」


失望したと言わんばかりに、恵は肩を落とす。


「まあ、友達もいるみたいだし、大丈夫じゃないか?」


その酔っ払いは友達に肩を支えられ、一緒にホールへ吸い込まれていった。




「高校生らしく何かやりませんか!」


顧問の関本先生が椅子から立ち上がった。

真冬の日差しが窓から入り、透の金髪が輝きを増す。


志摩恵と神宮寺修、伊勢透の3人が揃ったところで、彼は話を切り出したのである。

部室はただでさえ狭苦しいのに、先生の動きで余計苦しく感じる。


「急に何ですか」


「高校生らしく……?」


白い目を向ける恵と首をかしげた透を見て、先生はなおも強調した。


「AB部に頼みたいことがありまして」と話を切り出した。


無事に年が明け、学校も始まった。

休みボケが完全に抜けきっておらず、どこか締まりきっていない空気が学校には流れていた。


「年明けてからまだ間もないんですけどね……何があったんですか」


修は眼鏡の位置を調整した。

彼はAB部の中では一番成績がよく、他の二人は彼に勉強を教えてもらっていた。

彼自身も夜遅くまで勉強していたのか、眼の下にクマを作っている。


「変なことは頼みませんよ。AB部にぜひお願いしたいことがありまして!」


「いや、何で俺たちなんですか。他に頼めばいいじゃないですか」


「実はですね、成人式の受付を担当してほしいのですよ」


透の指摘を無視して、先生は「成人式の運営書」と書かれた書類を取り出した。


「何で成人式?」


それこそ、高校生らしさの欠片もないではないか。

数年後に迎えるとはいえ、かなり先の話だ。


「高校生らしいというか、まあ、一足先に未来を見ておくのも悪くないと思いますよ。すみませんね、いつも面倒ごとを持ち込んでしまって」


先生は軽く頭を下げた。

成人式を運営している知り合いから、人手が足りないから生徒を呼べないかと言われたらしい。


「それで僕たちのところに持ってきたんですね」


AB部は人数の少なさやこれといった活動目標もないので、先生たちから雑用を頼まれることが多かった。ボランティア同好会に改名した方が分かりやすいくらいだ。


AB部が他の部活のように、何か目的があって結成されたわけでもないからだろう。

今回のような先生たちからの頼まれごともあって、自由に活動はできている。


「当日は運営委員会の指示に従っていれば大丈夫だし、お願いできないかな?」


改めて、先生は言った。これから先、何回も言うに違いない。

面倒なことになる前に、引き受けたほうがよさそうだ。


「まあ、そこまで言うんなら……お前らもどうせ暇だろ?」


横に座る二人を見る透。


「確かにねえ」と恵はうなずく。


「一足先に成人式を見ておくのもいいかもしれないね」と司も前向きだ。


成人式の受付担当の業務を引き受けることにした。




受付の業務があらかた終わると、裏口から会場の中に入ることができた。

今は成人式に招かれたバンドがステージでライブをしていた。

このライブも毎年行われているらしい。


最前列の参加者は立ち上がり、手拍子やらコールやら適当に打っていた。

二階席の参加者も舞台に注目し、静かに聞き入っていた。

ここから見ていても、盛り上がっていることが十分に分かる。


「盛り上がってんなー」


「この後、すぐ戻らなきゃいけないのが惜しいね」


「ねー、あんま時間ないんだよね」


休憩時間と言っても、そんなに長くはない。

バンドが最後の挨拶を迎えるころには戻ってきてほしいとのことだった。

受付に戻り次第、参加者たちを見送る準備をしなければならない。


「成人の皆さんありがとうございましたーッ!

これからの人生、いろいろあると思います!

無理しない程度に頑張ってください!」


彼らが一礼すると、また最前列から声が上がる。


「んじゃ、行くか」


名残惜しさを引きずりつつ、三人はこっそり裏口から出て行った。




「成人式、よかったよなー!」


透の声が帰り道に響き渡る。

成人式も無事に終了し、AB部は帰路についていた。

雲一つない空に太陽が顔を出し、今朝より寒さはだいぶ和らいでいた。


「俺たちもあんなふうになれるのかな?」


ちなみに、金髪に染めるというのも高校生になったらしたいことのひとつであったらしい。今日は式典で受付をするということもあって、カツラをかぶり、黒髪になっていた。


式典が終わると、すぐに駅のトイレでかつらを外していた。

金髪が太陽に反射し、きらきらと輝いている。


透と司はスーツとネクタイで、しゃきっと決めるのかな。

私もきれいな振袖を着て、参加するのかな。


数年後に迎える式を考えると、胸のわくわくが止まらない。


「なれたらいいね! みんな一緒に集まってさ!」


あそこの会館に三人で集まって、昔の話で盛り上がるのだろうか。

お酒を片手に飲みあって、笑いあえるのだろうか。


「また、あそこで会おうよ! 三人でさ!」


司の言葉に、他の二人もそれぞれうなずきあう。

自分たちにもあんな将来が待っているのだろうか。


透き通った青空の向こうに、明るい将来が見えた気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る