困ったもんだよ、こじきちゃん!

無名

01:自販機だよ、こじきちゃん!

 あなたの周りには、ケチな人っていますか?

 度合いはいろいろありますが、あまり自分の懐からはお金を出したがらない人のことです。

 私の場合、います。

「みーちゃん、おっはよー!」

「あ、モナちゃん。おはよ」

 「みーちゃん」というのは、私の愛称だ。なんだか猫の名前のようで恥ずかしいのだが、もうこれで定着してしまったため、訂正は諦めた。

 ふわふわした雰囲気が相変わらずの彼女は、じきもなこ。表の愛称は「モナちゃん」だ。私と同じ大学に通う友人である。

 表の愛称があるということは、もちろん裏の愛称も存在する。

「あっ、渡部わたなべ先生だ。またコーヒーかな?」

 モナちゃんがそう言い視線を向けた先には、自販機の前に立つ准教授・渡部の姿があった。彼はしょっちゅう学生ホールに設置された自販機でのみ販売されている缶コーヒーを目当てに現れる。

「あのコーヒー、苦くて私はあんまり好きじゃないかな……って、あれ? モナちゃん?」

 気付くとモナちゃんは渡部の方へスタスタと近づいていた。

 どうしたのだろう。私はそう思いつつ、なんとなく彼女の次の行動が読めていた。

「せんせー、おはよーございます!」

「ああ、敷さん。おはよう」

「コーヒーですか?」

「そうだよ。こいつはここの自販機でしか売ってないからね」

「そうなんですねー」

「研究室から遠くてね。困ったもんだよ」

「ふーん……」

「……?」

「にへへ~」

「…………なんか飲む?」

「いいんですかっ!? フルーツオレが飲みたいです!」

「うん……」

「ごちそうさまです!」

 ほらね。

 私は知っていたのです。彼女にはそういう狙いがあったのだということを。

「おお、今日もやってるみたいじゃん」

 そう言い私の肩にポンと手を置いたのは、同期の友人であるさきかわ乃々香ののか。愛称は「ノンノ」。ちなみにノンノには表も裏もない。

「ノンノ、おはよ。うん、さっそくやってるよ」

「さすがだな。『こじきちゃん』は」

 敷もなこ。彼女の表の愛称は、「モナちゃん」。そして裏の愛称は、「こじきちゃん」。

 ちっちゃくて、名字が「じき」で、ケチだからこれしかないという理由でノンノが命名した。

「わーい、フルーツオレおごってもらったー」

 モナちゃんが実に嬉しそうに私たちのところへ戻って来た。

「へえ、よかったじゃん。さっ、モナもご満悦だし、講義室行こうぜ」

「そうだね。モナちゃん、行こ」

「おっけー!」

 誰も本人に直接は言わないけれど、本当はみんな気にしてる。

 モナちゃんの正体が、こじきちゃんであることを。

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