雪に願いし ぬいぐるみの恋

モグ

第1話 ぬいぐるみは目覚める

 サンタクロースの良い子リストに名前が載っているキミだけに、不思議な物語を教えてあげよう。常識では考えられない、魔法のような出来事だが、これが起きたのは揺るぎない事実だから、それだけは心に留めておいてほしい。


 世の中には物語が事実で、事実が物語のようなことも起こるんだ。


 それじゃあ始めるよ。


 

 それは雪の降り注ぐクリスマスイブの午後のこと。サムはベルトコンベアに寝そべり右から左へと流れる蛍光灯を見つめていた。


 なぜどうしていつそうなったかなんて分からない。突然自我が目覚めてしまった黒猫のぬいぐるみだから、そこまで細かいことは理解していなかった。


 柔らかい綿を詰められた右手をピクリと動かすと、サムは「どうしよう」と頭を悩ませた。


 機械音と軽快な音楽、時々響く人間の言葉がサムの小さな耳に届く。緑色の目玉ボタンを動かすと、窓の外に真っ白な粉が降っていた。


 もちろん、それは今が冬であって、雪の季節真っ只中であるからだということをサムは知らない。

 さらに言えば、ここはサンタクロースのクリスマス工場であって、サムは、世界中の子供たちのためにサンタクロースが配るプレゼントのひとつとして作られた黒猫のぬいぐるみである。


 しかし、サムは一度も自分で動いたことはなかったし、ましてや口がないから、話したこともなかった。それに工場の外に出たことだってなかったから、ほとんど何も知らなかった。


 そんなサムでも、知っていることはいくつかあった。その殆どは、何かの拍子にぬいぐるみの耳に入ってきたり、目に入ってきたものだ。

 だからか、数は限られていた。サムが知っているのは、自分がぬいぐるみであることと、今日”サンタの袋”に詰められることと、とある人が瞳に映るとないはずの心がドキドキすることだった。


 その人の髪は蛍光灯に照らされると、キラキラと輝く金色だった。青色の瞳は、時々窓から見える空のようでキレイだった。


 この感情が何なのかサムにはわからなかった。名前のあるものなのかもしれないし、前代未聞のものなのかもしれない。何だかわからなかったが、ニッセはサムにとって特別な存在だった。



 ギーガシャンっと音を立てて、サムの乗ったベルトコンベアが動きを止めた。どのくらいベルトの上にいたかもわからなかったサムの上に、大きな影が落とされた。


 蛍光灯の眩しい光に目が慣れていたサムは、突然のことに体を強張らせる。


 もちろん、サムはぬいぐるみだから動けるはずはなく、動いて良いはずもないのだが、そんなことを本人は理解していなかっただろう。


「よお、ニッセ、もうこんな時間か」

「おはよう、ヨハネス。お疲れ様、家に帰って家族と良いクリスマスを過ごしてね」


 ニッセと呼ばれた青年が金色の髪を輝かせて手をふる。シフト交代の時間のようだ。今までベルトコンベアの横に立っていた青年が「ここから検品してくれ」と告げて部屋を去った。


「さーて、ぬいぐるみさんたち、ちょっと失礼するよ」


 大きなニッセの指が、サムの隣に並んでいた黒猫のぬいぐるみを持ち上げた。


 ドキドキとサムの心が音を立てた。

 ”サンタの袋”がなんだかわからないが、今日ここを去る運命であることには間違いない。

 何度かベルトコンベアから見えたニッセに会えるのもこれで最後に違いないとサムは思った。


「よし、キミは大丈夫だね。耳も定位置についてる。両腕両足も完璧。目もしっかり縫い付けられてるね!」


 嬉しそうにそう言ったニッセは、そのぬいぐるみを直ぐ側の箱に入れた。


 あの箱に入ったらもう出てこられない。


 サムはそう理解すると、悲しさに飲みこまれた。

 ニッセの青色の瞳がサムを捉える。見つめられただけでサムは体全体がドキドキしているような感覚に包まれた。


「次のぬいぐるみは……」


 優しい手付きで頭を撫でられたサムのしっぽが嬉しそうに揺れた。そのことに気づかないニッセはそのまま検品を始める。


「耳はちゃんとくっついてるね」

「…?!」


 紙に何かを書き込んでいたニッセは、生まれてはじめて誰かに耳の付け根を触られたサムが、驚いて目を見開いたことに気づかなかった。


「次は腕だね。よし、縫い目はしっかりしてる」

「っ…!」


 ニッセの指がサムの脇を擦り、ふわふわのしっぽがふるふると揺れた。仕事に集中しているニッセがこれに気づくことはない。意味のわからない感覚にゾワゾワと体を震わせながら、サムは動かない目玉ボタンでニッセを見つめていた。


 今までで一番この人のそばにいる。

 綿の詰まった体がポカポカとほてりだした気がした。


「最後は脚を確認して終わり」

「ミッ…!」


 サムには口がなかった。それはサムがそういうデザインだったからで、猫のぬいぐるみによくあることだった。もっと言えば、犬のぬいぐるみも大概そうなのかもしれないし、クマのぬいぐるみも同じなのかもしれない。


 とにかくこのクリスマス工場で作られる動物のぬいぐるみに口は付いていなかった。


「ん?なんの音だ?」


 そんなサムから漏れた声がニッセの耳に届いた。聞こえてはいけなくて、聞こえるはずのない声が聞こえたのである。


「気のせいかな」


 今の時間帯に、この一区で働いているのは自分しかいない。ましてやクリスマス前日の今日に、仕事場に居残っているサンタクロースの手伝いなどいないだろう。


 屋根に積もった雪が崩れた音かもしれないし、工場の隙間から入り込んできたリスかもしれない。検品作業を進めるにはどちらにしろ問題ないだろうと、ニッセはサムの脚に再度触れた。


「うーん、縫い目が甘いな。これじゃあすぐホツレちゃう。残念だけどキミは、補修用のカゴ行きだね」


 ニッセの優しい瞳が段々離れていくとともに、サムは自分が完璧ではないぬいぐるみの山のてっぺんに置かれたことに気づいた。


「大丈夫、あとで直してあげるから」


 そう言うとニッセには次のぬいぐるみの点検を始めたのだった。

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