第6話
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「…ずっと、気になってたんです。あの人を見たローウェンさんも、陛下も、一瞬驚いてました。何故ですか?」
平凡な髪、平凡な顔のその兵士は、きっと実力者では無いのだろうか。
騎士団長とまでは行かなくとも、国王にも覚えがめでたい腕前の兵士なのでは。という予想でマリは指名したのだった。
ジラールとローウェンが何か言おうとするのを遮るかのように、3人の視線を受けた兵士が自らの顔を覆うように手を翳すと、ぐにゃりと髪の辺りの空間が歪み、冴えないくすんだ茶髪が燃えるような赤毛へと変じた。
「…やれやれ…まさかこんなちびっ子に疑われるなんてな…」
耳にかかるぐらいの跳ねた赤毛をガシガシと掻きながら薄い紫色の瞳をマリへと向ける。
兵士の格好も一瞬燃えるように揺らめいたかと思えば、ローウェンが着ているような騎士服を崩した服装へと変わり、感触を確かめるように肩をぱっと払ってから部屋の隅からソファの側まで歩み寄る。
「ここの2人が俺を見て驚いてたのは、俺が火竜だからだよ。」
そう、さらりと言ってのけた。
(失敗した…)
マリは兵士だった男を見て即座にそう思った。
いきなり髪の色や顔の作り、服が変わったことにも驚いたが、何より先程ローウェンに言った、目立つ、という点に於いて目の前で笑う赤毛の男も負けていなかったからだ。
ローウェンやジラール王とも違う、粗野にして華やか、かつ男らしさもある顔立ちと、ローウェンと並んで頭半分ほど高い背。
ローウェンよりも目立つのは明白だった。
「…っ、申し訳ありません…まさか兵士としてここにいらしたとは知らず…思わず…」
己の失態を恥じるように、兵士だった男へと頭を下げるローウェンにひらひらと払うように手を振って、先程ジラール王が腰掛けていた1人用のソファへと腰を下ろし、長い足を組んで肘掛に肘をつきながら面白そうに人間たちを眺める。
「何から話せばよいか…」
まさかマリが兵士を指名するとは思わなかった上に、あっさりと正体をばらしたかの竜にも驚きつつ、ジラール王はソファの背もたれに身体を預けながら思案した。
まずはこの国の成り立ち?いや、竜が人に変じていること?それともこの方のことだろうか。
「…この国の始まりは、お借りした本で読みました。竜というものがどう言う立ち位置なのかも。この方が選んでくれた本で。」
ぐるぐると思考するジラール王を見て、先んじてマリが言う。
兵士だった男が選んだ本は、分かりやすい絵物語と、竜がどういう存在なのかを説いた教本のようなものだった。
有り体に言えば
その点からでも、やはり失敗した。と思わずにはいられなかったが…
「せっかく指名されたんだ、今更なしになんてしないで欲しいんだがな?」
それはもういい笑顔で、
この国の竜の立ち位置は人の友、そして比類なき力で国を護るもの、だ。
故に人は竜を敬う。王とてそれは変わらない。
『必ず護ると約束する。』
思案に暮れる人間たちにハッキリとした声が沁みるように響く。
声に己の力を乗せて発言し、違えることなく履行すると示したのだ。
「って訳で旅支度だったか?さっきの3人とは別の部屋がいいな。俺がいつも借りてる部屋にするか。」
呆気に取られる3人を他所に元兵士は少しだけ悩んでからそう言い、マリの手を取る。
いくぞ、とばかりに軽く引いて立たせ、見上げてくる残りの2人に路銀と旅装を頼んでからさっさと執務室を出ていった。
「なんで、よりによって当代の竜王が…」
「知らん…俺はもう知らん…ロー、路銀と旅装の用意だけ頼む…恐らく、竜王であることは伏せていくのだろう。火竜といったのはその表れだと思う。」
執務室に残された2人は力なく項垂れながら話し合う。
この国どころか全ての竜の頂点にいる存在が護衛に就くのだ、護りは磐石だと言える。
だがしかし、ジラール王はきっと普通の旅にはならんだろうな、と予感していた。
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