第18話 異界の容疑者

 きつく縛られている縄によって、少しでも動こうとすれば食い込み痛みを感じる。ここまで見事に縛り上げるとは、あのカールという男が元警官というのもあながち嘘ではないのであろう。


「マキナ。悪いな巻き込んでしまって。」

「シンはドジですからね。」

「おいおい、今回ドジ踏んだのはお前だろ。奴の異世界特性オリジナルのせいで、もう斬撃も飛ばせなくなったんだろ?」


俺の指摘にマキナは不満そうな顔をする。


「たしかに、タクトを仕留められなかった私にも責任はあります。でも無抵抗で捕まってしまうなんてアホです。アホ。」

「コラ、どこでそんな言葉覚えて来るんだ。まったく。そんなことより、ベティが心配だ。」

「彼女も拘束されているんですか?」

「どうだろうな。昨日からずっと放心状態が続いているから、特に警戒もされていないとは思うが。」

「ならいいですが。でもどうして簡単に捕まるようなマネを?」


マキナは呆れたように肩を落とし、そう聞いてくる。


「仕方ないだろ。あの場は完全にアイツがコントロールしていた。変に喚けばさらに不利になっただろうさ。」


タクトは味方を次々に増やしていた。朝食の際の彼の立ち回りは、中心人物であるエウルールの疑いの眼差しを完全に俺に向ける見事なものであった。


「・・・シン、このままだと私たちの目的も・・・」

「わかってるよ。考えはあるさ。」



 俺たちの目的、デューオへの制裁。勇者として転移してきた奴は、この世界の魔王すらも支配し、遂には”管理者”の一部も手中に収めている男だ。”管理者の残りの領域”は完全に支配される前に最後のマキナを生み出し、俺をこの世界に呼び寄せた。


 あの冬。2019年12月31日。曇り空の下、近所の商店街を一人で歩いていたところでマキナに出会った。昔から好きだった正義のヒーローの主題歌を口ずさんでいたところを---。


 その後、目覚めた俺は真っ暗な部屋にいた。状況がつかめずその場に立ち尽くしていると、足元にひんやりとした液体が広がっていることに気づいた。次の瞬間目の前の扉が強く開かれ、綺麗な女性が現れた。扉が開かれたことにより光が入り込み、足元の状況もはっきりと認識することができた。

そこには首が切り落とされた老人の死体が横たわっていた。


「お父様・・・。」


その扉を開いた女性は膝から崩れ落ち、涙を流す。間も無くして、使用人と思われる複数の男に拘束され、この屋敷の主人の元へ連れていかれる。

---パスカル・ハインミュラー。エリザベスという(先ほど泣き崩れていた女性)女性との間に一人娘を持つ、古代魔具の研究者であるという。


「ようこそ。君は異世界から来たんだってね。」

「・・・あぁ。」

「そして転移ついでに私の父を殺したと。」

「それは違う!俺は誰も殺してなんていない!」

「あの状況下で、それをどう証明する?」

「それは・・・。」


パスカルは不敵な笑みを浮かべ、俺の耳元で囁く。


「でも感謝しているよ殺人犯君。正直父にはうんざりしていたところなんだ。」


その言葉に俺は背筋が凍るのを感じた。


「感謝はしているが、君が殺人の容疑者であることには変わらないな。」


パスカルの瞳に吸い込まれそうになっていると、突然若い女性の悲鳴が響く。


「おっと、しまった。娘がよく無いものを見てしまったようだ。少し待っててくれ。」


おそらく彼の娘があの死体を見てしまったのであろう。彼女にとっては祖父にあたる者の死体を。パスカルはゆっくりと腰をあげ、娘の名を叫ぶ。


「ベティーナ!大丈夫か?」


この日、俺は英雄ではなく人殺しになった。

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