第89話 買い取り

「推薦だなんて。ゲラゲラ。花の水仙のことじゃないのか?白石デカチョーが、おまえを推薦するか?物が違うだろう?水仙の葉には毒があって喰えば腹痛が起きるかもよ」

犬神がそう言うと更に腹を抱えて笑った。

「そして、おまえたちは見事に阪神高速でヘマをやってくれた。陳伶を死なせてしまい、運転手の谷河口がショックで退職した。おまえで良かったよ。危うく恥をかくところだった。お前以外なら、首をくくるところだった」

「ここに来ていたのは、偶然なのか?」

そう訊ねると、白石は曖昧に笑った。

「おまえは極楽トンボか?」

そう一言残して立ち去った。体裁さえ整えれば、藤澤にとって、元大阪府警の人間であれば誰でも良かったのだ。自分が惨めに感じた。


藤澤が動いた。腕時計を見る。11時10分前だった。携帯のバイブが震える。恐らく松川からだろう。雨がキツくなって、予めバイクを、藤澤の乗るレクサスを見落とさないように本社ビル近くに移動しておいた。カローラが、ゆっくりと車道に出て後をつける。バイクは距離を置きながら走っていた。レクサスは、そのまま大阪方面に向かった。雨がスピードの加速と共に強く身体に当たる。水の中を泳いでいるような気分になった。大山崎インターから名神に乗った。ETCをバイクで通過する。その後をカローラがついて来た。雨が少し弱まった。豊中から阪神高速へ入り、車は大阪市内に向かう。


そして北浜に向かうと、阪京銀行に到着した。12時05分だった。今日の予定には無い行動だった。雨が霧雨のようになって来た。しばらくすれば雨も止むだろう。カローラと合流した。合羽を脱ぎカローラのトランクの中に入れ後部座席に座った。


「予定には無い行動だな。京浜銀行は大阪の地方銀行だろう?どういった用件だろう?」

安が後ろを振り返りそう訊ねて来た。

「わからないな。全く」

1時間ほど後に、藤澤の車が出て来た。慌ててカローラとGSXカタナで後を追う。


そして天王寺方面に向かう。信号待ちで距離を詰めたり、遠目で様子を見たりしたが気付かれなかった。天王寺に入った。あべのハルカスが視界からはみ出る。ビルの地下駐車場にレクサスが降りて行った。

ビルの上部にある巨大な看板を見ると、成型開発のビルだった。成型開発グループのビルの前を通り過ぎ、コンビニの駐車場にカローラとバイクを停めた。

安たちが車から降りてきた。


「おい、見たか?成型開発グループに入って行ったぞ」

「あそこの副社長には、ハンナリマッタリーに空売りを仕掛けた韓文宏がいるんだぞ」

松川が驚いたように言った。

「写真は撮れたのか?」

「ああ。勿論」

「この繋がりだけでは、藤澤を問い詰めるには弱過ぎる」

「ビジネスの交渉をしていると言われれば、何も言えなくなってしまう」

安がそう言って腕組みをした。問い詰めるには弱すぎた。

丁度その時に携帯電話が鳴った。板垣からだった。

「蛇喰さん。とってもいい情報を大阪府警の刑事から得たんだ」

「どういった情報だ?」

「金になる情報と、ならない情報がある」

「当然、金になるから電話をして来たんだろう?」

「さすがは話が早い。買い取りOKということだな?」

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