囚われの群狼

 ジュニパーの背に乗って、あたしとルイナは彼女の村に向かっていた。

 木々の隙間を音もなく抜けてきたジュニパーが、ふと速度を緩めてこちらを振り返る。


「どした、ジュニパー」

「この先に気配……あるけど、なんかヘンな感じだよ。麻痺状態なのかな。数は多いのに、すごく弱い」


 ジュニパーの声に、あたしの後ろでルイナがビクッと反応する。


「……拘禁枷シャックル。ミキマフの兵隊、捕まえた獣人にそれを掛ける」


 ああ、それは……あれか。コルセットみたいな。魔力の流れを遮断して、魔法行使を阻害する拘束具。

 帝国の走狗てしたになってたエルフの剣士が、亜人には枷の着用義務があるとかホザいてたな。“暁の群狼ドーンウルフパック”って盗賊団のアジトじゃ、魔力の使用を制限する“開放型”とかいうのを使ってた。


「心配すんな。それなら助け出した後で、あたしが剥いでやる」

「できない。いちど着けられたら、誰にも外せないって」

「平気だよ。シェーナは、もう何回も外してくれてる。ぼくもミュニオも着けられてたから」


 ミュニオは覚えてるけど、ジュニパーも……だっけ?

 首傾げたあたしの雰囲気を読み取ったのか、ジュニパーが振り返る。


「あれ? 覚えてない? シェーナと最初に会ったときだよ。魔物用の超強力なやつ、アッサリ剥ぎ取ってくれたでしょ」


 覚えてるような、いないような。

 ああ……赤黒い鎖で出来たくつわか。逃げようとするジュニパーの首でバチバチ火花を上げてたっけな。


「とにかく、大丈夫だ。だからルイナ、いまは余計なことは考えるな。敵を殺して、仲間を助ける。いいな?」

「……うん」


 茂みの奥に、建物が見えてきた。大きめの小屋というか、古いログハウスみたいな平家が十数軒。


「ルイナ、村の住人は何人くらいいた」

「大人は、二十七。子供が八」

「……待て、あたしたちが助けた以外にひとりいるのか?」

「赤ん坊だから、母親と残った。どうしようもなかった」


 罪悪感めいた顔をするルイナ。なんでだよ。すげえ頑張ったじゃん。

 あたしは彼女の手を取って励ます。


「お前は良くやった。預かったチビたちは全員、無事に守ったんだぞ。誇りに思うことはあっても、悔やむことなんてない。なんにもな」

「それに、その子まだ無事だよ。泣き声がする」


 あたしには聞こえないけど、耳を澄ませたルイナが静かにうなずく。


「あの泣き方。お母さんから、引き離されてる」

「いうこと聞かせるための人質にしたのかもね。早く助けよう」


 村の周りは粗末な木柵で囲われている。そっと調べてみた限り、見張りや見回りの姿はない。


「行くよ」


 ジュニパーは静かに急加速して飛び上がり、ひとの姿になって屋根に降り立った。あたしとルイナはお姫様抱っこの状態から、隣に優しく降ろされる。

 屋根の上に伏せて見渡すと、村の中心に馬車が停められていた。広場のようになった場所で、周囲にエルフの姿はない。馬も馬車も泥だらけなので、あの斜面も泥水も四頭立てのパワーで無理くり乗り切ったようだ。

 荷台には檻が組まれていて、捕まった人狼たちがギューギューに詰め込まれているのが見えた。

 痛めつけられたか気絶させられてるのか、グッタリして動かない。ジュニパーはあたしとルイナに目をやると、とりあえず心配はないという感じでうなずく。


「声がしてるのは」


 声を潜めて訊くと、ジュニパーが指したのは奥の建物。周囲の家よりも少し大きく新しい。村から物資まで奪ったのか、家の前には樽や木箱が置かれている。


「長の家」


 なるほどね。接収するならそうなるわな。問題は、なんであの状態で村に留まっているかだ。


「なあ、ルイナ。にえって、なにすんの」

「城や船に繋いで、魔力を奪う。それか、召喚に使う。余ったら、北大陸に売る」

「わかった」


 遠雷砲やら船の動力源にする魔力タンクか。てことは、あいつらはルイナを探してる。最も魔力が高くて、タンクとして高性能だから。

 ……ふざけやがって。


 紅の大型リボルバーレッドホークに357マグナムを八発、自動式散弾銃オート5鹿用大粒散弾バックショットを九発。

 いっぺん装填を確認して、懐収納に入れる。


「なあルイナ。ちょびっとだけ、ここにいてくんない?」

「イヤ」

「……だよな、気持ちはわかる。それじゃ長の家って、裏口ある?」


 首を振られる。出入口は正面にひとつ。窓は屋根と側面の明かり取りだけ。

 サイズは日本の戸建てくらいあるのに、構造はただの小屋だ。


「そんじゃ、しょうがない。正面から行くか。できれば敵は、外に出したいとこだな」

「ぼくらが暴れて、その隙にルイナが赤ちゃんを奪うのはどう?」

「やる」


 作戦らしい作戦なんてない。事前に三人で、やるべきことを再確認する。

 最優先は自分の身を守ること。次に赤ん坊。敵を皆殺しにするのは、その結果でしかない。


「間違っても生かしておいたりは、しないけどな」

「「当然」」

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