レイジング・トレイター
「おおおおぉ……ッ!」
飛び出してきたのは人狼の男だった。村長の“子供”と聞いたが、それは“息子”という意味だったようで、体格は完全に大人だ。
そいつは明白な殺意を持って、ルイナへと真っ直ぐに突っ込んでゆく。
「「るぃッ」」
子供たちが発した悲鳴混じりの警告に、ゴッと鈍い音が重なる。
一歩引いて突進を
てっきり魔法で対処するかと思ったら、物理。しかも、ものスゲぇパンチ力だ。
ボートの上でミュニオが銃床で叩きのめした状況に似てはいるけれども。凄惨さはこちらの方が遥かにひどい。
経緯は知らないけど、ふたりの間には何か相当な遺恨があったようだ。
「げぅ、ゔぁ……」
ぶっ飛ばされた村長の息子は、鼻と口から血やらなんやらを垂れ流しながら仰向けでもがく。
手探りで立とうとするものの、脳が揺れたせいか身を起こすことさえできずにいる。
「……待ってたよ、ハーシェル。ぜったい、来ると思ってた」
ルイナはつまらなそうな顔で、野球ボール大の石をヒョイヒョイと投げ上げる。
いつの間にやら、手のなかに握り込んでいたらしい。あんなもんで殴られたら、もうパンチ力がどうのって問題じゃない。
ふつうの人間なら、確実に死ぬ。
「あんたは、いくらで、村を売ったの」
ルイナは低い声でハーシェルに尋ねる。そこには驚くほど感情が込められていない。
村が襲われたのは、あいつが偽王に売り渡した結果か。ルイナはそれに確信を持っているし、見たところハーシェルの方も身に覚えがあるようだ。
獣人の村を手に入れて何の意味があるのかは知らないけど。このクズが襲い掛かってきた理由には察しがついた。
「……な、なんの……」
「あんたが
「ち、が……」
逃げようとしているのか謝ろうとしているのか、ハーシェルは首を振りながらルイナから顔を背ける。
握り込んだ石を大きく振りかぶったルイナは、無防備にさらされた横っ面にそれを叩きつけた。
「ゔぉがッ」
ゴッ、とエゲツない殴打音。かすかにクシャリとクリスピーな音が混じり、ブヂュリとウェットな音が続く。
血反吐を吐き白目を剥いて痙攣する男の頭をつかんで、ルイナが魔力光を浴びせるのが見えた。
たぶん、治癒魔法だろう。ハーシェルはすぐに意識を取り戻して、怯えた視線を四方に彷徨わせる。
「さあ、話して」
「ちがう、おれ、は……」
ゴッ!
陥没した額から血を吹き、ハーシェルが意識を失う。ルイナはまた治癒魔法で無理やりに覚醒させた。
瀕死状態の痙攣を残したまま、もう回復後にも震えは止まらない。
「そうじゃ、ない……し、信じッ」
「わたしたちを、殺しに来ておいて」
ゴッ、ゴッ!
「いまさら、とぼけても、意味ない」
ゴッ、ゴッ、ゴッ!
答えを拒絶するごとに。問い詰める文節ごとに。振り上げた石が、何度も叩き込まれる。
ルイナは何度でも回復させる。無論それは優しさからでも、哀れみからでもない。純粋な憎しみ。
自分たちを裏切り踏みにじった男に与える、痛みと苦しみを、その時間を、可能な限り引き伸ばそうとする意思が感じられた。
「誰を、どこに売ったの。何が、目的だったの」
「あ、ぁ……う」
頭を殴り続けてきたルイナは方針を変えた。ボキッと、左の鎖骨が折られる。腕が伸びて持ち上がらなくなった。
今度は、治癒魔法は掛けない。そうだ。致命傷じゃなければ、苦痛は何度でも与えられる。
「あああああぁッ⁉︎」
「村のみんなは、いま、どこなの」
首を振るのを見て、今度は右の鎖骨。彼女には、いっそ清々しいくらいに迷いがなかった。
「……おぉおう、ょあ……ぅ……」
泣き叫ぶ声を聞いたルイナは、ハーシェルの耳元で何事か囁く。少し離れたこちらには、大の男がしゃくり上げる声だけが聞こえてきた。
「……ジュニパー?」
「うん」
静観の構えだったミュニオとジュニパーが、急に周囲の警戒を始めた。
あたしには何も感じられないのだけれども。
「ルイナ、時間切れなの。車に戻って」
「シェーナ、敵エルフ七、ひとりは騎馬で、金属甲冑を着けてる」
「了解」
偽王軍の兵だろう。甲冑付きの騎兵は指揮官か。
さて、どうする。逃げるか距離を詰めるか、それともこの場で迎え撃つか。
「ルイナちゃん、そいつは
ジュニパーの言葉を聞いたルイナは、息を吐くと裏切り者の頭に石をめり込ませる。
パタリと仰向けに倒れたハーシェルは、ビクンと身を震わせて動かなくなった。
「聞きたいことは、もう聞けた。……わたしに、何かできる?」
「ルイナには、後でお願いするの。大丈夫、こちらはすぐ済むの」
ミュニオ姐さんは余裕の態度だけど、ホントか? すぐ済むのか?
馬に乗ったエルフ騎兵は、道の端を通って真っ直ぐこちらに向かってくる。距離は四、五百メートル。速くて派手で勇ましいけど、それは後回しでいい。
問題は、残る六名だ。感じるのはガサガサと草むらを掻き分ける音だけ。あたしからは見えない。見えない敵は殺せない。
「ミュニオ、ジュニパー。あたしが、あの騎兵の相手で良い?」
「うん、残りは任せるの♪」
あたしが車を降りると、当たり前とばかりにジュニパーも荷台から飛び降りてきた。
「……いや、なんで、お前までくるの?」
ヅカ美女な水棲馬に尋ねると、彼女は流し目気味にフッと蠱惑的な笑みを浮かべる。
「騎兵との一騎討ちには、馬が要るでしょう、
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