楽園の澱

「港湾要塞、見えてきたよ」


 ジュニパーが操舵室から声を掛けてくる。

 前方を見たところで、あたしに視認できるのはボンヤリしたシルエットでしかない。ミュニオが目を細めて、唇を動かす。残った敵兵の数を数えているようだ。


港湾要塞あそこは頭越しに突破したから、まだ敵が残ってるの。見えてるだけで、二十と七人」

「他の岸辺に着けても、お前らが元いた場所に戻れるか」


 あたしが訊くと、エルフたちは顔を見合わせて頷き、北側みぎてを指す。


「あの森の切れ目、山への小道に続いてる」

「じゃあ、そこだ。ジュニパー」

「わかった」


 いざというとき後部甲板のあたしが重機関銃を向けられるようにだろう、ジュニパーは少し角度を付けながら岸に向かう。


「なんか、いるのか?」

「敵かはわかんないけど、人影はあるね」


 岸まで二百メートルほどになったところで、十人ほどが森から出てくる。ミュニオがカービン銃マーリンを下げたままなのを見ると、敵ではないようだ。


「エルフなの。あなたたちの、仲間なの?」

「はい。我々の村の、戦士たちです。船の様子を見て、事態を理解したのかと」


 捕まっていたのとは別口か。岸辺でに出迎えようとしてた奴らが、弓を構えながら散開するのが見えた。

 操舵室のジュニパーが、振り返って海岸線の南側ひだりを指す。


「港湾要塞から、騎兵が来るよ」

「そっちは任せろ。数は」

「十五、かな」


 なんとなくそれっぽいのが見えているが、距離があり過ぎて数までは不明。あたしには狙えないので、マーリンを預かって機関銃架はミュニオに任せる。


「ミュニオ様」

「大丈夫なの」


 “真王”な感じの口調は消えている。それが決別の現れなのだと理解したらしく、エルフたちは神妙な顔で舷側に並んだ。


「ミュニオ、船を停める?」

「ありがとうジュニパー、そのままで良いの」


 重機関銃が鳴って、轟音と共に銃弾が騎兵集団に吸い込まれてゆく。

 サイモン爺さんによれば“コード”とかいうらしい12.7ミリの重機関銃。弾薬が業務用タバスコ瓶くらいあるだけに、威力は凄まじい。

 あたしの視力でさえボンヤリした塊として見えていた集団が、あっという間に砕けて消えた。弓も効かない敵戦力が数秒でバラバラに吹き飛ばされたのを目の当たりにして、エルフたちは恐怖とも称賛ともつかない顔で振り返る。


「いま、わたしたちにできることは、このくらいなの」


 ミュニオは重機関銃から手を離して、エルフたちの顔を見る。


「陛……」

「もう少し待ってくれたら、偽王は殺すの。その後のことまでは、約束できないけど」


 彼らとは、ここでお別れだ。パトロールボートでは砂浜に接岸できないので、近くまで行って後部甲板のモーター付きゴムボートを下ろす。

 操縦はあたしだ。岸近くまで四、五人ずつ乗せて運び、引き返してはまた運ぶ。ジュニパーは手伝いを申し出てくれたけど、いまはパトロールボートの操舵を優先してもらう。

 最後の集団を降ろしたところで、エルフたちは揃って頭を下げた。


「大変お世話になりました」

「どうか陛下を、よろしくお願いします」

「え? ……ああ、任せとけ。あんたたちも、まあ、がんばってな。あたしたちは、あたしたちのできることをやるよ」


 あたしが言うことでもないんだろうけど。後部甲板から動こうとしなかったミュニオに代わって、あたしは彼らを激励する。

 ……ったく、あのチビエルフは、ずっと“わたしは陛下じゃない”って、いってたじゃんよ。

 彼女が必要以上にエルフたちとの接触を避けるのはたぶん、エルフの楽園など支える立場でもなければその意欲もないから。そして、偽王討伐が個人的感情の結果でしかないという自覚があるからだ。

 ひと言でいえば、“知らんがな”と。それを口に出来ないあたりもまたミュニオらしい。


「ミキマフの本拠地って、目印あるか?」

「海岸線を北に百五十哩ほど進むと、突き出た半島と大きな湾があります。かつてソルベシアの商都だったところ、そして後に帝国海軍の軍港とソルベシアから略奪した物資の集積場があった場所です」

「いまは偽王が占拠してる?」

「わかりません。ですが、捕らえたエルフを乗せた船が港湾要塞と行き来する以上、積み下ろしはそこで行われているかと」

「なるほどね」


 あたしは礼をいって手を振ると、ジュニパーとミュニオが待つパトロールボートに向かう。

 あたしたちは、何があっても一緒だ。そう決めた。先に待つものが何かは関係ない。それでも。

 待ち受ける敵が、しだいに大きくなってゆくのを感じていた。

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