イフアイワーザバード

 森の反対側まで、地図の縮尺を信じるなら四哩強六キロ半。あたしたちは小径を走る。ランドクルーザーの荷台で、ヤダルさんはポツポツとしゃべり始めた。

 なんでか魔王夫妻が北大陸を平和裡に統合して。なんでか冒険を求める連中が遥か彼方にあるこの大陸に渡ってきて。なんでか魔王はまた別の大陸に旅立って。こっちはこっちで、なんでか敵対勢力の帝国軍に崩壊をもたらすのではなく、暫定的友邦だったソルベシアに内乱を誘発する結果になって。


「いや、なんで?」

「知らねえよ」


 ヤダルさんってば話が断片的すぎ、省略しすぎ、前提条件を端折はしょりすぎてよくわからん。

 だいたいが本人の理解が適当というか雑なのだ。このひと絶対、“敵か味方か”以外の判断基準を持ってない。政治とか微塵も興味なさげ。本人が理解していない話を、他人に理解させられるわけもない。

 しかも、話の途中でフニャフニャと寝始めてしまった。


「……三日、寝てない。……ずっと、歩き回って」


 何がどうしてそうなったのかもわからんまま、まあ大変な日々を送っていたのだなということだけは理解したので寝かせとくことにした。収納から出した毛布を敷いて、その上に転がす。気休め程度だけど、荷台の鉄板にじかよりなんぼかマシだろ。


「シェーナ」


 ジュニパーが車を停止させて、進む先を指し示す。地面に何かを引きずり回したような痕跡と赤黒い染みがある。絶対あれヤダルさんのやらかした痕だろ。森の中の湿った土に血痕が残るって、どんだけブチ殺したんだ。


「ちょっと待ってて、確認してくる」


 飛び降りて藪を覗くと獣のだったようで、服の端切れと汚れた剣、ちぎれた腕や足の断片がいくつか散乱しているだけだった。残りも持ち去られるのは時間の問題だろう。回収しなくても疫病の心配はない。そもそも回収するようなものも残ってない。


「お待たせ」

「シェーナ、大丈夫だった?」

「それは……ええと。ある意味ぜんぜん大丈夫じゃなかった。けど、あたしたちがどうにかするような問題はない」


 ジュニパーとミュニオはそれで理解はしてくれたようで、あたしが荷台に戻ると何事もなかったように車をスタートさせる。


「ぼくね、ヤダルさん、ひとつだけわかんなかったことがあったんだ」


 運転席の後ろの窓から、ジュニパーが呟くのが聞こえた。いや、彼女の説明でわからんのはひとつだけじゃないけどな。むしろ、なにひとつわからんかったけどな。


「あのひと、なんで故郷から離れて、ひとりで頑張ってたんだろ」

「さあ。なんだろな。エリみたいに、未開の地で冒険がしたかったとか?」

「そう……なのかな。でもエリは、なんか楽しんでたでしょ? 仲間も作ってたし、居場所も確保してた。でも、ヤダルさん、そんな感じしなかったよ。なんだか辛そうで、それなのに仔猫ちゃんたちとか、“義理の子供たち”からも離れて、また敵を殺し回る日々を送って」

「わからん。でも、ひとにはそれぞれ事情があるんだろ。話したければ話せば良いし、話したくなかったらそれでもいいさ」


 やがて車は森から平原に出る。いっぱいに光を浴びた、一面に広がる緑の波。その上空に、旋回する鳥みたいな群れが見えた。

 羽ばたきながら、小さく手を振っているのが見えた。有翼族たちだ。ミュニオとジュニパーが窓から手を振り返す。あたしには視認できる距離じゃないけど、たぶん赤ん坊を助けたときの子たちなんだろう。


「わたし、逃げてるとき、このままどこまでも逃げ続けていれば、いつか逃げなくて良いところに着くんじゃないかって、思ったの」


 ミュニオがそういって、自嘲気味に小さく笑う。


「もしかしたら、ヤダルさんも、そうだったんじゃないのかなって、思うの」

「ええと……ああ、うん」


 このミュニオさんじゅーにさい、相変わらず言葉が足りないけど、なんとなくあたしにも理解はできた。

 それはたぶん、“自分の、いるべき場所”のことだ。

 いきなり望んでもいない悪意に満ちた場所へと放り込まれてしまったあたしたちには、最初から他に選択権もなかったけど。もし満ち足りた平和な暮らしのなかに自分の居場所を見出せなくなってしまったのだとしたら。それはそれで、留まることはできないのかもしれない。

 自分を受け入れてくれる、自分もまた受け入れられる場所。もしかしたら、そんなものはどこにもないのかもしれないけど。それでも、きっと探し続けるしかないのだ。

 どこかに、あると信じて。

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