兎波
エリから大陸中北部の簡単な地図をもらってたので、三人並んでランクルのボンネットに広げる。距離的にどこからがソルベシアに含まれるのか意識してなかったけど、この際だからみてみるか。
「ジュニパー、地図でいうと、いまどの辺?」
「ええと。東に見えてた山の稜線が、ここまで続いてて……この“
「たぶん、鹿を逃した川なの。あのとき渡った場所は、途中で流れが変わってる、ここなの」
「あれ、意外と進んでるね」
たしかに、けっこうハイペースで北上しているっぽい感じはする。地図に描かれた地形とランドマークがざっくりし過ぎててわかりにくいな。地名の記入は現地語と英語の併記だ。たぶん、英語の方はエリの手書きだな。
「ハミたちと攻め込んだ砦が、ええと」
「ここなの」
エリからもらった地図は大陸北端の海岸線まで、描かれてはいる。ただ、中北部こそ細部の記入が多いが北端に近付くほど情報が少なかくなっていた。大まかな山と川と水源の位置くらいしか描かれていない北部には、大きく“ソルベシア”と書いてある。
エリの手書きで“
「どこからがソルベシア?」
「さあ」
ジュニパーもミュニオも首を傾げる。そもそも、“ここからがソルベシア”という境界線みたいなものはないようだ。正確には、その境界線が移動している。その“人食いの森”がソルベシアとイコールなのだとしたら、だけど。何年何十年と経てば、大陸全土がソルベシアになる可能性さえある。
「ギリギリこの辺からソルベシア、って感じだったんじゃないかな」
あたしとミュニオも、ジュニパー先生の意見に同意する。エリの両親ってことはあたしと同じ世界から来た人間なんだろうし、エルフ以外は喰われちゃう可能性のあるソルベシアの密林で暮らすのには抵抗があったんじゃないのかな。
地図に書かれた牧場の牛マークを指す。
「ここ、行ってみようか。ソルベシアの事情を知ってる人間で、話が通じそうな相手だし」
「賛成」
「あたしも、エリのご両親に会ってみたいの」
ランクルに乗って、ジュニパーの運転で牧場を目指す。降りてきた山の裾野を東に大きく迂回、平地を北上しながら経路を選びつつ西に向かう予定だ。
走り出した先はしばらく平地になってはいたけど、高木を中心とした大小の林が点在している。高低差があまりないので、視界はそれほど開けていない。ジュニパーとミュニオの危険センサーに危険な生き物は感じられないらしいけど、今日の移動距離はあまり伸びそうにない。
「地面にデコボコ増えてきたね」
我らがイケ美女運転手は少しスピードを抑え気味にして、できるだけ揺れの少ない路面を選んでくれてる。起伏が縦横に走っているので、なかなか大変そうだ。
「ジュニパー、気にしないでガーッと突っ切っちゃってもいいぞ?」
「うん。でも、なんだろこれ。木の根にしては、林以外にも広がってる」
「地中で暮らす生き物のせいなの」
「え、待って。それ、アナグマとか、そういう?」
あたしは期待半分不安半分で訊く。あの肉は素晴らしく美味しかったけど、タフさは脅威なのでそんなに頻繁に会いたくもない。だいたい
「もっと小さい、このくらいの反応が、いっぱいあるの。ネズミか、ウサギ?」
ミュニオは両手でラグビーボールくらいのサイズを示す。良かった。たぶん大丈夫。凶暴な魔獣だとしても殺されはしないだろ。
運転しながら聞いていたジュニパーが、少し先を指し示す。
「それ、穴兎だね。ほら」
何匹か動いているのが見えた。大きさも姿形も、元いた世界で見たのと同じ、いわゆるウサギだ。警戒のためか、ちょっと大きいのがヒョイと立って耳を動かしてる。毛は草原に溶け込むような茶色で、けっこう可愛い。
「巣穴には、もっと小さいのがいるの。子育ての時期なの?」
「ぼくが聞いた話だと、繁殖期は春から夏だけどね。餌と隠れ場所に困ってなければ、年中繁殖期になるんだって」
「なんだ、それ……おッ?」
ランクルの移動に合わせて、ウサギはヒョコヒョコと穴から顔を出し、近付くと文字通り“脱兎のごとく”逃げてく。それは、いいんだけど。走り続けると逃げるウサギがどんどん増えて、林の近くを通ると、それが数十数百のウサギの波になる。
「「「うええぇ……」」」
あたしとミュニオとジュニパーは、揃ってゲンナリした声を出す。一匹二匹では可愛いけど、ここまで集まると正直かなり気持ち悪い。これだけのウサギが生きられるくらい、ここらの自然が豊かだってことなんだろう。
ジュニパーもランクルを停車させて、ざわめく茶色いビッグウェーブを見渡している。下手に移動するとタイヤで踏みそうで怖い。轢いたところで問題はない。それはわかってても、好きこのんで轢殺したくはない。
「すごいね。こんだけ繁殖したら捕食する生き物も増えそうなんだけど。狐とか狼とかイタチとか」
「あの
あたしが尋ねると、ジュニパーが頷く。
「それは、有翼族もなんだよね。
「知らん」
ようやくウサギが逃げ去ったようなので、ランクルを発進させる。ヒョコヒョコ出てくるウサギの姿も、いまは疎らだ。走ってるううちに、またどこかで大波が来るんろうな。そんときは、そんときだ。
「あんだけの大群を見ると逆に、仕留める気にならないね」
「そうな。食欲はなくなる。肉は、まだ在庫あるしさ」
「……あ、あのね」
ミュニオが、困った顔であたしたちを見る。
「この先は、もっと増えるの。ウサギも、それ以外も」
「だろな」
吹っ切れたように笑いながら、あたしたちは北上を続けた。
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