ウサギとトリと

「「「わぁああぁ……♪」」」


 あたしが仔コボルトたちに渡した兎肉は解体され、焚き火で焼かれ美味そうな匂いを漂わせている。一匹では足りないかも、と思ってもう一匹追加して正解だった。焚き火を囲むコボルトたちは、尻尾が嬉しさを隠しきれていない。

 ついでにスープでも作ろうかと思って、鳥肉も出す。ルーエが仕留めてたミンス鳥とかいう害鳥ではなく、オアシスの北で狩った謎の飛べない鳥だ。ミュニオが浄化魔法で血抜きと毛抜きを済ませてくれてるので、加熱したらすぐに食べられる。

 その丸々した鳥肉を見て、痩せコボルト二号が首を傾げた。


「これ、かけどり?」

「名前は知らない。オアシスの近くで仕留めて、収納に入れてあったんだ」

「はしるだけの、とりでしょ? すごーく、おいしいの。コボルト、みんな、だいすき」

「へえ。そりゃ良かった」


 ようやく名前を知った“駆け鳥”とやらは七面鳥サイズというか、コボルトが(ということはつまり小学生が)丸まったくらいの大きさで、ウサギ二匹とセットなら、みんなで食べても足りるんじゃないかな。

 大鍋に水を張り、ガソリンストーブで沸かして肉と野菜を投入する。人参とジャガイモ。あとはフリーズドライのスープストック味付きベジタブルをモサッと。

 タマネギは入れなかった。コボルトが主体なので、犬に厳禁の食材は使うのに躊躇したのだ。猫と猫の獣人は違うとジュニパーにはいわれたけど。なんかあったら嫌なのでやめとく。肉ダクで旨味は十分なはず。無理にタマネギを入れる必要はない。スパイスも控えめにしよう。


「シェーナ、なに難しい顔してるの?」

「いや、コボルトが好きな食べ物は何かなと思って」


 あたしとジュニパーが視線を向けると、聞いてたらしいコボルトたちがヨダレを垂らしながらシュタッと手を上げる。


「にく!」「にくだね」

「にく」「おにく!」「にく」


 わかりやすい。みんな肉か。大人のコボルトは美味しくて食べ応えのある駆け鳥の肉が好きで、仔コボルトは、肉なら何でも好きなようだ。オアシス周辺には多い駆け鳥だが、食べるのは久しぶりだとか。意外と動物の生息域が違うのか。


「しか、おいしいけど、あぶらがおおいの」

「ほお」

「あと、むしも、おおいの」


 寄生虫が多いということか。当然ながら寄生虫なんて好んで食ったりはしないので、ふだん火を使わない彼らは鹿を仕留めると干したり叩いたり面倒な処理が必要になるらしい。そもそも、鹿は狩りの難易度が高いので食べる機会が少ないようだ。あの鹿、逃げ足ハンパないし。ツノも凄かったしな。


「かけどり、すなあび、してる。むし、あんまり、いない」

「おいしいよ!」


 そうね。来る途中に食べたけど、たしかに美味しかった。

 なんだかんだで、駆け鳥肉スープは食べ頃になった。兎肉も焼き上がった。テーブル代わりに空の木箱を置いて、大きな深めの木椀と木の匙を並べる。好みがわからんけど、一応いつものクラッカーとチーズディップも出す。


「それじゃ、みんな好きなだけよそってな。足りなかったら、もっと出すからな」

「「「わぁ……♪」」」


 見てると、やっぱり彼らは食べ物を小さい子から渡してく。そして、お腹いっぱいになるまで大人は手を出さないのだ。わかるけど。偉いとも思うけど。


「だー、かー、ら! お前らも食えッ!」

「あ、うん」

「絶対に足りなくならないから。食え。群れを守る奴らがそんなガリガリのフラフラで、森だか何だかまでたどり着けるわけねえだろうが!」


 不承不承、という感じではあるが大人のコボルトたちも食べ始めた。ゆっくり、よく噛み締めて、滋養を無駄なく吸収しようとしてる感じの食べ方だ。その間にも、キャッキャいいながら骨付き肉を齧ってる仔コボルトたちを幸せそうに眺めてる。

 なんかお前ら、孫を見るお爺ちゃんみたいだな。

 それ自然界だと逆じゃねえのか⁉︎ 元いた世界のライオンのオスとか、自分は狩りに参加しねえで最初に好きなだけ獲物を食ってたぞ? こっちじゃ違うのか?


「コボルト、だから少なくなっちゃったの」


 焼き上がった兎肉を手渡しながら、ミュニオがあたしにいう。

 姐さん相変わらず言葉を少し省略し過ぎてて、“だから”ってとこがイマイチわかりにくいけれども。


「ええと……子供を優先した結果?」

「そうなの。獣は、強い個体が弱い個体から、何でも好きなだけ奪うの」

「あ、やっぱりそうなのな。だから、コボルト変わってんな、と思って」

「大きな群れで、豊かな土地で、外敵を排除して、安定した集団を作ればコボルトは強くなれるの」


 逆に、小集団で荒地にいると、強い個体が淘汰されるという悪循環に入るわけだ。

 表現は悪いけど、先進国の福祉社会が破綻してくみたいな。うん。なんか、世知辛い。


「ありがと、しぇなさん、じゅにぱさん、みゅーにおさん」

「あ、うん」


 鳥肉スープの器を両手で持って、痩せコボルト一号二号と長が、揃って頭を下げる。なんか、あたしたちを呼ぶそのしゃべり方、オアシスの子たちとおんなじだな。

 元気にしてるかな。ちゃんと狂犬病の注射、済ませたかな。神使のクレオーラがいるから、きっと上手くやってくれてるだろうと思うけど。


「みんなの仲間には、ぼくらもすごーく、お世話になったから」


 コボルト三銃士のことでも思い出したか、ジュニパーが少し掠れた声で笑う。なんだろな。一緒に戦って、一緒に過ごした時間なんてほんの一週間くらいだったはずなのに。あいつら思い出すと、気持ちがそわそわする。

 日本人のあたしは言葉でしか知らんかったけど、“戦友”って、こんな感じなのかな。


 痩せコボルト一号二号も、どうやら群れでのポジションは長に次ぐ位置にあるみたいだ。みんなの食事状況を眺めながら、ゆっくり味わうように食べている。こいつら、たぶん弱者優先が癖になってる。


「かけどり、おいし」

「良かったな。いっぱい食え。長もな。そこの水も飲めよ?」

「ありがとう」


 コボルトの長は、人懐っこい顔で笑う。心なしか……まあ気のせいだろうけど、ミイラ化寸前みたいなやつれ具合が回復してきたように見えるな。

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