彼女の願い

 黒い影もハーマンも消えて、室内に残ったのは魔珠の破片と薬莢と手下八人の死体、そして見るも無惨なハーマンの残骸だけ。

 死体は外にも十体ほど転がってるけど、それはそれとして。

 外で警戒してくれてたミュニオにも室内に入ってもらうが、ここからどうしたものかといささか悩むところではある。


「そもそも、あたしはどういう状況かイマイチわかってないんだけどさ」

「ぼくも、よくわかってないかも」

「わたしも。たぶん、誰もわかってないと思うの」

「なあメル? これで、とりあえずの大団円ケリにはなったか?」


 しばらく間を置いた後で、自称妖精の幽霊メルオーリオは小さく笑った。


「……ああ、うん。……ありがと、みんな」


 最初に聞いた、“囚われの仲間を助け出す”というニュアンスとは幾分……というか随分というか、違うものになったけれども。結果としては、目的が達成されたといえないこともない。

 これで望みが叶ったのかどうかは、依頼人クライアントしだいだな。


「ねえ、やっぱウソだった」


 ちょっと明るく、メルがあたしにいう。なにが、と訊くまでもなく彼女は囁く。


「わたしが、幽霊じゃないって話」

「いや、それは知ってたよ。つうか、その話は済んだだろ。あたしが怖がらないように気ぃ使ってた、とかいってたじゃん」

「……そうだっけ」


 もう忘れてんのかよ。幽霊って記憶まで朧げになるのか……


「メル」

「わたしは、メルオーリオ。……メルじゃ、ない」


 声が弱まっているのに気付く。ミュニオが包んでいた布を取ると、魔珠はほとんど光を失っていた。

 ああ、そうか。

 あたしはジュニパーと、ミュニオと、目を合わせて頷く。

 メルオーリオは、消えかけてる。思い残したことがなくなったせいか、魔珠の魔力が消えかけているせいか。それとも、先に旅立った仲間たちに引っ張られているのか。理由は知らないけど。

 現世の記憶をひとつずつ手放ながら、彼女は天に昇ろうとしている。


「おねがい」

「どうしたの、メルオーリオ? ぼくたち、仇討ちは果たしたよ。仲間も助けた。みんな、天国に行ったはずだよ」


 ジュニパーの言葉が届いたのか、わからない。また少しの間があった。


「……おねがい」

「どうした。なんでもいってみろよ。あたしたちに、できることなら手を貸してやる」


 淡く光って、小さな囁きが聞こえた。


「……わすれないで」


「うん」

「忘れないの」

「覚えてるよ。ぼくらは、ちゃんと」


 ほぅっと安堵の吐息が聞こえて。それきり声は途絶えた。暗くなった魔珠を持って、あたしたちは途方に暮れる。頼まれたから引き受けた。引き受けたからには最後までやり遂げた。それは良いけど、これどうすんだ。

 建物の周りから、包囲を縮めてくる気配が感じられていた。

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