囚われの追跡者

「……ヘッケル隊長、その苛々を抑えてください。お嬢さんたちが怯えています」

「うるせえ黙れ」


 副官ルッキアの忠告に、ヘッケルは憮然とした顔で吐き捨てる。こんなことをしている場合ではないと思いつつ、武器を失い手枷で縛られ施錠された檻付き馬車に押し込められていては文字通り手も足も出ない。

 狭い車内には、ヘッケルたちふたりの他に同じく手枷を掛けられた若いエルフの娘が四人。行く末に待っているのが身の破滅だと覚悟しているらしく、みな顔を伏せたまま押し黙っている。


「ああ、クソが。ようやく追いつけるところまできて、このザマか」

「まあまあ、こういうときこそ落ち着きましょう」


 多少の困難は予想していた。多大な危険も覚悟していた。しかし、まさか味方の手で・・・・・拘束され、檻に入れられて砂漠を縦断させられることになるとは思ってもみなかった。

 帝国軍の特務部隊として“冥府の猟犬”と半ば恐れられ半ば蔑まれるヘッケル斥候隊だが、標的を追って北上し続けるにつれてあからさまな妨害工作に遭うようになっていた。それは、“帝都から来た怪しげな奴ら”に己の庭先を嗅ぎ回られる不快感であったり、中央から遠いことで好き勝手にやってきた悪行汚職の露呈を恐れてのことであったりだ。

 “自分たちは政治と無関係の斥候部隊で、目的は虐殺を続ける“赤目の悪魔”の追跡だ”と何度も明言し説明したのだが。猜疑心で凝り固まった奴らは誰も真に受けない。おまけに敵の容姿が年端もいかない小娘だと知った途端、出てくるのは下衆な勘繰りか蔑みの態度だけだ。どうしようもない。

 なかでも最悪なのが、帝国中西部メッケル城塞を管理するハウル・メッケルだ。

 “赤目の悪魔”の情報を追って城塞にたどり着いたは良いが、提供した情報は無視され、警告は失笑とともに一蹴され、挙げ句の果てに衛兵から手槍を突きつけられ武装解除を命じられたのだ。

 いうに事欠いて、その理由が“上級貴族家への謀反の疑い”というのだから呆れる他ない。


「“帝国軍を殺戮し続ける危険人物が迫っている”、か。よろしい。無能で愚鈍なモラレスの部下たちに代わって、我が軍勢で成敗してくれよう」


 それもこれも、城塞を管理するハウル・メッケルが帝国中央と因縁のあるメッケル元侯爵家の三男に当たるからだ。メッケル侯爵は帝都での政争に敗れ、失爵の上で現領地である北西部辺境へと飛ばされている。現爵位は“辺境伯”。建前上は上級貴族とされている・・・・・が、外敵を持たない帝国では名義上の名誉貴族。政治的・経済的な後ろ盾を失った、ほぼ平民。貴族社会から見れば、流刑囚・・・だ。

 北西部辺境への移送の際、対立派閥の兵が監視を兼ねた警護に当たった。そのヘッケルたちの顔をハウル・メッケルは覚えていたらしい。家名が似ていたことも災いした。ヘッケルたちの上官であるモラレス将軍への憎悪と怨恨が一気に燃え上がったようだ。


「愚物が。己の置かれている立場すらわきまえられんか。それどころではないんだぞ……?」

「一時は中央への返り咲きを狙っていたらしいんですけど。不可能なのを理解したんですかね。あの様子じゃ、ずいぶん病んでますね。オアシスに向かう経緯もおかしい。イーケルヒの討伐隊が帰還しなかったからって、それが“赤目の悪魔”の仕業と判断するには早計過ぎませんかね」

「メッケルだけは何か知ってるんだろ」

「その情報をこちらに渡す気はないし、勝手に動かれるのも止めたい、と」


 それが自殺行為だとわからないのだ。目が曇っているのか頭が鈍っているのか、あるいはその両方だ。

 当のハウル・メッケルは自ら先陣を切ると豪語しながら、その実ヘッケルたちのいる先遣部隊の後方から重装歩兵の部下たちに守られ魔導走筐マギクローラとか称する妙な馬なし馬車で悠々の進軍である。

 城塞を出てしばらくは格子の嵌った木枠から後方遥か彼方にそれらしき物が見えていたが、こちらが谷間の道を進むようになって視界から消えた。


「隊長、そろそろ見切りを付けるべきなんじゃないかと思うんですけどね」

「わかってるんだよ、そんなことはな」


 マイヨン分遣隊の前線砦で発見された、ちっぽけな真鍮黄銅の筒。そこから始まった調査依頼は、前代未聞の帝国軍兵士大量虐殺に繋がった。

 いま帝都の軍令本部はヘッケルを含む各地の斥候隊から報告を受けて、追撃部隊の増員を進めながら包囲網を構築しているはずだ。しかし広大で荒涼とした帝国中央部ともなれば命令は遅れ無視され握り潰され、あるいは私利私欲で捻じ曲げられる。行動は乱れて足並みはそろわず、包囲計画は遅々として進まない。その間にも敵は逃走と虐殺を続け、帝国軍はゆっくりと破滅へ向かっている。

 最初はマイヨンの前線砦、続いてコルタルの城塞都市、旧ペイルメンの土漠、ムールムの接収城砦、暁の群狼ドーンウルフパックの砦。徒党を組んで虐殺と蹂躙を続ける敵は、“赤目の悪魔”から“紅い魔軍”と呼ばれるようになっていた。あるいは――何がどうしてそうなったか全くの意味不明だが――“エルフの守護神、魔人の王子シェーナン・アカスキー”と。

 ともあれ、帝国軍から被害報告のあった襲撃地点は、手出し不能の地ソルベシアに向けて着々と北上を続けている。

 現在地もしくは目的地なのが、旧イーケルヒ王国の領有になっていたオアシスなのだろう。無能のハウル・メッケルがどんな情報を把握しているのかは不明ながら、おそらくこのまま突き進めば、あの奇妙な武器を――抵抗どころかろくに身動きもできないまま――向けられるのは自分たちだ。腹を貫かれ背を喰い破られた死体は、把握しているだけでも優に百を超える。

 悪魔どもに狙われて、死を逃れられた者はいない。

 ヘッケルは息を吐いて、腹を括った。部下たち五名は別行動中なのが幸いして自由の身だ。そこだけは、楽観材料ではある。


「さて。落ち着いたところで、行きましょうか」

「行く? どこへだ?」

「ああ失礼、お嬢さんたち。もし宜しければ、ご一緒しませんか?」


 周囲で俯いていたエルフの娘たちが、ルッキアの軽口に怪訝そうな顔を上げる。きっと自分も同じ顔をしているのだろうと、ヘッケルは思う。


「ルッキア……お前、前線に来ると性格が変わるな」

「失礼、隊長。こっちがなんですよ。子爵家の妾腹長男ともなれば、色々とありましてね」


 いつの間に外したのか自分の手枷を放り出し、小さな金属片を手にヘッケルの手枷をこじ開けに掛かる。それも呆気なく外すと、今度は隣に座っていたエルフたちの手枷に取り掛かった。


「運ばれるエルフの用途・・は、遠雷砲の魔力源。魔力を根こそぎ奪って、切れたら捨てるか殺すだけです。あなた方の命は、残り四半刻もない。いま逃げれば……安泰とはいわないまでも、まあ少しはマシなものになる。どうです?」

「でも」

「魔力抽出のために拘禁枷シャックルを着けられていなかったのが幸い……いいえ、あなた方にとっては願ってもない奇跡なんですよ。この機会を逃せば、もう二度と、自由になる選択肢などない」


 互いに不安そうな顔を見合わせ、やがて娘たちは頷きを返す。ルッキアが全ての枷を外し終わったとき、前方で騒ぎが起こった。それが全体に伝播し、馬車の速度が落ちる。


「あとは扉の鍵ですね。隊長、御者台の兵がこっちに気付いたら対処をお願いします」


 そういって袖を引き千切ると、端を縛ってヘッケルに渡す。なかには石と貨幣だろう重たい塊が包まれている。頭に向けて振り回せば昏倒させることが可能。戦闘配備の武装兵が相手となれば、あくまで可能性でしかないが。


「それよりルッキア、前方の騒ぎあれも、お前の算段か?」

「まさか、そこまでは。いまの自分は、隊長と同じく囚われの身ですよ?」

「どうだか」

「ただ、ね。見えたんです、少し前に、谷を見下ろす縁のところに、人影が。自分の目には、黒髪に見えましたがね」


 もしそれが、正しいのだとしたら。“赤目の悪魔”が来る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る