壁とオマケと

 うず高く積み上げられた布張りフェンスを見て、無数の疑問符がみんなの頭に浮かぶ。難民盗賊団の面々はもちろん、技術屋気質のドワーフである爺さんもクレオーラもだ。


「なんじゃ、これは?」

「ヘスコ防壁バリア。これで、帝国軍からオアシスを守る壁を作る。爺さんたち、あと赤毛も。ちょっと手を貸してくれる?」

「赤毛って。姐さん、俺はヘンケルってんだ」

「そっか。あたしはシェーナ。こっちはジュ……」

「ジュニパレオスと!」

「ミュニオネアなの!」

「略してジュニパーとミュニオだ。いいから手を貸せ、早く」


 ちょっと不満そうなふたりに、縦横一メートルほどのフェンスを持たせる。女の子でも、ふたりで持てなくはない重さだ。彼女らが一般論として女の子と呼べるような筋力なのかどうかはともかく。あたしがアコーディオン状に展開するところを見せると、見ていた皆から小さくどよめきが上がった。

 いくつもバリエーションがあるうちの、展開幅が十メートル近いバーションだ。このままでは高さが足りないので上に積み重ねるか、高さ二メートル超の外壁の後ろに置いて攻撃用の足場にする。


「なるほど、そこに砂を詰めるわけじゃな?」

「そう。外周に沿って置けば、立て籠もるための城壁になる。大きさはいくつかあって、いちばん大きいのは縦が二メートル七四九尺で奥行き一メートル三尺、展開幅三メートル三十一尺だ。そこの一番数が多いのが、使いやすい縦横一メートル三尺で展開幅が十メートル三十二尺のもの。追加も調達できる」


 数字は――元がアメリカ製ということもあり――タグにヤードポンド法(フィート&インチ)で記入してあるのでこちらの世界のひとたちに伝えるのは楽だ。むしろ問題は、あたしが頭のなかでメートル換算する方だな。


「素晴らしいのう。問題は、置き方じゃな」

「そう。オアシス全周を覆うことも可能だけど、そうなると配置できる人間が足りない。どう配置するのが良いかな?」


 あれこれ議論があったけど、全員が入れる余裕を作りつつ状況を把握できるだけのサイズに落ち着いた。やはりオアシスをまるっと覆うのは現実的じゃない。想定された城壁・・は帝国軍がやってくるであろう南側に向けた楔形で、後背部はオアシスに脱出と取水用の開口部を残した平面。一辺が水辺に掛かった逆三角形だ。外壁の高さは二メートルちょっと。壁の外側は垂直を維持して、内側には階段状に補強を兼ねた足場を作る。


「どうじゃ」

「うん。妥当だと思うよ。それじゃ、お待ちかねの、あれね」

「「「おおおおおおぉ!」」」


 爺さんたちがさっきから落ち着きないのは、防壁セットとともに現れた黄色い乗り物が気になってしょうがないからだ。話が済むまでお預けにしていたのが、良かったのか悪かったのか。


「それで、何なんじゃ、あれは? “らんどくるーざ”の親戚か?」

「まあ、そうかな。“ホイールローダー”っていうんだって。砂をすくって、注ぐ機械だ」


 身振りで説明するあたしに、爺さんズはブンブンと頷く。さすがドワーフ。あの手のオモチャが、そんなに好きか。赤毛のヘンケルも連れの男の子たちも興味はあるみたいだけど、爺さんらのテンションが高過ぎてついてけないっぽい。

 タイヤで動くのにキャタピラとはコレ如何に、と思ったら車体に書いてある“キャタピラー”ってアメリカの重機メーカーの名前なんだそうな。一般に呼ばれてる無限軌道キャタピラって、実はキャタピラー社の登録商標なんだってさ。いわれてみればCATってロゴ、衣料業界アパレルで見たことあるような、ないような。買ったのは半世紀近く前の古い機種なんでロゴは刷新される前。見覚えがないCを図式化したようなマークだけど。


「爺さんたち、機械操作は得意?」

「無論じゃ、こう見えてドワーフじゃからの」

「それじゃ、頼めるかな。あたしもホイールローダーあんなの使ったことないんで、任せる」

「「「ひゃっほぅ!」」」


 めっちゃノリノリである。その間に、あたしは手分けして枠組みの展開と配置を進める。まずは外壁の位置を決めて、それを支える内側の足場を置く。あとはホイールローダーで砂を充填するだけの状態にするのだ。


「それじゃかどが開いちゃう。奥を、もうチョイ内側に……そうそう、そのくらい」

「シェーナ姐さん、矢が降ってきたら奥に被害が出そうなんだけど」

「そんなの手前に伏せれば……ああ、そうか」

「水辺を回り込んだ敵に、後ろから射られることも考えた方が良くないかな?」


 そうだな。となると、中央位置に衝立ついたてのような壁が欲しい。できれば、外壁と同じくらいの高さで。


「木の板とか、余ってるのないかな」

「ああ、それならばドワーフの住居を潰せば良いんじゃ。どうせ、皆もう戻ってはん」

「そう、だな。赤毛……じゃなくて、ヘンケル」

「任せといてくれ。そっちは俺たちでやる。それより姐さん、あれ何だい?」


 難民盗賊団の子供たちが、小さなビニール袋に入ったものを捧げ持っている。革のケースに収められた、銀色のなにか。形の違うのが、三つ。

 ああ、なんかサイモン爺さんがいってたな。例によって聞き流してたんで、いままで忘れてた。たぶん、折畳式の多目的工具マルチツールだ。


「折り重なった壁の間に入ってた」

「それな、この壁を作った会社が付けてるオマケだってさ」

「“おまけ”とは?」


 おう、こっちにオマケの習慣はないのか。一個オマケの十三個が、いわゆる“パン屋の一ダース”、みたいな。ないか。こいつらの出身地は難民が出るような経済環境だもんな。


「ええと……これを作った国で、いっぱい買ってくれるのは軍隊でさ。仕事で組み立ててる兵隊に、“よく頑張ってるな”つって、そういう贈り物を入れとくだろ? そしたら兵隊が喜んで良く働くだろ? んで、軍の偉いさんが、“またこの壁を買おうかな”って……」

「思うのか?」

「知らん。少なくとも、折り畳み工具それを入れてる理由は、そういうことなんだとさ。見付けた奴が、もらっとけ。要らんのなら爺さんにくれてやれ。後で甘いお菓子と交換してやるから」

「「はーい♪」」


 その後も案外サクサクと作業は進み、一辺が十五メートルほどの二等辺三角形が組み上がった。爺さんたちもホイールローダーの操作に驚くほどアッサリと慣れて、嬉々として砂をすくっては枠に注ぎ込む。クインクインと前後動する車両の動きは気持ち悪いほどスムーズで素早く、しかも揃って嬉しそうな歓声を上げながらなので周囲はドン引きである。まあ、いい。

 外壁に囲まれた中心部分には、基部を固定した木の板が立ち、外壁の足場で武器を構える者の背後を守る形になった。

 木の板を支えているのは砂入りのヘスコ防壁だけど、上部は単なる木材だ。火矢でも射られたら面倒だなとは思うけど、オアシス制圧の長距離遠征軍が、そんな面倒な装備を持ち込む可能性はほとんどないそうだ。


「よし、それじゃ敵が見えたらここに入って……」

「“ほいーるろーだ”はどうするんじゃ?」

「どうって、外だよ当然。ランドクルーザーもな」


 さすがの万能懐収納も、ランドクルーザーは入らなかった。サイズか重量か容量オーバーか条件は不明ながら、ドヨンと下腹が重たい感じがして拒絶された。ちぇ。


「そうだ、みんな武器はあるか?」

「わしらは剣と手槍じゃな」

「俺たちも剣と手槍、あとは盾と投石器がある。ほら、姐さんが譲ってくれたイーケルヒの」


 赤毛のヘンケルは嬉しそうにいうけど、近接武器で大人を相手にするのは自殺行為。ホントのホントに最後の手段だ。防壁内で使って良いのは、せいぜい盾と投石器だけだな。もうチョイ手数が欲しいところなので、調達しておいた“民生品の武器”を出す。


「そんじゃ、弓が使える奴はこれ持ってけ。使えない奴は、こっちな」


 サイモン爺さんから調達した複合機械弓コンパウンドボウ強化ゴムパチンコスリングショットだ。それぞれ十丁ずつ。スリングショットで発射する鉛玉と、狩猟用の金属鏃が着いた軽合金製の矢も大量に用意した。


「なんじゃ、これは」

「新種の弓矢と……投石器の一種、かな。今日明日で使ってみて、合わなければ自分の武器を使ってくれ」

「こいつは、ものすごい弓じゃのう。しかし、この機構……やりたいことは理解できるが、実際にここまで組み上げた執念は、正直どうにかしておるわ」

「そんなもんかね」


 コンパウンドボウを見て、真っ先に喰い付いたのは、やはり爺さんたち三人だった。意外なことに、盗賊難民団の子供らはあまり興味を持たない。弓を使うような環境で育ってこなかったからか、逆に体格的な問題を理解しているせいか。弓よりもスリングショットを興味深そうに弄り始める。


「これ、使って良い?」

「いいぞ。でも練習するときは、ひとがいる方に向けるんじゃないぞ。思い切り引いて射れば、兵士でも死ぬくらいの威力があるからな」

「「はい!」」


 わずかに日が翳り始める頃。食事の用意をしようとしていたあたしたちの耳に、不吉な遠吠えが聞こえてきた。方向は、北東方向のように思える。まだ行ってないので、どういう環境なのかはわからない。あたしは耳を澄ませて怪訝そうな顔のジュニパーに訊く。


「あれ、土漠群狼デザートウルフ?」

「……う〜ん。たぶん、そうだね。でも、変なんだ。吠える声が二種類ある」

「違う生き物?」


「うん。どちらかを、もう片方を狩り立ててるみたい」

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