死と死と死と死
「盗賊、ね。生存者は?」
「ううん……見えてる限り、
であれば、いまさら何をすることもない。こちらの世界の警察機構がどうなってるのかは知らないし、それに手を貸すいわれもない。身を守るためとはいえ数百の死体を築いて追われる身のあたしたちは、大きく
「ちょっと貸して」
ジュニパーから、22口径の
その間も、男は身構えながら動くことができずにいる。あたしたちの戦闘を目の当たりにして、手にした武器が危険なことは思い知っているのだから当然だった。むしろ不思議なのは、おとなしく降伏しない理由の方だ。
「なあオッサン、アンタ
「黙れ!」
「商人を殺して、馬車を奪った。そこまではわかるんだけど、なんでわざわざ死体を撒いてゴブリンを呼び集めるような真似をした?」
盗賊と思われる男は答えない。トボける気もないようだ。これは、隠す意図がないか、こちらを処分できるはずという自信か。そんなに強そうには見えんけどな。
「あのね、こんなところで血の匂いを振り撒けば、それを嗅ぎ付けた魔物が集まることくらい、わかるよね?」
ジュニパーの質問に、男の目が泳ぐ。待て、嘘だろ。こいつ……もしかして、あれか。
「それも気付かないほどの馬鹿だったの?」
「黙れ黙れ黙れ! 何の関係もない小娘どもが偉そうに……」
シパン!
「ぐ、あああぁッ!」
「そう、あたしたちには関係ない話だよ。だから、ホントに知りたいのは目的じゃなくて、この先に進んだときに待ち受けているのがどんなクソまみれの事態かってことだけだ」
「て、てめえらの都合なんて、知るかッ!」
「そっか。じゃあ、あたしらもアンタの都合は無視するよ」
シパン!
「ひ、ぎぃあああああぁッ⁉︎」
肘を撃ち抜く。当たったのは小口径低威力の22口径。激痛に見舞われているはずだけど、たしか大きな血管は走っていないから、いますぐ死にはしない。話を聞ければそれで良し。ダメならダメで、どうなろうと知ったことではない。
「シェーナ、馬車に女の子がいるの」
転げ回るしかできない男の横を通って、あたしは馬車の残骸を覗く。奥で倒れているのは、簡素な白い服を着た女の子。見たところ十歳くらいか。見た目はチビッ子のミュニオより、もう少し幼い感じがする。そのミュニオさんが治癒魔法を掛けているようだが、容体は不明。彼女は振り返って、あたしに小さく頷く。表情からして楽観はできないけど、とりあえず生きてはいる、ということか。
あたしはナイフを出して、女の子を縛ってたロープを解く。
「ふざけやがって、あのヒゲ面……!」
あたしは馬車から出て、転がったまま蠢く薄汚い血塗れのケツを蹴り飛ばす。
「ぎゃうッ!」
「おい、あの子は殺した商人の娘か? それとも……」
「うる、せえ!」
キッと顔を上げた男の横っ面を蹴り倒して、砕けた脛を踏みにじる。
「サッサとしゃべって楽になったらどうなんだよ」
「ぎゃああああッ! ああ、クソが! 殺してやる! 絶対殺してやるからな!」
もう死に体なのに、ずいぶんと頑張るな。死体でゴブリンを集めたのが何かの意図でないのだとしたら、こいつに守るべきものがあるとも思えないんだけど。
「もういいや。情報も吐かねえし、用済みだな。話は、あの娘さんから聞けばいいや」
目の前に銃口を突きつけると、男は青褪めた顔で震えながらも蔑んだ笑いを浮かべる。汗と涙と鼻水を垂れ流しつつ反抗的な態度を続ける理由がよくわからん。盗賊のプライドか?
「笑わすんじゃねえよ!
「あ?」
「覚えてろ小娘、俺に手を出したってことは“
「……なんだそりゃ。群狼なら殺したよ。あたしたちには、あんなの犬と一緒だ」
「シェーナ危ない!」
「抜かせ、ガキがッ!」
男は無事だった左手を身体の後ろから引き抜く。一歩下がって額を撃つと脱力した手がへたり、振り回そうとしていたナイフが地べたに転がった。
「シェーナ!」
レッドホークを構えたジュニパーが、馬車の脇で青褪めていた。あたしの危機に気付いてはいたけど、男との距離が近過ぎて撃てなかったようだ。
「ごめんジュニパー、油断した」
「そ、その短刀、たぶん毒を塗ってるよ。どこか触れてない?」
「大丈夫。警告してくれたおかげで助かった」
ミュニオが馬車から出てきたが、どうも困った顔をしている。
「あの娘さんは助かりそう?」
「身体は、大丈夫なの。でも、別の気掛かりがあって……あの子、エルフなの」
「エルフ? それが気掛かり?」
さっき盗賊が、彼女を“人形”といっていたのが気になる。いや、“人形
「開放型
もう拘禁枷は見たけど、なんだ開放型って。ミュニオは説明に悩み、あたしの疑問をジュニパーが引き取った。
「魔導師として使役するとき、魔力を阻害しないように行動だけを縛る枷だよ。あれは、帝国軍の長距離通信を行う巫女なんじゃないかな。ムールム城砦で、ぼくらの動きや正体を把握してたような警戒ぶりを見せてたでしょ? あれは、南部の帝国軍部隊と連絡が取れてるんだと思う」
人間通信機か。あの男、それを奪って……軍の盗聴でもする気だった、とか?
「ジュニパー、“
「“
そこまでの大所帯なら、軍の動きを把握するために
「もういい、あの子をランクルに積んで出発しよう。奪える物資があれば、それもだ。ジュニパー、周囲の警戒を頼めるかな」
「任せて」
馬車の横に寝かされたエルフの子は、まだ意識がないようだ。彼女の胸元は少しはだけて、薄い胸に張り付いたコルセットみたいのが見えた。ミュニオが装着させられていたのとは、形が違う。
これが、開放型
子エルフの前で、ミュニオが周囲に視線を泳がせているのが見えた。何かを探しているのかと眺めているうちに、北東を向いたところで動きが止まる。しばらく、そのまま耳を澄ませるような顔になった。
「どうした?」
ビクリと、怯んだ顔で振り返る。あたしに見られていた自覚がなかったのか。周囲の気配に気付かないほど意識を集中していたか。
「あ……ううん、なんでもないの。……ちょっと、
目を逸らしてぎこちなく笑うのを見て、胸の奥がどんよりと濁った。彼女は何かを知っているし、いまあたしがそれを察したこともわかってる。
気持ちが通じ合うって、きっと、良いことばかりじゃない。
「エルフ同士なら、近くにいる同族の居場所くらいはわかるのか」
「……わかる、こともあるの。さっき、この子のことは、わからなかったから。……だから、万能ではないの」
「嘘だ」
「本当に、わからなかったの。たぶん気絶してたから、魔力が弱くなってて……」
「その子じゃねえよ。
「……う、うん。でも、いいの」
無理に明るく話そうとして失敗したような声。でもどこか諦めたみたいに、感情は平坦なままで。最初に別れたとき。あのときの声だ。怒りが込み上げる。殴りたくなる。あのときの自分を。あたしは。
「
思わず怒鳴りつけると、ミュニオはビクッと、怯えた顔で振り返る。
「あたしは、あたしたちは、そんなに頼りねえかよ⁉︎ お前の考えなんてな! あたしにだって、わかんだよ!」
「でも」
あたしは、仰向けに転がっている盗賊の死体を指す。
「こいつが何をやろうとしてたのかは知らねーけど。こいつが奪ったものは、この
「だ、だって……もし、また」
「また、無駄足だったら? また、助けたのに恨まれたら? また、危険な目に遭ったら?」
揺らいで泳ぐミュニオの目を、あたしは逃さず正面から受け止める。
「知るかよ、そんなこと。“でも”も“だって”も、聞きたくねえ。“もし”とか、そんなのどうでも良いんだよ。あたしたちが知りたいのは、
ぐひゅ、とミュニオさんじゅうにさいは涙と鼻水を出す。
「あたしたち、泣き虫ばっかなのな」
「ぼくは違うよ、お嬢さんたち?」
荷台の上で手足を絡ませ、爆乳執事がダンディな決めポーズを取っている。何してんだ、お前。
「なにいってんだよ、お前も涙目で鼻水吹いてただろ⁉︎」
「ち、違うよ⁉︎ あれは、
「何の汁だよ⁉︎ いや、たしかに体液ではあるけれども!」
「……シェーナ、ジュニパー」
ぎこちない微笑みを浮かべたミュニオが、垂れ流していたエルフ
彼女はもう、視線を逸らしたりしない。覚悟を決めて、リスクも呑んだ。その上で、どうしたいかを決断したのだ。
「この先、北東二十哩のところに、弱ってるエルフが五人いるの」
「うん。そこが、“
「たぶん、そうだと思うの。きっと、危ない目に遭うことに、なるけど……」
そうだ。危ない目に
「……それでも、お願い。手を貸して。彼女たちを助けたいの」
あたしは笑う。サムズアップしたヅカ
「「任せて!」」
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