果てなき逃走
「ああ、クソッ!」
これは失敗だったかと、あたしは小さく罵りながらアクセルをさらに踏み込む。
龍の住処に突撃するよりは、と思った自分の選択を早くも後悔し始めていた。大きく広がりながら回り込み包囲陣で包もうとする騎兵の集団を東側に引き付け、南に迂回しながら引き離して北側の城塞脇を抜ける。その計画は初手から崩れ始めていた。なによりも……
「こいつら、速いぞ⁉︎」
「あの栗毛と
前いた世界でサラブレッドの速度が五、六十キロって聞いてたけど、ランクルのスピードメーターは八十近くを指してるのに引き離せない。それどころか、悪路でタイヤを取られてこちらの速度が落ちたところでは追い縋る者さえいた。
「車に追随する速度って、ほとんど魔物じゃん!」
「ソルベシア馬は、魔物との混血なの」
「そういうことは、先にいってくんないかな⁉︎」
「ごめん、シェーナは知ってると思った。自信満々だったから……」
ふたりの冷静なコメントに、あたしはぐぬぬと唸り声を上げる。いまさら方針転換などできない。三百からの騎兵を渓谷まで引き摺っていったところで問題が増えるだけで解決にはならない。できることはといえば、トップギアのままアクセルを踏み込み東へ一直線に走り続けるという愚策だけだ。
「ジュニパー、左から三騎来るの!」
「まかせて!」
荷台に乗ったジュニパーが的確な射撃で騎兵を撃ち落としている。六発で五、六人仕留め、装填の間に追いつかれて五、六人仕留めての繰り返しだ。それでも気を抜くと、包囲陣のなかに取り込まれそうになる。
ミュニオも助手席から身を乗り出して撃つが、小柄で右利きの彼女に長い
「後方は、ぼくが受け持つよ! ミュニオは、前からの敵をお願い!」
「わかったの!」
前方から迫る騎兵の一団が、すれ違いざま一斉に矢を射掛けてくる。左へ逃れようとしたあたしを、ミュニオとジュニパーが揃って止める。
「「シェーナ! 右へ!」」
慌てて右に方向転換した車体を掠めて、後ろから大量の手槍が降ってくる。右前方からの攻撃を避けようとしたら、後ろから一斉投擲された槍の射界に入ってしまうという嫌らしい二段構えだ。この程度の連携が取れるくらい練度は高いわけだ。
ふぁっきん。あたしの勘違いじゃなきゃ、
ああ、クソ。武器はある。対処能力もあるけど、敵が多過ぎて手数が足りない。多勢に無勢で逃げ場も隠れ場もない。まるで西部劇の襲撃されてる幌馬車だ。救援の騎兵隊は、絶対に来ないけどな。
フラットな路面になって八十から九十、そして百キロ近くになると、ようやく少しずつ差が開き始めた。整備は万全といっても年代物の車なせいか、メーターは百からなかなか上がろうとしない。車を持つどころか運転するのも初めてのあたしにはわからないけど、百六十まで切ってあるメーターの数字は最高速度の保証ではないのか。もしくは
あまり距離を離し過ぎると、こちらの意図を読まれてしまう。十数メートルの間隔を空けて東に走ること十五分ほど。そろそろターンする潮時か。
「あああッ、くそッ‼︎」
「シェーナ、止まっちゃダメ!」
「ああ、クソクソクソ……! 悪い、作戦変更だ! このまま城塞に向かう!」
南に向いた車体をさらに転回して北へ。追撃してきた騎兵たちは、好機とばかりにこちらを包囲に掛かる。騎兵は数十単位でまとまって移動しているため、衝突を避けることは不可能ではないが、擦れ違いざまに攻撃を受ければ走り続けられなくなる可能性は高い。
「左前から来るよ!」
「見えてるの、シェーナ頭下げて!」
ハンドルに突っ伏す姿勢になったあたしの頭上で、ミュニオが
「いいよミュニオ、いまので後続を巻き込んだ!」
「ありがとシェーナ、もう大丈夫なの!」
いまのところミュニオもジュニパーも、冷静に射撃を行ってくれている。肉薄する騎兵が出ていないのが、せめてもの救いだ。奇妙な武器によって遠距離から友軍が殺されていることで、敵は警戒を強めているらしい。
それも時間の問題でしかない。距離を置いて手を
いっぺん北西方向に進路をとった以上、全速力で城壁に向かうという意図は、もう隠しようもないのだ。
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