新鮮な餌


 あたしシェーナ、十七歳。どこにでもいる日本の女子高生だったんだけど、異世界転移しちゃって、いま奴隷狩りわるいひとたちに捕まってるの。

 ……なんてな。


 リアリティのなさに思わず吹き出しそうになって、殴られた傷の痛みに呻く。


「なにニヤニヤしてやがんだ、“魔族もどき”が。……気持ち悪い」


 向かい合っていた中年女がいきなり、あたしの前で大袈裟に顔を歪めた。

 誰が魔族もどきだ、このクソババア。汗と脂の臭いが鼻をつき思わず殴りそうになったが、心のなかで罵り声を上げながら堪える。いま目立っちゃ碌な目に遭わない。


「ハッ、腰抜けが」


 こいつ、こっちが引いてやったのを怖気付いたとでも思ったのか、マウント取り始めたよ。どうしようもねえな、このボケが。こんな狭い馬車の荷台で、なんでわざわざケンカ売ってくるかね。

 体育座りで押し込まれた女子供が、あたしを含めて十三人。手足は縛られ首輪を掛けられて転がされている。ろくに身動きが取れない上に、御者台の後ろには男たちが盗んできた“戦利品”が積まれていて、ただでさえ狭いスペースを圧迫している。逃げ場もないなかで騒げば、絶対に面倒なことになる。

 まあ、それもいまだけだ。このババアは殺すと決めた。どこぞの異世界に飛ばされて以来、踏んだり蹴ったりでクソみたいな奴らからクソみたいな目に遭わされ続けて、いまさら慈悲の心なんてハナクソほども残ってねえ。


「ッせい、のッ」


 馬車の外からの掛け声にヤバいと思った瞬間もう遅く、ボロ雑巾みたいな布を被った塊があたしの膝の上に放り投げられてきた。


「きゅッ」


 猫のような声が漏れて、それが生き物なんだとわかった。のし掛かられて仕方なく、そいつを横抱きにして荷台に座らせた。押し退けられる格好になった周囲の女たちは明らさまに不機嫌そうな顔で舌打ちをしてくる。


「ちッ」

「なんで無理やり入ってくんだよ」


 いい加減カチンときて、あたしは女たちを睨みつける。


「うるせえぞババア。こいつだって好きで乗ってきたんじゃねえ。グダグダいってんと……殺すぞ?」


 何人かが反論しかけたものの、あたしの目を見て口を閉ざす。キレかけたときにはどうも、剣呑な光が宿るらしい。比喩的表現じゃなく、何でか紅く光るのだとか。理由は知らない。日本にいた頃には、そんな不思議ステキ機能が付いてた覚えはないんだけどな。

 あたしたちは貧民窟の路地裏で人さらいの兵士に捕まって、どこか近くの城だか砦だかに運ばれているとこらしいんだが……使った後・・・・は奴隷として売られる流れなんだとか。さっきのクソ忌々しいババアがあたしを見てコソコソと、“あんな薄っぺらいガキなんて売り値がつかねえ”とかいってやがるし。

 ほっとけクソが。


「いいか、メス豚ども! いっぺんしかいわん、よく聞け!」


 だらしない格好の太った兵士が御者台から振り返り、荷台を蹴りつけて吠える。


「逃げたら殺す! 刃向かったら殺す! 命令に従わなければ、一回ごとに一回のメシ抜きだ!」


 荷台の女たちは、黙ったまま小さく唸る。


「返事は!」

「「「……はい」」」


 満足げに頷いて、兵士はこちらを見た。まただよ。なんであたしばっか目の敵にされるんだ?


「そこの黒目のガキ、お前は返事をしなかったな。昼メシ抜きだ」


 嗜虐的なタイプなのか差別意識でもあるのか、デブの兵士は下卑た笑いを浮かべて舐めるように見回してくる。


「肉付きは悪いが、見慣れん人種だ。ゲテモノ好きには売れるかもしれん。今後の態度・・・・・次第じゃ、扱いを考えてやらんでもないぞ! ぷはははは……!」


 うるせえデブが。てめーに今後・・なんてねえんだよ。

 兵士は背を向けて、馬に鞭をくれた。馬車が走り出すと女たちは揺れに合わせて自分のスペースを確保しようと押し合い、車輪の立てる騒音に紛れて罵り声を上げる。


「あの黒目のガキ、良いザマだね。ありゃ今日のうちに死んじまいそうだ」


 さっき、あたしの目にビビッて口をつぐんだババアだ。こっちをチラチラ見てくるくせに、目を合わせようとはしない。

 日本にもいたな、こんなヤツ。厳しいだけのクソみたいな女子校だったから、クラスの半分はこんなヤツらだった。そこでスレたのか生まれつきの素質・・か、あたしはこんなん・・・・なったわけだ。


だ、テメェツラ覚えたからな? 明日の朝日が拝めると思うなよコラ」


 斜め下から見据えてババアに囁く・・と、目を逸らしたまま青褪め震え始めた。生え際からダラダラと汗が噴き出す。


「そりゃ違いないねえ」


 低く落ち着いた中年女の声が、少し離れた位置から聞こえてきた。

 見ると、疲れた顔の女だ。年齢はあのババアと同じ三十前後だけど、“何年か前までは綺麗だった”ような艶めかしさの名残がある。こういうのって、生粋のブサイクが薄汚れるのよりも痛々しい。


「あんたも、あたしも、ここにいる皆が、そうだよ。このままいきゃ明日の朝日は……いや、お日様の光は二度と拝めないだろうね」

「あ?」

「ましてアンタは黒目に黒髪。妙な顔立ちでおかしな訛りがある。兵士たちあいつらはどうだか知らないけど、この辺りじゃアンタみたいのは“魔族もどき”なんて呼ばれんのさ。北方の森に巣食う魔族を解放した異界の化け物が、そんな風貌だったって言い伝えがあってね」

「知るかよ、そんなこと。ケンカ売ってんなら、買ってやる。そんときゃ、お前らみんなタダで済むと思うなよ」


 見渡してみるが、誰からも反応はない。

 要は弱肉強食、黙ってたら踏み付けられるクソみたいな世界だってことだ。あたしは呆れて鼻を鳴らし、縁の仕切り板に寄り掛かる。女たちのヒソヒソ話を総合すると、男たちはここらを占領する“帝国軍”だそうだ。ここに乗せられた連中は、占領地の出身者。占領軍からすると、手慰みも役得のうちってやつだ。思わず呪詛の言葉が漏れる。


「……見てろ、すぐにぶち殺してやる。ババアもデブも、この国のクズどもはみんな」

「ひッ」


 膝の上のボロ雑巾が、震えながら小さく悲鳴を上げた。布切れがめくれて、チラリと怯えた目が見えた。


「……ころ、すの?」

「お前にいったんじゃないよ」

「でも、いまの……本気の、殺気だったの」

「ああ。本気も本気、混じりっ気なしの死刑宣告さ。あたしはね、ウンザリしてんだ。この世界に」

せかい・・・?」

「そこは気にしなくていい。静かにしてな。すぐに済むから」

「……す、済む……って……なにが、なの?」


 ボロ雑巾の言葉を無視して、あたしは目を閉じた。体力の消耗を最低限にするため、少しでも眠っておいた方がいい。ジジイ・・・言質げんちは取った。いまさら嘘だなんて抜かしやがったら、あいつから最初に殺してやる。待ってろ。


 狩りの時間は・・・・・・もうすぐだ・・・・・

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