一章 十三節
寝室に案内されたアメリアは愕然とした。ベッドの周りには大小様々な黒塗りのケージスタンドが幾つも置かれていた。黒塗りの鳥かごには裸の人形が一体ずつ収容されている。彼女達は各々悲しそうな顔で宙を見つめたり、かごを指で弾いたりしていた。
「悪趣味な野郎だ」イポリトは舌打ちした。
アメリアの足は一台のケージスタンドの前で止まる。鳥かごの中にはブロンドの髪を長く垂らした人形が座していた。物悲しい表情を浮かべた小さな彼女はユニコーンのストラップを抱いていた。店のドアで擦れ違った、いつぞやの美しい女性だろう。
アメリアはスタンドから鳥かごを外し床に置く。そして底からかごを外す。
「もう大丈夫だよ。あたし達はあなた達の味方。悪い男はもういないから皆で逝くべき所へ逝こう」アメリアはブロンドの人形に手を差し伸べた。
差し出されたアメリアの手とユーリエを交互に眺めた人形は小さく頷く。そしてアメリアの手に上った。アメリアは彼女に微笑むとユーリエのように肩に乗せた。
アメリアとイポリトは次々と人形達を解放した。
人形達に他に被害者はいないか、とアメリアは問うた。しかし全員首を横に振った。アメリアはイポリトに携帯電話を借りるとハデスへ電話を掛けた。呼び出し音が長く続いたが電話に出た。アメリアは裁定中に電話を掛けた事を詫び、件の霊と被害女性達の魂を回収した旨を報告した。ハデスは『分かった』とだけ答えると通話を切った。
きっとハデスは遣いを向かわせるだろう。アメリアはイポリトに携帯電話を返した。すると部屋に人の形をした黒い粒子が現れた。中からハデスが出る。アメリアは驚いた。まさかこの場に冥府の最高神が直々に来るとは思ってもみなかった。
肩を寄せ合い震える人形達をハデスは見遣る。
「これで被害女性達の魂は全部か?」
「はい。そしてこちらが件の霊です」アメリアはパンドラの匣をハデスに差し出した。イポリトもハデスに死神の夫婦の腕を差し出した。
ハデスはそれを黒いローブの袖に仕舞うとアメリアに問う。
「肩に乗るその人形は?」
「この子は親友のユーリエです。あたしが人形の彼女に命を吹き込みました。彼女とイポリトはあたしを助けてくれました」アメリアは肩に乗ったユーリエを見遣った。ユーリエはアメリアの肩に隠れハデスを見上げていた。
「ゼウスのように君も酔狂な事をするのだな」ハデスは微笑んだ。
微笑み返したアメリアはイポリトと共に事の顛末を報告した。人形店のノーラの事、店主コンラッドの事、人間の親友の事、そして力を貸してくれた優しい妖怪の総大将のぬらりひょんの事。そればかりではない。自分の不利になる事も包み隠さず全てを話した。話し終えるとハデスに頭を下げた。
顎を擦るハデスはアメリアを睨むように見下ろしていた。
イポリトは頭を下げる。
「休暇中とはいえ、俺の監督不行き届きだ。こいつが罰を喰らうなら俺も喰らう」
「何言ってるのよ! イポリトは関係ないでしょ!」
「阿呆か。俺はお前の監視役なんだよ。お前が首を突っ込んだ事は俺の責任にもなるの」
「だったらもっとサポートしてよ!」
「しただろうが! お前はプラプラと色んな所をほっつき歩き過ぎなんだよ!」
頭を上げて口喧嘩をする二柱を尻目にハデスは深い溜め息を吐く。
「……魔術を使用した件、今回は不問とする。痴話喧嘩をやめなさい、二柱共」
アメリアはイポリトの胸倉から手を離した。イポリトは鼻を鳴らした。
ハデスは言葉を続ける。
「他神族の協力も得られた上に件の霊を捕獲出来た。名誉は回復する」
アメリアは胸を撫で下ろした。
ハデスは彼女を見下ろす。
「……アメリア。君の言葉に気付かされたよ。導き方は異なれど何処の神族も人間の幸せを願い彼らを救う為に存在している。思想が異なるからと争う理由にはならない」
ハデスは微笑む。
「魂の裁定の片手間にはなってしまうが私も他神族と交流を持ち理解に努めよう。オリュンポスにも声を掛けてみよう」
微笑み返したアメリアは頭を下げて礼を述べた。
ハデスはイポリトを見遣る。
「良い同志を持ったな、イポリト。……彼女はローレンスよりも危なっかしいようだがね」
「じゃじゃ馬過ぎて疲れるわ。……でも見てて飽きねぇぜ?」イポリトは悪戯っぽく微笑んだ。
「君達はローレンスの報告通りに家族のようだな。褒美は何がいい?」ハデスはアメリアを見遣った。
口をもぞもぞ動かしていたアメリアは意を決し問うた。
「……三ついいですか?」
「欲張りだな。取り敢えず聞こう」ハデスは笑う。
アメリアは頬を染める。
「……この前お約束してくれたお金は全部イポリトにあげて下さい。彼がいなければあたしは殺されてました。そしてこれから神族の隔てなく連携を取る事を望みます。そしてネイサンが解放され、彼が好きな道を歩む事を望みます」アメリアは頭を下げた。
ハデスは微笑む。
「善処しよう」
「ありがとう御座います!」頭を上げたアメリアは満面の笑みを浮かべた。
イポリトはアメリアの額を指で弾く。
「お前は馬鹿か? 金ぐらい全部貰っとけ」
額を押さえたアメリアはイポリトを睨む。
「いいの! 感謝してるんだから! 金ぐらい全部貰っとけ!」
イポリトは舌打ちした。アメリアは鼻を鳴らした。
二柱を眺めていたハデスは微笑むと指を鳴らした。すると床で肩を寄せ合っていた人形達が光の粒子となって消えた。裸同然だったアメリアにはカッターシャツとジーンズが着せられていた。
「アメリア、今日の仕事は休みなさい。他の管轄区のタナトスに当たらせる。イポリト、これからも彼女を監視するように」
ハデスは黒い粒子となって消えた。それを見届けたアメリアは地下室へ下り、コンラッドに脱がされた服を回収した。そしてイポリトが待つ外へ出た。彼は赤いサンダーバード・コマンダーのエンジンを始動させていた。
夏の日差しが瞳を突き刺す。アメリアは眼を細めつつ赤いライダースジャケットの中にユーリエを入れる。するとイポリトがヘルメットを差し出した。ローレンスの遺品だ。彼女はそれを被るとタンデムシートに跨がった。
アメリアは深く呼吸した。父さんの匂いがする。
背に体重を預けられたイポリトはサンダーバードを走らせた。
アメリアはイポリトの汗ばんだ広い背とローレンスの匂いに安心して気を失いかけた。意識が朦朧としていた。しかしイポリトの腹に回した腕を緩めず、コーナリングの際も体重を乗せた。
サンダーバードは高速を降り市街地に入る。大通りを外れ、徐行する。アパートのレンガ造りの外壁が見えた途端、アメリアは限界に達し瞼を下ろした。
薄ぼんやりとした意識の中、薄眼を開けると汗が伝うイポリトの首筋が見えた。彼はアメリアを背負い、アパートの地下駐車場を歩いていた。
ヘルメットを脱がされたのかアメリアは頭が涼しいと感じた。背が汗でびちゃびちゃだけど、イポリトってあったかいなぁ。ってか暑苦しい。冷たいコンラッドとは全然違う。ちゃんと生きてるんだな。
男臭くも広い背と温もりに安心したアメリアは再び眠りについた。
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