第211話 久しぶりに冒険者

 報告書の草稿は行政庁舎の終業時刻までに終わらなかったよ。残業をしている事務員さん達に混じって応接室で作業を続ける。ピーテルさんもツァハリアスさんも自分の分は終わっているのに手伝いのために残ってくれている。「自分一人で頑張る。」とは伝えたんだけど、


「閣下といえども、12歳の子供に遅くまで仕事をさせられません。19時前にはツァハリアス閣下のお屋敷に戻りますよ。」


「そうですとも、ガイウス殿。このような時こそ助け合いが必要だとは思いませんか?」


 そう言って、2人とも手伝ってくれた。総司令官だったから報告しなければいかない量が多くて、3人で進めているからどんどん草稿が積み重なる。もう少しで終わりそうというところで、時計が18時45分を指した。その瞬間にピーテルさんは僕の手からペンを奪い、ツァハリアスさんは馬車の準備をしに行った。有無を言わせぬ早業はやわざだったよ。わかりました。帰ります。


 予定通りに19時前にはツァハリアスさんのお屋敷に帰りついて、みんなで夕食を食べる。夕食後に行政庁舎に戻って草稿の続きをしようと思ったら、笑顔のアントンさんとレナータさん、ユリアさんに為朝に見つかり、浴室へと引きずられてお風呂に入れられた。あの4人から周囲へ被害を出さずに逃げるなんて出来るわけ無いじゃない。


 そのまま、今度はジョージに寝室まで連れて行かれて僕は大人しく寝ることにした。色々とあった金曜日が終わる。


 明けて7月15日土曜日、朝食を終えたらすぐに行政庁舎に向かう。クリス達からは体を休めるように言われてしまったけど仕方ないよね。


 そして、お昼過ぎには草稿が完成したので、誤字や脱字、互いの報告書で矛盾が無いかをホベルトさんとマヌエルさんも呼び出して確認作業をしていく。それで、なんとか18時にはすべてが終わった。本当は明日にでも清書をして、報告書を軍務大臣のゲラルトさんのところに持っていきたかったけど、基本的に日曜日は休日だからね。僕の我儘わがままに付き合わせちゃうのはいけない。月曜日に清書をして火曜日に僕が王都まで飛ぶということを決めて今日は解散となった。ちなみに、捕虜の移送も月曜日にする予定だよ。


 しかし、ツァハリアスさんのお屋敷には長くお世話になっちゃうなぁ。まぁ、ゲーニウス領をけるのも1カ月の予定だったし、いいのかな?貴族のこういうところの感覚がわからないよ。お屋敷に向かう馬車の中でそんなことを考えていると、対面に座るツァハリアスさんが心配そうな顔で声をかけてきた。


「閣下、どうかなされましたか?働き詰めでしたからご気分でも優れないのでは?」


「あ、いえ、大丈夫です。ただ、このままお世話になってよいのかなぁと思いまして。」


「それは、閣下、ご心配には及びません。閣下の御滞在は名誉であれども迷惑ではありませんからな。」


「そのようなものでしょうか?」


「ふむ、閣下はご自身の“複数爵位持ちの辺境伯”と“女神フォルトゥナ様の使徒”であるということを、どうも過小評価されているように感じます。指摘されたことはありませんでしたか?」


「ん~、・・・あったと思います。」


「なら、ご説明は簡潔にさせて戴きます。私から見て高位貴族であり、フォルトゥナ様の使徒である閣下が我が屋敷に御滞在して戴くことは、まことに名誉なことなのです。これは、この国以外でも通用します。しかも、辺境伯位は侯爵位と同等かそれ以上の扱いとなっていますので、貴族としては公爵に次ぐ地位という者もおります。」


「なるほど、わかったような気がします。って、待ってください。そうなると、ほとんどの貴族の方がこのような対応をされるのですか?」


「当たり前でしょう?」


 その答えにピーテルさんを見ると、ウンウンと頷いていた。


「うぅ・・・。国王陛下のせいだ・・・。」


「まぁまぁ、閣下。そこまで気落ちをされなくとも。いくさを除けば領地持ち貴族の仕事も面白いものではありませんでしたか?」


「・・・。確かに年度の計画を立てたり、前年度の税収から今年度の税収見込みを立てたり、組織を改編したりするのは楽しかったです。あ、龍騎士ドラグーン育成も今、行なっているので楽しいですね。あと、黒魔の森の魔物を冒険者としてではなく領主として退治するのも何とも言えない高揚感がありました。それと・・・」


「領民から感謝の言葉をかけられるのも嬉しかったのでは?」


 ツァハリアスさんに先に言われちゃった。僕は頷いて肯定する。


「その思いがあれば立派な領主貴族ですよ。あぁ、話しがそれてしまいましたね。先程も述べさせていただいて通り、シントラー伯爵家にとっては閣下の御滞在は名誉なことなのです。これを努々、お忘れなきよう。これは、相互安全保障条約を結んでいるからというわけではないのです。」


 僕はただ頷くしかできなかった。


 16日の日曜日は休日ということもあって久しぶりにのんびり過ごそうかと思っていたけど、クリス達が暇そうにしていたので、女性陣を連れてデートっぽいモノをすることになったよ。ちなみに、アントンさんとジョージと為朝は気を利かせてくれて男3人で飲み歩くと言って酒屋さんが多い通りに繰り出していった。


 ネヅロンの街は以前来たときは海辺の商店を中心に見てまわったから、中心街のほうへと向かう。シントラー伯爵邸や法衣貴族屋敷のある貴族街を抜けて平民街へと入る。どんなお店に行きたいかを尋ねると、ローザさんが、


「そういえば、前に来たときはクラーケンが現れて、バタバタしていてよく依頼クエストとかを見ることができなかったから冒険者ギルドを覗いてみない?そして、いい感じの依頼クエストがあれば受けても面白いんじゃないかしら。このメンバーだと久しぶりだし。」


「いいと思います。クリス達はどうかな?」


わたくしは構いません。」


「私も大丈夫。」


「大丈夫ですよ。」


「あたしも大丈夫だな。」


 ということで、冒険者ギルドに向かう。


 そして、やってきました冒険者ギルド。早速ギルドに入ると視線が集まる。まぁ、男子1人に女子5人だから目立つよね。ギルドの受付の人は覚えていたみたいでアッという顔をしている。さて、どんな依頼クエストがあるのか見てみようかな。


「おい、坊や。見ない顔だな。今から依頼クエストを受けるのか?後ろの嬢ちゃんたちといっしょに。」


 いかつい顔のおじさん?が声をかけてきた。


「はい、そうです。何か問題でもありましたか?」


 僕が聞き返すとおじさんは僕の目線に合わせるために腰を落とす。


「坊や、ここは外洋に接している港町だ。腰に佩いている長剣だけじゃ、依頼クエストをこなすのは難しいぞ。」


「なら、何が必要ですか?」


「嬢ちゃんたちも含めて6人以上が乗れる舟ともりが必要だ。もちろん、もりも普通のじゃだめだ。舟に固定して使うモノと手に持って使うモノを用意して、つなでは無く、金属製のチェーンがついているのがいいだろう。」


「おいおい、それだけじゃあ、足りねぇぞ。」


 併設食堂のほうから声が聞こえる。お酒が入っているみたいだ。その人はどちらかというと細マッチョに分類されるような体型をしていた。酔って赤くなっている顔もイケメンだね。


「万が一、海に落ちたときように、服と防具は脱ぎやすいモノにするか、着衣水泳を覚えた方がいい。あぁ、水着で戦うという手もあるな。防具がじかに肌に当たるからオススメはしねぇけどな。特に嬢ちゃんたちには。」


「ま、そういうことだから、俺も海の依頼クエストの説明はしたが、依頼クエストの中身はちゃんと見ろよ。子供が死んだら寝覚めが悪いからな。あぁ、あと軍港の近くに嬢ちゃんたちを連れて行くなよ。最近帝国と一戦やり合ったみたいだからな。捕虜とかいるだろうから、ピリピリしとるかもしれん。」


 そう言って、おじさんは僕の頭をクシャリと撫でて、細マッチョさんの所に向かおうとする。


「ご忠告、ありがとうございます。お名前を教えていただけますか?」


「ん?ああ、俺はアルトゥロ、4級だ。あそこで横槍を入れた優男は相棒のレオカディオだ。あいつも4級だな。」


「改めて、アルトゥロさん、レオカディオさんありがとうございます。僕は・・・、ガイウスと言います。飲み代にしてください。勉強代です。」


 そう言って、僕は銀貨1枚をアルトゥロさんに握らせる。最初はキョトンとしていたが、ニカッと笑い、


「そうか、ガイウスというのか。礼は受け取った。ありがとよ。」


 そう言って、レオカディオさんの所に戻っていく。アルトゥロさんのおかげで僕たちに注がれていた視線も受付の人以外は無くなったみたいだね。さて、落ち着いたし、どんな依頼クエストがあるかなぁ。う~ん、海関連の依頼クエストは6~7割を占めているね。霧島らを【送還】していないから、彼らに助力を頼めばほとんどが簡単に遂行できそうではあるけど、やっぱり自分の身体からだを動かしたいよね。


 よし、決めた。この“ソードウルフ”の討伐にしよう。常設の依頼クエストみたいだし、最低5匹を狩ればいいという成功条件のゆるさも決め手だね。その代わりに獲得できる点数も「成果に応じて」と書いてある。

その依頼クエスト用紙を受付に持っていくと怪訝な顔をされて、小声で聞かれた。


「以前、クラーケンを討伐された“シュタールヴィレ”の皆様ですよね?準1級のユリア・レマー騎士爵様と準3級のアントン様、そして、5級のガイウス・ゲーニウス辺境伯様がいらっしゃる。」


「ええ、そうです。ちなみに、僕がガイウス本人です。」


「でしたら、この依頼クエストですと、物足りなさを感じてしまうかもしれませんが、よろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です。普通に処理をしてくださると助かります。」


「勿論です。では、こちらで受け付けます。」


 そう言うと、受付処理をサッと済ませてくれた。


 さて、これでソードウルフを狩りに行くことができる。ソードウルフは名前の通り、毛皮の一部が刀剣のように切れるやいばとなっているウルフ系の魔物だ。以前グレイウルフリーダーのルプス曰く、


「腹にはほとんどやいばが無い。それを奴らは分かっているから自分よりも強いモノらに襲われるとハリネズミのように丸まり、防御を固める。それ以外は、ガイウス達なら充分に対処可能であろうな。」


 とのことだった。それでは、近くの森へと向かおう。門を出て森へと入ると、剣を抜き【魔力封入】をして【火魔法】をまとわせる。これで、ロックウルフのように溶断することができる。さあ、狩るぞぉ!!

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