第130話 会談終了

「しかし、ガイウス殿は本当に“フォルトゥナ様の使徒”なのですなあ。先程の【エリアヒール】お見事でした。」


 正式に条約文書への署名捺印が終わると、張り詰めていた空気が一気に弛緩しかんし、談笑の時間へと入った。


「ん?【エリアヒール】ならアルムガルト辺境伯領のインシピットで活動している冒険者であれば50人くらい使える者がおりますよ?そこまでの情報は・・・。」


「・・・得ておりませんでした。しかし、50人もいるとは、彼らはフォルトゥナ様の祝福でも受けたのですかな?」


「いえ、私が講座を開き、受講してもらいましたよ。あ、私が冒険者だという情報は流石に持っていますよね?」


「え、ええ。ガイウス殿が“シュタールヴィレ”という冒険者パーティのリーダーであること、フォルトゥナ様の使徒であること、武功をもって辺境伯へ叙されたことは存じております。しかし、今、お話しされていることは存じませんでした。」


「まあ、一冒険者の情報なんてそんなに集まらないでしょう。1級とかならまだしも5級ですから。」


「しかし、ゴブリンキング、オークロード、ロックウルフリーダー、コボルトキングなどを討ち、城塞をアルムガルト辺境伯領のツフェフレにお造りになる力を持っていらっしゃる。」


「あ、その情報はあるんですね。」


「まあ、そのくらいの情報収集は可能でしたから。失礼ですが、とんでもない人物が来たと思いましたよ。まあ、その考えは我が方の砦の残骸が証明してくれておりますがね。」


 ハハハとイオアンさんは笑う。砦が潰されたんだから笑っていられるのはちょっとおかしいね。あっ、もしかすると、僕は声を潜めて言う。


「イオアン殿、砦の維持費に難儀しておりましたね?」


 すると、イオアンさんは驚いた表情をしながらも、同じく声を潜めて、


「鋭いですな。あれは国から押し付けられたものですから、私個人としてはらなかったのです。それこそ、今ある、簡易関所に空堀と水堀を掘ればいいだけだと思っておりますから。アドロナ王国に北への野心が無いのは既知きちのことですから。」


 そう言って、また笑う。確かにアドロナ王国には領土的野心は無いに等しい。国土は豊かだし、海にも面していて山脈もあり、食糧、資源共に自給ができている。ただ、魔物のスタンピードが起こりやすい“黒魔の森”があるせいでそちらへの対応を第一に考えている。イオアンさんはそこまで考えていたのか。


「ガイウス殿、1つご忠告を。我が国の中央の連中には気を付けなされ。貴殿が子供だとあなどっている者が多い。何かを仕掛けるとしたら、我が国軍でしょう。」


「良いのですか?そのような事をおっしゃって。」


「別に機密でもなんでもありませんからな。帝都に行けば子供でも耳にするような噂です。ガイウス殿のお耳に入るのが早いか遅いかの違いでしょう。そして、情報が入るのが遅くとも貴殿は阻止できる。違いますかな?」


「ふむ、確かにできる、できないで言えばできますね。しかし、有益な情報をありがとうございます。」


「隣人とは仲良くやるのがコツですからな。」


 そう言って、イオアンさんはまた笑う。この人とはあまり争いたくないね。その後も歓談を30分くらい続けて、ツルフナルフ砦に戻ることにした。天幕を出て、背中に純白の翼を生やし大きく広げる。そうすると、近くにいた守備兵さん達が祈りを始める。


「うーむ、私は“使徒”であって、フォルトゥナ様自身では無いのですが・・・。」


「ガイウス殿、彼らは先日、貴殿のお力を見ております。仕方のないことと諦めていただければと思います。」


「・・・もう少し、抑えればよかったですね。ま、過ぎたことは仕方ありません。それでは、イオアン殿、お見送りありがとうございます。お互いに領の発展に努力しましょう。」


 そう言って、右手を差し出す。イオアンさんも握り返してくれる。剣ダコとペンダコのあるゴツゴツとした手だ。お互いに手を放すと、秘書官さんが教会に預ける用の条約文書を差し出す。僕はそれを受け取り、偽装魔法袋に【収納】する。


「イオアン殿、文書はすぐにゲーニウス領の信頼のおける神官長に直接お渡ししますのでご安心ください。」


「ええ、ガイウス殿、よろしくお願いします。」


「では、ユリア卿、行こうか。」


「はい、ガイウス閣下。」


 僕はユリアさんをお姫様抱っこし、翼を羽ばたき飛び上がる。帝国関所の上空を旋回しながら【風魔法】を使い告げる。


「皆にフォルトゥナ様の祝福があらんことを!!」


 そのまま、一気に高度と速度を上げる。チラッと視線を下に向けるとイオアンさんも膝を着いて祈っていた。僕は苦笑いしながら、ユリアさんに言う。


「それじゃあ、ツルフナルフ砦に帰りましょうか。」


「ええ、そうですね。“使徒”様。」


「からかわないでくださいよ。ただでさえ恥ずかしいのに。」


「ふふふ、ごめんさないね。ガイウス君。・・・。ああ、ほら見て。この王国と帝国との間の15kmの空白地帯。西にはネリー山脈のオフヌラ山があって、南東はツルフナルフ砦から少し離れたところまで黒魔の森が広がっている。それ以外は街道が通るのみの平野。東には黒魔の森とは別の森があるけど、そこまでは5kmも離れている。もし、会戦になるとしたらこの辺りになるでしょうね。」


「ふむ、何か、障害物を置きたいですね。それか、以前のように大砲をツルフナルフ砦に置いて、射程内に入れておくか・・・。まあ、何にせよ後手に回ってもどうにかなるでしょう。」


「そうね。ガイウス君なら、大丈夫ね。」


 そう言われて、ユリアさんと笑い合いながらツルフナルフ砦へ帰還するのであった。

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