第32話「反撃の一矢」
浜之助は自然エリアの、うっそうとした森の中を抜けている。
そこは人間の手が入らず伸び放題な木々や藪によって暗く、先が見渡せない場所だった。
「セキュリティAIへの攻撃は俺ひとりで行う」
浜之助はセキュリティAIへの反撃の手段として、セキュリティAIの懐に向かっている最中だ。
「俺だけの方が警備ドローンの反撃を受けづらい。それに防衛による時間稼ぎを最大限活かしたい。反論はないよな」
浜之助の提案に、その場にいた全員が同意してくれた。
それは浜之助への全面的な信頼であり、これまでの献身故の確信であった。
「浜之助、言うまでもないでしょうが気を付けてください。この戦いの全てはアナタに掛かっていますからね」
アマリがそう、プレッシャーを掛けながら応援する。
「もしもの場合は援軍を出してやるからのう。無理だけはするでないぞ」
クロノがそう、心配してくれる。
「ほんとは私も行きたいの。でもこのケガでは無理なの。ごめんなの」
フゥがそう、自分の怪我を悔やんでいた。
全員が浜之助の決定を尊重し、励ましてくれる。
それは冷凍睡眠前には、とても感じられるものではなかった。
だから例え今はひとりでも、身体からは力が湧き出るのだ。
「言っておくが、浜之助だけで行かせるつもりはないぞ」
浜之助の傍には、同じく警備ドローンの気を惹かないドローンのワッツがいた。
ワッツなら直接戦力にはならずとも、偵察などに貢献してくれる。
「分かってる。頼りにしてるよ。ワッツ」
「お安い御用だ」
ワッツと会話していると、もうひとりのお供も声を上げた。
『言っておくけどね。私だって、その場に居なくてもサポートはできるよ。情報が欲しければ、私にも任せておくといいねえ』
浜之助の端末から、凛としたユラの声が響き、自己主張をしていた。
「いつも通り頼りにさせてもらうよ。ユラ」
そうして浜之助が会話をしていると、目の前が開けてきた。
どうやら森を抜けて別の場所に到達したようだ。
「ここは……」
そこは黒い岩肌が目立つ足場をしていた。
ところどころで岩に切れ目があり、近くの割れ目に目を通すと、下には粘度が高めの赤黒い液体が見えている。
それは紛れもなく、溶岩だ。
もしも落ちてしまえばひとたまりもないだろう。
「この斑尾じゃ、非保護領域が狭すぎて、とても無理だな」
エクゾスレイヴの中には、潜水服や宇宙服のような高難易度の活動域でも動くことが可能な装備もある。
しかし、今着ている斑尾はあくまでも通常時での作業着なので、それは望むべくもない。
そもそも考えてみれば、溶岩の中で活動できる服など、聞いたこともなかった。
「落ちたら一巻の終わりだな」
浜之助は岩の切れ目を避けつつ、対岸の壁を目指す。
その上こそ、今目標としているセキュリティAIの牙城があるのだ。
急がない手はない。
浜之助がしばらくの間ゴツゴツとした岩場の上を、イワトビペンギンみたいな調子で跳躍していると、周りに動きがあった。
「警備ドローン……じゃないな」
見回して見ると、そこには逆関節の両足を持つ、二足歩行のヒトガタが立っていた。
見た目は浜之助よりも高身長で、顔は爬虫類のように口がせり出しており、獣のような両耳を持っている。
浜之助が記憶している中から呼び起こすと、そいつはラプテルというヒトガタだ。
持ち前の足のバネによって溶岩を飛び越え、鋭い両腕の爪で敵を切り裂く獰猛な生き物だ。
そして何より、彼らは必ずスリーマンセルで敵を狩るのだ。
「残りは」
浜之助が周囲を確認すると、そいつはいた。
1匹は最初に見つけた左側のラプテルと逆の右側。
更にもう1匹はなんと、浜之助のすぐ後ろだった。
足元を注意しすぎて、後方をおろそかにしてしまったのだ。
「すまん、浜之助。ワシも見逃していた」
「ワッツ、離れてろ。こいつは自分以外の動くものは襲い掛かる!」
浜之助はワッツが上空に回避したのを見送ってから、右腕のスキルスロットを選択する。
機動力が高いラプテルを相手にするには、こちらも高機動を活かすしかない。
浜之助はブーストパックのスキルを押すと、蒸気の噴出によって岩の崖から崖へと跳び移った。
だが、ラプテルもそれに劣らない。
浜之助が崖を跳び越したのを追いかけ、自分達も同じように崖を跳んだのだ。
「くそっ! しつこい」
浜之助が懸命にブーストパックのスキルを連発して動いても、ラプテルは包囲網を縮めてくる。
これは、逃げ切るのが難しい。
「このっ!」
浜之助が距離を離そうとするも、それは叶わない。
後方間近にいたラプテルが、その恐ろしい両手の爪を振り上げたのだ。
「ひっ!」
浜之助は何とかブーストパックを噴かして、それを回避しようとする。
それでもラプテルの爪の一部が脇腹をかすめ、浜之助はうっすらと出血した。
これはもう、戦力を温存している場合ではない。
「逃げきれない! 反撃する!」
『待って、はまのん。私にいい考えがあるよ』
浜之助が銃を抜こうとするのを遮り、ユラが声を掛ける。
それから通信で浜之助に、何やら耳打ちをするのであった。
「……! 無茶を言うな。そんな離れ業をしろって言うのか?」
『大丈夫。はまのんならやれるねえ! 私は信じているよ』
浜之助はユラの無茶ぶりに頭を抱えるも、考えている時間はない。
次は3方向のラプテルが一斉に襲い掛かってくるではないか。
「ああ、もう。南無三!」
浜之助は掛け声とともにあらぬ方向へ跳躍する。
その場所はなんと、溶岩が流れる崖の割れ目ではないか。
浜之助の無謀な動きにも関わらず、それを追ってラプテルも溶岩に向かって跳躍する。
これは想定外だが、ラプテルの狩猟本能は生存本能を上回るようだ。
「だああああああっ!」
浜之助は右手を上方向へ構え、スキルスロットのグラップリングフックを起動させる。
それと共に、右腕から射出されたフックが崖から下の岩の壁に刺さり、ワイヤーで浜之助を支えたのであった。
ラプテルはそんな浜之助の動きに対応できず、そのまま下の溶岩へ落ちていった。
いくら何でもこれは、運が良すぎだ。
浜之助はその後、ブーストパックを起動させ、ターザンのように勢いをつけて地上へ戻ることに成功した。
『さすがだね。はまのん。次からこの方法でいこうよ!』
「……もう、2度としなからな」
浜之助は情けなく腰を下ろしながら、通信に反応した。
「さて、もう壁に着くな」
気を取り直して歩き出した浜之助は、ものの数十分足らずでセキュリティAIの足元の壁に到着する。
次は何をするかと言えば、ここを登るのだ。
それは無謀に思えるかもしれないが、敵がエリアセキュリティによって待ち構えていることを計算した奇策だ。
これなら遠回りして敵に迎え撃たれることなく、真っすぐ侵入できる。
「さっきの作戦よか。まともな作戦だよな」
『何よ! 上手くいったからいいじゃないか!』
浜之助はユラの反論を捨て置き、グラップリングフックを使って器用に登り始める。
装備には登るためのピッケルもあるのでそれを使い、時折休憩しながら登って行った。
ここまで来るのに、1日と半日掛かった。
防衛線の方は大丈夫だろうか。
『敵がジャミングを仕掛けてくるようになって、マスターAIのシェルターと連絡が取りにくくなったのよ。でも大丈夫。あまのんやくろのんは弱くない。きっと作戦まで守ってくれるよ』
ユラは気丈に振舞うも、その声は普段通りの落ち着きのある声が震えていた。
「……そうだな。信頼して前に進む。それだけが俺達にできることだ」
浜之助は、そう言いつつ、登り続ける。
そうしてついに、浜之助はセキュリティAIのおひざ元のシェルター入口へと到達したのであった。
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