第21話「会議」



 クロノの元へ直談判しに来た浜之助は、事のあらましやワーカーとソルジャーの衝突が間近であることを伝えた。



 クロノは浜之助の話を聞き、深くうなづいた。



「時が来たのう。すぐにワーカーの代表とソルジャーの代表を呼び寄せよう。ご苦労じゃった。浜之助」



「別に構いやしないよ。イデアの危機は俺の危機。協力できることはさせてもらうつもりだ」



「なら、これから始まる会議にも同行してくれぬか。過去人種の観点は、私たちにとって新鮮じゃからな。もしかしたら解決の糸口が見つかるやもしれぬ」



「分かったよ。参加させてもらう」



 浜之助がクロノに同意した時、ふと疑問が浮かんだ。



「そういえば、クロノはどちらなんだ? もしかして、ロイヤルなのか?」



「違うのう。私は二代前のソルジャー代表じゃ。ここにはもう、ロイヤルはいないのじゃよ」



 クロノはそう言って、ため息をついた。



 クロノはその後、伝令を走らせてワーカーの代表とソルジャーの代表を呼び寄せた。



「そうか。アマリは自警団団長だったな」



「そうです。私がソルジャーの代表ですよ。ご不満でもおありですか?」



「いや、意外だな。と思っただけだよ」



 アマリの年齢は、若い。


 そう考えると代表の年齢がアマリのひと回りかふた回り上の者でも、不自然はなかった。



「自警団は基本的に実力主義なのです。強いものがソルジャーを率い、それ以外が助けるのですよ。合理的でしょう?」



「ああ、違いない」



 浜之助がアマリと話していると、ワーカーの代表も集まった。



 その人はなんと、市場で見かけた髭面の男性だった。



「さっきぶりだ、旦那。この様子だと長老殿は話し合いに同意したんだな」



「問題なくな。ワーカーたちが思っているより、クロノはワーカーに協調姿勢なんだ。それを分かってくれ」



「しかし、話し合いの内容についてはどうかな? 形だけの会議で俺はごまかされるつもりはありませんよ。


 そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はコンガ、コンガ・ワーカーだ」



 ワーカーの代表、コンガは浜之助に握手を申し出て、浜之助はそれに応えた。



「へー、浜之助はそちらの立場なのですね」



「ソルジャー2人、ワーカー1人なら俺がこちら側に立つのは妥当だろう?」



 そうしていると、長老のクロノも集まり、これで会議の準備は整った。



「では、会議を始めるとするかのう」



 4人は大きな円卓周りの椅子に座った。



「議題を発表しよう。今回はソルジャーとワーカーの階級差別についてじゃな」



「当然だ。この会議は俺達ワーカーの長年の悲願だったんだ」



 まず口火を切ったのは、ワーカー代表のコンガだった。



「俺達ワーカーは階級差別の完全撤廃を要求する。仕事や命令の強制性の廃止、ワーカーを尊重すること、階級的な差別による優遇を無くすこと、この3つが最低条件だ」



 コンガがそう高らかに宣言すると、ソルジャー代表のアマリが鼻で笑った。



「馬鹿言わないでください。ソルジャーがワーカーに命令するのは当然の権利です。そもそもソルジャーの指示なしでこのイデアが潤滑に働くわけがないでしょ。そうです。これは必要なシステムなのです」



「何だと!? 差別が必然だと!? その口でよく言えたものだ。第一、ちゃんと現場を見ているのか? ソルジャーが命令することと言ったら部屋の掃除や食事の支度ばかりだ。俺達はソルジャーの小間使いじゃねえんだぞ!」



「それはあくまでも自警団が忙しい場合の特例です。私達はこのイデアを守るために必要な最後の盾。その維持に貢献するのがワーカーの絶対的義務です」



「ソルジャーのお守が俺達の義務だと!?」



 浜之助は2人の代表の議論が過熱しそうになるのを感じ、間に割って入った。



「落ち着けよ。ソルジャーの歩み寄りが見られないし、ワーカー側も要求があいまいだ。もっと段階的な要求をすべきだよ」



「んむむむ。と言いますと?」



「そうだな。元々ワーカーとソルジャーの間で職業的な差別があるのが問題なんだろ? だったら職業の区別を止めるべきだ。まず生まれの時点で差別しているのをどうにかしないといけない」



 浜之助の提案に、クロノを除く他2人は渋い顔をした。



「ワーカーがソルジャーの仕事をする、だって?」



「ハッ。馬鹿らしいですね。ワーカーにソルジャーの仕事が務まるワケがありませんよ」



 2人の反応は、初めからその可能性はないと決めつけていた。



 だから浜之助は粘り強く、少しずつ誤解を解こうとした。



「考えてくれ。これまで自警団は銃を扱ったことがなかった。それで他のシェルターの助けを借りて、学ばせてもらっている。初めて使う技能や知識があるのはソルジャーやワーカーに違いはない。必要なのは教育だ。ソルジャーもワーカーも同じ教育さえ受けられれば、自由な職業選択が可能なんだ」



「馬鹿らしいですね。ソルジャーだからこそ、銃の扱いを学べるのですよ。これがワーカーになれば、一生かかっても習得できませんよ」



「本当にそうか? そもそも、銃は一種の機械だ。取り扱いなら、製造しているワーカーの方が一日の長があるんじゃないのか? 問題は学んでいるか、否かなんだよ」



「それを言うなら、警備ドローンを破壊する技能や勇気はソルジャーの方が秀でています。ワーカーにそんなことができますか?」



「新兵にも同じことは言えないだろ。誰でも初めては怯えるし、対応は不完全だ。それともソルジャーは最初から勇敢に警備ドローンに立ち向かえたのか?」



「……それは、無理ですけど」



 アマリの気勢をやや削いだ浜之助は、ここで畳みかける。



「そうだ。ソルジャーも最初から技術や勇敢さあるわけじゃない。長い年月の経験が、それらを支えているだけなんだ。初めから職業が決まっているなら。ソルジャーとワーカーの子供は見た目だけで判断できるのか? できないだろ」



 浜之助の言葉に、アマリは黙り込む。



 その代わりに、コンガが話し始めた。



「そういえば、ソルジャーとワーカーの初期教育を行った先生は、どちらが優秀かの差はなかったと言っていたな。違いは、それぞれの高等教育へ別れた時に顕著になるんだ。ならば高等教育も共有化すれば、旦那の言う通り違いはないんじゃねえのか?」



「!? まさかソルジャーとワーカーの高等教育を一緒にするつもりですか? できるわけがないでしょう!」



「それは試したのか? まずは試験的に実行すべきじゃないのか?」



「それは……」



 3人の話し合いが深まったところで、長老のクロノがやっと言葉を口にした。



「つまり実行してみなければ分からぬということじゃのう。あい分かった」



 クロノはそう意見を締めると、考えを口にした。



「まずは緊急時以外の強制性の廃止。そしてワーカーたちの拒否権行使を認めること。そしてソルジャーとワーカーの教育を一本化し、職業の選択を可能にすること。この3つを法案とするかのう」



「!? おじいちゃんまで何を言っているのですか! ソルジャー達が反対するのは目に見えていますよ。これは暴動になります!」



「おじいちゃんは止めてくれんかのう。ソルジャー達の反発は、アマリが抑えるのが筋じゃろ。強制性の廃止や拒否権の実行は現場を見ながらでも修正可能じゃ。その役目、代表者の2人に任せて大丈夫かのう」



 クロノの問いに、いち早く反応したのはコンガだった。



「私は異議ありませんな。緊急時の場合は、強制は甘んじよう。だが緊急時が常態化しないか、ちゃんと監視しますからな」



「当然じゃ。それも含めて、現場の意見をまとめてくれ」



 コンガは同意したが、アマリの反応がない。


 てっきり反対するかと思ったが、違うようだ。



 これはアマリの中で納得している意見と納得していない意見がせめぎ合い、困惑しているのだろう。



「どうじゃ、アマリ。まずは様子見すべきじゃないかのう」



「そんなこと、私にはわかりません。分かるはずないじゃないですか!」



 異なる意見を承諾しかねたアマリは、完全に混乱していた。



「今まで引き継いでいた権利を、私の代で否定? できるワケがない。私は前代の役割を引き継ぎ、次の代に伝えるのが仕事です。それ以外の事は、できるワケがないじゃないですか!」



「アマリ、今は変革の時じゃ。これは浜之助が起き上がった時から、始まっていたことなのじゃよ」



 クロノの言葉に、アマリはギロリと浜之助を睨む。


 意外な時に意外な矛先がこちらを向いたものだ。



「浜之助が、浜之助が悪いのですよ。これまで安寧としていたイデアの法則を壊し、価値観を破壊したのですよ。責任を取ってください!」



「責任? 俺が一番嫌いな言葉を使いやがって。義務や責任なんて最初からない。必要なのは未来に向かうための必要条件と権利だけだ。アマリに決定権なんて、ないんだよ!」



「私は、私はただ昔みたいな、安息としたイデアに戻したかっただけなのに……」



 アマリは後悔のように口にすると、そのまま黙ってしまった。



「では、これにて会議を終了しよう。それぞれの代表はそれぞれに注意喚起するのじゃぞ。取り締まりは自警団とワーカー有志に任せよう」



「おお、これぞワーカーの悲願成就。ありがとうございます。長老殿、旦那」



 クロノの言葉にコンガは感嘆する。



 けれどもアマリは何も言わず、円卓を離れた。



「私に、できるワケがないでしょ!」



 アマリは自分の任務を拒絶すると、長老の家を飛び出してしまった。



 その場に残された3人は、シンと静まり返った円卓の周りでただ立ち尽くすことしかできなかった。



「俺のせいじゃ、ないからな」



 浜之助は責任逃避しようとしたが、クロノとコンガは浜之助に視線を向けていた。



「浜之助、私はソルジャーに法案の事を伝える。アマリの事は浜之助に任せるぞ」



「なんで俺が……」



「私は、アマリに重責ばかり背負わせてきた。その重荷を、浜之助なら解けると思うのじゃが。違うかのう?」



「違う、と言いたいところだけど」



 浜之助は義務や責任なんて言葉は嫌いだ。


 だけど、アマリはそれに縛られている。


 ならば、助けたいと思うのが浜之助の心理だった。



「孫のことは任せる」



 クロノはそう告げると、コンガを連れて家を出て行ってしまった。



「また貧乏くじかよ」



 自分の性分と状況に呆れてみても、浜之助の嘆きは誰にも届かなかった。

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