永久の愛

西芹ミツハ

永久の愛


 私はある日、男の人に買われました。その男の人のいとし子である娘さんに仕えるためです。


 私はどんな方に仕えるのだろう? と、初仕事に胸をときめかせながら、男の人に連れていかれます。娘さんは本当に可愛らしいお顔をしていました。まだ幼く遊び盛りの元気で可愛らしい女の子です。


 ですが、元気と言えどそれは心のお話なのです。娘さんは体が非常に弱く、ちょっと外で遊べば、すぐに高熱を出してしまうくらい、とてもか弱い娘さんでした。


 ですから、私が選ばれたわけなのです! 娘さんが外で遊べないのであれば、家の中でお話をしたりおままごとをする相手に、私が打ってつけというわけなのです。


 初めてお会いしたときも、娘さんはたいそう喜んでくれました。娘さんへ私が平素どおり微笑むと、娘さんはとても喜んで、いろんなお話や、おままごとをしてくださいました。私もやりがいを感じて、毎日娘さんと一緒に遊んでいました。いいえ、遊ぶだけでなく、娘さんがご飯を食べるときは一緒の卓につき、お風呂に入り、梳りくしけず、眠るときも同じベッドで横になりました。私たちは、無二の親友か姉妹のように、固い絆でいつしか結ばれるようになったのです。


 娘さんの様子に、私を買った男の人、つまり旦那様もその奥様も非常に喜んでくださいました。それを知った私は、本当に嬉しかったのです。


 そして、ある日のこと、娘さんにはお兄様がいらっしゃることを以前お聞きしていたのですが、そのお兄様が遠い町の仕事場からお帰りになられました。


 そのお兄様は、まるで娘さんがよく読む絵本に出てくる王子様のように素敵でした。金銀財宝の光を集めたように輝く美しい金髪に、広大な海のきらめきを映したようなあおい瞳。白い肌に薔薇色の頬、女性の様に艶やかな唇。


 絵本に出てくる言葉が実現したかのような美しさに、そしてなによりも娘さんや旦那様、奥様への振る舞いからも、とてもお優しい方であることは明白で、本当に、本当に、あまりにも素敵な方で、その様を見た瞬間に、私は恋に落ちてしまったのです!


 ですが、こんな私では、この恋は報われることもないでしょう。だって私は娘さんに仕えるものなんですから。

 だから、このたかぶる熱病のようで甘い気持ちは、娘さんが大切にしている宝物を宝箱にしまうように、私もそっと静かに、しまっておきました。


 あるとき、娘さんはその可愛らしい顔に喜色を交えて私に仰いました。


「ねぇ、マリアン。お兄ちゃんがね、あたしの事をお嫁さんにしてくれると約束してくれたのよ! あたしね、お兄ちゃんのお嫁さんになりたかったの」


 私はお兄様に対する狂おしい気持ちと、大切な娘さんが喜ぶのが嬉しい気持ちと、二つの気持ちに焼かれながら、ただいつも通り微笑みました。きっと娘さんなら私を最後まで、お側にいさせて下さるだろうと思ったからです。とてもずるい考えだということはわかっています。でも、そうしたら、私もお兄様と一緒にいられますから、そのときは、それが一番い考えだったのです。


 ですが、やはり、恋というのは甘美で素晴らしいものであるのと同時に、疼痛のようにじくじくとした苦しいものだと思います。なぜなら、その一週間は、ふとした瞬間に嫉妬の炎が私を包み、娘さんを殺してしまいたい衝動と悪念に身を焦がしました。私だって、気が狂いそうなくらいに、お兄様を愛しているのです。それでも、やはり私は娘さんのことが大好きなので、結局のところ、殺してしまうことなんてできませんでした。


 そんなある日、娘さん達が崇めている永久とわに敬慕を示す――私はシュウキョウや、カミサマというものがよくわからないのです――カミサマが、娘さんにシニガミとやらを近づけたのだと、旦那様方が仰っておりました。

 つまり、ヒトやモノがいつか壊されるとき、すなわち「シ」というものを近づけたのです。


 シニガミとやらは、刻一刻と娘さんのイノチというものの灯火ともしびを弱めていくのです。旦那様と奥様は気でも触れてしまったかのように、いろいろなお医者様、神父様やシスター、占星術師や魔術師に娘さんを診てもらいます。そんな様子を、お兄様は悲し気に見つめていたのが、印象的でした。


 ですが、それはカミサマとやらがお決めになってしまったことのようで、どんな方でも「治せるか?」との問いに、首を横に振って「否」を示されたのです。その度に、旦那様たちが泣き叫ぶのでした。


 そして、私にとあるチャンスを娘さんは下さいました!


 今にも消えてしまいそうな娘さんを、真っ青な顔でお兄様は見ていました。娘さんは微笑みながらお兄様の手を、弱弱しく握っております。娘さんは、耳を済ませなければ聞こえない、まるで木の葉が落ちるときの音のような声でお兄様に仰いました。


「お兄ちゃん、きっとあたしはお医者様の言う通り生きらんないわ。だからね、あたしがお兄ちゃんのお嫁さんになれないから、マリアンをお嫁さんにして、愛してあげて?

 マリアンはあたしと同じくらいお兄ちゃんの事が大好きなのよ。ううん、違うわ。マリアンはエリザなの。それでエリザはマリアンなのよ」


 娘さんは、ねえ、マリアン? と私に問いました。私は娘さんの思いと同じであることをお兄様へ伝えたかったのですが、お兄様への愛があまりにも大きすぎて、上手く伝えられませんでした。けれど一生懸命、娘さんへその思いを伝えると、娘さんはかそけく微笑みました。そして、お兄様へ永久の愛を誓ってほしいと、ねだりました。


「うん、うん。分かったよ、エリザ」


「絶対、絶対よ。約束を破ったら、きっといけないわ。


 お兄様が、娘さんの言葉にうなずき、部屋を後にされました。ああ、なんて嬉しいのでしょう。憧れの人の片割れになれる! これほど、この世に嬉しいことがあるのでしょうか!


 娘さんにも、お兄様にも認めていただいた嬉しさに私は涙が出そうでした。私の恋は報われるのです。その事実を噛みしめれば噛みしめるほど、喜びと幸福が私の体を包むのです。その晩は、私は身を震わせ、娘さんにずっとありがとうとお礼を言い続けました。


 そんな私に対し、娘さんは優しく仰いました。


「いいのよ。だってあたしはマリアンと同じだもの。マリアンがお兄ちゃんのお嫁さんになったときに、あたしもお兄ちゃんのお嫁さんだわ。そうすれば、お兄ちゃんはずっと、エリザとマリアンの物よ。お兄ちゃんは、約束を破ったことなんて一度もないんだから、約束は絶対よ」


 ああ、本当にこの娘さんは、なんてお優しい方なのでしょうか。

 娘さんは、他にもこのようなことを私に教えてくださいました。ヒトは近親相姦を嫌うそうです。血縁が親い者同士が子を生めば異端児を生む可能性が強まるのだそうです。それは身体の異常でもあり、精神の異常も然りです。


 その話を教えていただいたときに、私は甚だはなは疑問で仕方がありません。たったそんなこと、愛になにが関係あるのでしょうか?


 それから数日後に娘さんは、壊れて、つまり「シ」をお迎えになられました。皆さんはそれっきり、ずっと泣き崩れています。

 ときどき、奥様は私を見ると、娘さんが遺した美しいドレスを身につけさせました。そんな中、皆さんがどうすれば元気になられるかを毎日考えました。愛しい方々が悲しまれていたら、私も壊れてしまいそうなくらい悲しくなります。それに、こんな状況では、愛しい方との結婚式すら挙げることができませんでした。


 ですから私は、初めてカミサマに、皆さんのココロの回復を祈ったのです。ときには、旦那様が私の所に来られてお泣きになられました。


「ああ、マリアン。エリザが生前言っていた。お前はエリザと同じなのか? ならば一時だけでもエリザになってくれ」


 そう仰られるのです。ですが、私は娘さんにはなれませんでした。旦那様を励ますことが、できませんでした。


 そんなときに、愛しい方は美しいオンナのヒトを連れてきました。愛しい方と同じような、黄金の髪、瞳は違って、森のような深緑の瞳をしたオンナでした。おそらくくご友人、きっとそうに決まっている。そのオンナを見るだけで、沸々と私の醜い嫉妬心が煮えたぎり始めました。


 大丈夫、美しい方だけど愛しい方のお嫁さんは私ですもの! ご友人に憎しみを抱いてはならない、そう私は自分に言い聞かせます。大丈夫、大丈夫。何度も、それこそ娘さんを尋ねてきた魔術師のように、呪文のように唱え続けました。


「お父さん、お母さん。聞いてくれ。僕の大切な人を紹介するから」


 きっと大切なご友人なのだわ。そう思わなければ私は狂ってしまいそうでした。愛しい方のご友人は楽しい方かしら。私の結婚式を楽しみにして下さるかしら! そう思いながら私は四人を見つめています。愛しい方は、泣き崩れている旦那様たちにこう仰いました。


「前にも言った彼女だよ。エリザが亡くなって、こんなときにと思うかもしれない。けれど、彼女と結ばれることを許してほしい。そして、新しい家族にさせてあげたいんだ。

 なにより、ずっと悲しんでばかりではいけないよ。エリザもきっと悲しむ」


 嘘です嘘です嘘です嘘です嘘です嘘です! 愛しい方、私と娘さんとのお約束をお忘れになってしまったのでしょうか? あのオンナに呪文でも掛けられて、それこそ気でも狂わされてしまったのでしょうか!?


 いったいなぜなのですか、どうして私と娘さんに偽りを仰られたのですか?

 

 ああ、なんて憎たらしいのだろう。あのオンナ。私の愛しい方を奪うだなんて! 旦那様たちも、なぜお喜びになられますか? 私はそんな思いで皆さんを見ていました。


 そして、あることを思い出したのです。約束を果たそうと。


 私は娘さんから、死に際にある物を託されていました。それは娘さんの宝箱です。それは大きくて、鉄でできているものですから、とても頑丈でした。大きさは、積み木も絵本も、いくつものぬいぐるみも入れられるくらい大きな物でした。まずは、お手紙を書いてへお兄様に来ていただきました。

 きっと私から言い出せばお兄様は心苦しいでしょうから。私は宝箱の後ろにそっと隠れました。


 「やあ、エリザの親友と書いてあったから思わず来てしまった」


 お兄様はエリザの部屋にやって来ました。手紙は宝箱の上にも置いておき、それにお兄様はお気づきになられます。ぜひ、宝箱の中身を見てほしいと書きました。それこそよく見えるように、首を入れるように見てほしいと。


「ははあ、これか。エリザの親友が書いていた宝箱とは。それにしても、エリザはいつ友人を作ったんだろうか? どれ、開けてみよう」


 お兄様はエリザの宝箱を開けて、首を突っ込むように覗き込みました。その瞬間、勢いよくは、宝箱を閉めました。鈍い声と共に、赤いお花がパッとたくさん散りました。嬉しくなって、あたしは笑いながら蓋を開けて、まじまじとお兄様を見ました。


 綺麗な金髪に紅の液体を交えながら美しいお顔はそこにあるのです。痛かったのでしょうか、眉間に皺が寄ってしまっていますが、目は見開かれて綺麗な宝石のようです。あたしは離れてしまった胴体を引きずり隠すと、箱の上に乗りました。また、もう一人来るので、お行儀良く座っていなければなりません。


 少し経ってから、あのオンナがやって来ました。


「まあ! 妹さんのお部屋はなぜこんなに臭うのかしら。なにかが錆びているのか、それとも生き物が入り込んで死んでいるのかしら」


 とても失礼なことを言いながら、オンナは宝箱に近づいてきます。


「ああ、この箱ね。お手紙に書かれていた妹さんのお友達から私への贈り物って。中身が見てみたいけど、妹さんのマリアンじゃない。なぜこんな所にあるのかしら。これじゃあ中身が見れないわ」


 そう言いながらあたしを横に置くと、オンナは宝箱を開き、覗き込みました。悲鳴をあげる間もなくバタンと、また蓋を閉めてオンナの首もちぎれました。ですが、オンナはお兄ちゃんの傍にいさせやしません。


 あたしの部屋からはいつも庭園が見えることを思い出しました。今時分では、白薔薇が綺麗に咲き誇っているのが、よく見えます。オンナの頭と胴体を一生懸命、引きずって、それを庭園に埋めてあげました。これはあたしからの贈り物でした。大嫌いなオンナだけれど、そのままは可哀相ですから、きちんと丁寧に葬ってあげたのです。


 あたしたちは約束を果たしたのです。だって、エリザはお兄様にこう言いましたもの。


「絶対、絶対よ。約束を破ったら、きっといけないわ。死んでも、永久の愛があたしたちを結ぶの」


 エリザの部屋に戻り、お兄様の顔を見ていると、庭園から悲鳴が聞こえてきました。奥様の悲鳴です。よくよく見れば、オンナの手が埋まりきっていませんでした。それと同時に、旦那様はちょうど、エリザの部屋に来て血まみれのあたしとお兄様を見て、動転しました。


 パパは、泣きながらあたしとお兄様、そして逃げるように窓へ這うと、いまだ叫び声をあげているママと庭園のオンナの手が目に入ったのか、また叫び声をあげました。


 そしてやにわに、パパはあたしたちを掴むと床に叩きつけたのです。


 蝋の肌が砕けて、二度目の「死」を迎えます。別に「死」は怖くありません。だってあたしは体験済みだったし、マリアンはそんな怖がりじゃない。そして見知らぬオンナにお兄様をやらずに済んだから、それについては特に思うことはないのです。ただ、残念なのは、もうお兄ちゃんの顔が見れないことでした。


 死んでしまってからもエリザたちはお兄ちゃんに愛を捧げていたのに、裏切られたのが、ただただ腹立たしいのです。


 ねぇ、お兄ちゃん。あたしたちの事を見てくださいな、愛してくださいな。あたしがお兄ちゃんのお嫁さんになれないから、一緒になったマリアンがお嫁さんになるはずだったのに。


 でも今度は、最後まで一緒よ。だって、あたし達とお兄様、永遠に一緒にいられるものね。死が二人を分けたとしても、永遠の愛を誓い合ったのだから。

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