第66話 勇者、異変を感じるだけ



「ん!?」


 何か大きな力を感じて、目を覚ます。

 周りを見ても、特に何も無い。

 最近ようやく慣れ始めて来た、魔王城の、俺に用意された部屋があるだけだ。


「何だったんだ?」


 寝ている時に感じた気がした気配は、今はもう何も感じられない。


「……勘違いだったか……?」


 こんな事は始めてだから、気のせいだったのかもしれない。

 変な事を考えながら寝たからかもしれないな……。


「はぁ……まぁ、良いか」


 気にしない事にして、俺はベッドから起き上がり、身支度をササっと済ませる。

 ……ちょっと早いが、さっさとアルベーリの所へ行くか。

 今日も仕事だ。


「よくぞここまで来た、カーライル……いや、勇者よ……」


 執務室に入ると、何故かアルベーリが仁王立ちをして待ち構えていた。


「もはや多くは語るまい。ここまで来たそなたなら、わかっているだろう……我らはこうなる運命だったのだ……さぁ!」

「……今日は何の茶番だ?」


 さぁ! の部分で大きく手を振り上げたアルベーリに、冷ややかな声を浴びせる。

 仁王立ちしていようが、よくわからない雰囲気を出そうが、いつものブーメランパンツしか履いていない格好だと、見苦しいオッサンにしか見えないぞ。


「……乗ってくれてもいいじゃないか、カーライル……」

「そう言われてもな……寝起きでよくわからん小芝居に付き合ってられないだろ」

「むぅ……」

「んで、何をしようとしてたんだ?」

「我はこれでも一応、魔王だからな。勇者を迎え撃つ魔王を演出してみたのだ」

「何のおとぎ話だよ……魔王対勇者ってか? そんなの今時無いだろ。少なくとも魔王のお前がとち狂ったりしなければ」


 アルベーリに何をしていたのか説明されたが、説明されても何故そんな事をしていたのか、理解できなかった。

 それとアルベーリ……一応とか自分で言ってるが、お前はれっきとした魔王だろうが。


「ノリの悪い奴だな。致し方あるまい、これは止める事にしよう……」


 そう言って、アルベーリはいそいそと服を着始める。

 チラリと見ると、鳥肌が立っていたから結構寒かったらしい。

 ……寒いなら、いちいちそんな恰好をするなよ。


「時にアルベーリ、さっきの事だが……変な気配を感じなかったか?」

「変な気配……我はそなたの部屋に侵入を試みてはいないぞ?」

「そうじゃねぇよ。何かこう……どこからか力が溢れているのを感じるような……そんな気配だ」

「ふむ……我はもっと早い時間から起きていたが、そんな気配は感じなかったな。カーライルからの熱視線は感じたが……」

「そんな変な目を向けてねぇよ! おかしなことを言うんじゃねぇ!」


 熱視線なんて、アルベーリみたいなむさ苦しいオッサンに向けるわけねぇだろうが。

 向けているのは、いつものように冷たい目くらいだ。


「まぁ、何も感じなかったのなら良い。俺の勘違いみたいだな」

「うむ」


 気のせいという事で忘れる事にし、仕事の話に移る。


「今回向かってもらいたいのは、ここから北西に行った所にある草原だ」

「草原? そんなところに魔物がいるのか?」

「うむ。以前そなたが行ったレロレロの街から、北にしばらく行った場所にある。中々壮観な場所だぞ? 見渡す限りの草原が広がっているからな」

「へー、そんな場所が魔王国にもあるんだな」


 あと、レロレロの町じゃなくて、レロンの町だな……何かを舐めるような名前がなんか嫌だ。

 確か、最初の仕事でグリフォンを退治しに行った場所か。


「そこにはどんな魔物がいるんだ?」

「ドラゴンだ」

「は? ドラゴン? 草原に?」

「うむ」


 ドラゴンと言えば、最強と言われる事もある魔物だ。

 種類にもよるが、空を飛び、火を吐き魔法を使う。

 先日のサラマンダ―よりも大きな巨体は、信じられない程素早い速度で動き、爪や尻尾の攻撃は一度食らえば人間は確実に死ぬという……。



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