第48話主従ではなく2
「動くな《アク・レ》」
人間は魔よりも簡単に私の言霊に従う。
「まさか、そなた神久地……………」
絹の寝巻き姿の第三皇子が、布団の上で胡座を掻いたままの状態で驚愕の面持ちを浮かべた。
「用心深くなりましたね。ここまで入り込むのに苦労しました」
眦に朱を描き、唇に紅を乗せ化粧をしている私は薄く笑った。側妃の一人に成りすます為に結い上げた頭から簪を抜くと、ふわりと下りた黒髪が肩に届いた。
白地の寝巻きの裾を払い近づけば、何を勘違いしたのか雪比古が厭らしく目を細めた。
「ふむ、星比古では物足りなかったか。そなたなら、わざわざこのような事をせずとも望むなら呼んでやったのだぞ?私はそなたが思うよりも寛容だ。以前のことは水に流してやるから私を自由にせよ、さすれば存分に可愛がってやる」
べらべらと、おめでたい皇子だ。
「第三皇子様。貴方は、あれほど警告したというのに星比古様に危害を加えようとなさいましたね?」
「そのことか」
つまらなそうに雪比古は鼻を鳴らした。
「仕方なかろう。皇太子である兄上が皇位継承を急に辞退するとなっては、母方の身分が低い第四皇子と怪我の後遺症のある第二皇子を除けば、私か星比古が次の帝になるのだからな。私の邪魔をする者は可愛い弟でも容赦せぬ……………誰か!」
叫んだと思ったら、すぐに足音がして瞬く間に数人の兵に取り囲まれる。
「……………第三皇子様、もう星比古様に手出しをするのをお辞めください。約束していただけるなら、私は何も致しませんから」
「おいおい、そなた自分が窮地に陥っているのも理解できぬのか?」
辺りを一瞥しただけで彼に淡々と話していたら白けたようだ。雪比古が目だけで合図を送れば、後ろから首に刃が当てられる。
「せっかくここまで来たのだ。葵よ、観念して私の元へつけ。さすれば妃の一人にしてやろうぞ」
話の通じない奴だ。
呆れていたら、皇子は私が諦めたと思ったらしい。さも当然だとばかりにニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そういえばそなた従魔とやらを手放したそうだな。一人で乗り込んで来た気概は褒めてやるが、こうやって私を止めるだけで何もできまい」
「…………………本当にそう思いますか、動くな《アク・レ》」
途端に包囲していた兵達が動かなくなる。雪比古を見据えたまま、続けて彼等の武装を解除させる。
「貴方にも少しばかり私に従ってもらいます」
「そ、そなた」
私の言霊を軽んじていた皇子だったが、ようやく気付いたようだ。
「まさか皇太子が皇位を降りたのは、そなたが…………」
遮って額に人差し指を付け、彼に命じる。
「皇位継承を辞退し、今後星比古に害を為すな」
***********************************************
「危険を冒すなと言ったであろう、葵」
「お許しを」
咎める星比古に素直に謝れば、その胸へと抱き寄せられる。
「心配かけるな。無茶をしてまで私を手助けしようと思うな」
「ごめんなさい」
「そなたが姿を消してから、ずっと気が気ではなかったのだぞ」
髪を撫でられるに任せていたら、「怪我をさせてしまったこと、すまなかった」と謝られた。
「もう何度も聞きましたよ」
「そなたを死なせるところだった。もうあんな思いはしたくない」
優しい人だ。この人なら、きっと国を良く治めてくれるだろう。
「私はここにいるではありませんか。もう自分を責めないで下さい」
「ああ、そなたを必ず幸せにすると約束しよう」
頷けば、「間もなく婚姻だな」と星比古が染々と呟いた。
ゆっくりと彼が顔を寄せてきて、反射的に目と唇を強く閉じてしまう。
「………………葵」
「失礼を」
避けるように俯いてしまったが、彼は怒ることなく額に唇を落とした。
「そなた、まだ……………」
「お気になさらず。忘れていきますから……………少しずつ………」
笑い方は忘れてしまったようで、私はただ星比古の胸に顔を埋めるしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます