第40話侵食の世3

 「なぜこんな……………」




 黒い塊のような魔は、街を残して大地を這うように蠢いていた。そしてゆっくりと街へと進んでいくように見えた。まるで水が染み渡るような動きで確実に。




「ここだけじゃない。俺達が知りうる限りずっとずっと遠くまで、もしかしたら今住んでる所以外こんな奴等に全部埋め尽くされているかもな。実際俺と白麗は別の場所からこっちに避難してきたし。ま、低級な魔なんかに襲われても簡単には死にはしないけど数が多過ぎるんだよなあ。一度侵食されたらカビみたいに根を張って家は破壊するし草木を枯らしちまうから食料も不足するわ、水も汚染されて飲めなくなる。人間よりは丈夫だが、それでも栄養取らなきゃ俺達だって餓死する」




 また上がった光は近くからで、今度ははっきり見えた。




「朱明」




 低位置に浮かんだ朱明が、それらを魔力で灼いている。一度に数百体が消滅するが、直ぐにそこを後から来た魔が塗り変える。彼から一定の間隔で、白麗達高位の魔が同じように魔力を振るっていた。




「24時間交代で払ってはいるけど侵食速度が速くて、殲滅するどころか街を守るので手一杯の現状」


「朱明が忙しいと言っていたのは、このことか」


「そ、大変だったんだぞ。朱明は共倒れしないように一定以上の避難者を拒み、街に結界を張って許された者以外の内外の進入を防いでいるし、その上こいつらを相手にしてるからな」




 軽い口調だが、話の内容は重い。




「いつからだ?何が原因なんだ?」


「この世は、人間世界の掃き溜めなんだ。人間の負の感情が流れ流れて辿り着くのがここ。それを低俗な魔が貪った結果、こんなに増えちまった」




 翠珀はそう言った時だけ、人への侮蔑で鼻を鳴らした。私に向けたわけではないことは分かっていたが、彼から視線を外して下を向いた。




 人間の世の比ではない、圧倒的な数の下位の魔に私は口を閉ざした。朱明を従魔にしていたことさえ恥ずかしい。彼は私なんかよりも深刻な状況を抱えていて、この世を守らなければならなかったというのに。




「今まではまだ余裕はあったんだけどさ、最近朱明の奴、怪我してるあんたに付きっきりで、こっちのお仕事サボってたんだよ。そしたらここまでこいつら来ちまった」


「…………………」




 何度も何度も魔力を使いながら、あてのない戦いをしていたというのか。


 私は彼らの邪魔をしていたのか。




「ああ、しまった。あんたが気に病むことはない。500年前にこいつらを抑えることのできた女王が消えてから、徐々にこうなっちまったんだ。いつかはこうなるって分かってたことだしな」


「分かっていた?だったらどうして…………」


「仕方ないよ。消しても消しても増え続ける。なんて人の果てない欲望か。この世を滅ぼすのが人間とは、侮っていた俺達には屈辱だね!」




 翠珀の芝居じみた台詞は、思ったよりも私の胸を抉った。




「今俺達の中でも最も魔力が強いのは、元々ここに住んでいた朱明。次いで俺と白麗。この内の誰かが力尽きれば、ここはもうもたない。そしたら新天地を探して次元の狭間をさ迷うかな」


「朱…………!」




 思わず叫びかけたら、背後から私の口を翠珀が押さえた。




「しっ!落ち着け姫さん。ばれたら半殺しだって」


「んんっ」




 滅亡よりか半殺しの方がいいだろうに。




「あいつのことは気にするな、って、気になるよな。でもあいつは一人になろうが、命を投げ売ってもこの世を守らなきゃならない責務みたいなのがあるからな。とりあえずさせときゃいい」




 何故だ?!




 薄情に聞こえる言葉に、口を塞ぐ翠珀の手をビシバシと叩く。




「いたいいたい、だってさ、女王殺しちゃったのって、あいつの母親だから。ええっと……………つまり、姫さんのご先祖様の仇ってこと」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る