第29話従魔の抗い3

「ふあ………………ん…………は」




 角度が変わる合間を縫って息継ぎをしながら、私は求められることに酔っていた。椅子に座ったままの私の身を屈ませるようにして引き、跪いたまま見上げる形の朱明と口づけを交わしていた。


 決して荒々しくはなく丁寧に私の唇を啄み、優しいと錯覚して唇を開けば深く熱い口づけに翻弄される。




「そんな表情もするのだな」




 濡れた私の唇を舐め、朱明が掠れた声で囁く。それだけで身体が震えた。




「あ」




 言われなくても分かっている。私は今きっと蕩けた女の顔をしている。


 いつの間にか男の首に手を回し、唇を差し出しているのは私だ。




 どうして拒めない。違う、私は悦んでいるのか。


 身体も心も、とても気持ちが良かった。求められていると感じて、私の弱い部分が安堵している。




 引き込まれるように受け入れ求めてしまった時点で、私はこれが特別な感情だと理解した。


 でも想像していたものではない。愛とか恋ではない。




 もっと醜く貪欲な欲望だ。自己満足で穢く臆病な執着。


 こんなのちっとも美しくない。




「は……………朱明」




 胸の奥から熱いものが次々と沸き立ち、私の男としての偽装を剥がしていく。




 唇が離され切なさで動けない私を、下から掬い上げるようにして朱明が抱きしめた。堪らず彼の頭を両手で包み、私は呻いた。




「分からない………………自分のことも君のことも」


「………………俺もだ」




 同じだけ苦しげな声で応えて、彼は私の鎖骨辺りに顔を埋めていた。




「俺はおまえの心の深淵を、まだ覗き見てはいない。今力ずくで全てを暴くことを、おまえは拒むだろう」




 腰を抱く腕の力が強められたのを感じて、私は頭を抱きしめていた腕を解いた。




「………………今夜のこと、忘れてくれ。僕は疲れておかしくなっていた」


「……………………」


「僕を、そんな目で見ないで欲しい」




 女として見ないで欲しい。


 見られたいと望めば、私は私の世界を壊してしまう。




「あくまでも今まで通りの主従関係を望むか」




 答えの代わりに命じたことを取り消すと、朱明が立ち上がった。




「一つ覚えておけ。おまえが俺を下僕として扱う限り、俺は決しておまえのものにはなれない。なぜなら対等でないからだ」


「そんなわけない。君は僕のものだ」


「いいや、違うな。おまえが俺のものにならないなら、おまえは本当の意味で俺を手に入れることはできない……………葵」




 熱の冷めてきた私の唇を親指でなぞり、朱明は見透かそうとするかのように私から目を逸らさない。




「わからないなら今に俺が引き出してやる。姿だけでなく、心の内までごまかしているおまえを暴いてやる」




 迷いなく告げ、名残を惜しむかのような指を唇から離す。




「その時は……………諦めて受け入れてしまえ」




 ふっ、と一つ灯りが消えた。




 灯り皿に足元だけを照らされ、一人になった私は、自らの唇へと指を触れた。




 夜になれば日中の陽の熱も冷めると思ったのに、暑くて、熱い。




「………………君と契約術を結ぶんじゃなかった。とても苦しいよ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る